語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【原発】事故被害者の権利回復はどうあるべきか

2012年09月13日 | 震災・原発事故
 (承前)
 
(5)「ふるさとの喪失」による精神的苦痛
 東電への「包括請求」は、精神的苦痛への慰謝料、営業損害、就労不能に伴う損害・・・・に適用される。
 慰謝料は、一人月額10万円だ。「包括請求方式」によると、
  (a)(1)-①・・・・1年分(120万円)【注】
  (b)(1)-②・・・・2年分(240万円)
  (c)(1)-③・・・・5年分(600万円)
 月額10万円という額を決めたのは紛争審だが、議事録によれば、主に避難生活の不自由さ等を念頭に置いたものだ。しかし、避難者はふるさとを追われ、土地に密着した営みをまるごと失った。「ふるさと喪失」という深刻な被害、それに伴う精神的苦痛は計り知れない。別の土地に住居を再取得したとしても、こうした被害の回復には、はるかに及ばない。
 政府と東電は、この甚大な被害をかえりみず、放置している。

(6)避難者の目からみた「復興」
 政府と東電は、不十分な「手切れ金」で被害補償を終わらせようとしている。しかも、補償打ち切り後に避難者の生活再建の課題が託される「復興」施策は未知数だ。
 帰還のモデル自治体は川内村だ。大半が旧緊急時避難準備区域(昨年9月解除)で、4月から(1)-①と(1)-②に再編された。今年3月、地元で役場業務が再開された。しかし、帰村者は村民2,800人中750人と伸び悩んでいる(8月3日現在)。しかも、帰村者の中には避難先と自宅の二重生活をする人も含まれている。「完全帰村者」は342人(12%)にすぎない。もともと川内村にはスーパーや大型店がなく、村民は原発の近くまで買物に行くのが普通だった。しかし、事故後はそれができなくなった。生活上の「利便性」は、避難者の多い郡山市のほうが、むしろまさっている。村では除染も進められているが、その効果を疑問視する村民は少なくない。特に裏山を抱えた家などに、そうした声が多い。
 (1)-①ですら、年間積算線量の上限は20mSvで、通常時の基準の20倍だ。地域の将来を担う若い世代、子育て世代の間で帰還へのためらいが生まれても不思議ではない。
 帰還の判断において雇用の確保は重要だ。しかし、その量だけなく質にも注意しなければならない。政府は、避難区域のインフラ復旧と除染により数千人の雇用が生まれると試算している。川内村でも、「村の経済を支えるのは、主に除染作業員と調査員」だ。
 しかし、除染作業に従事することに、住民の抵抗感が強い。ある農家の長男(50歳代)は、補償金をもらって、代わりに除染作業を用意されても、まったく納得できない、と言う。仕事は単なる収入源ではない。「生きがい」や「夢」と深く関わっている。そもそも、なぜ被害者が事故の後始末をしなければならないのか。反発は当然だ。
 除染の効果は疑問だし、除染作業による被曝の懸念もある。除染で多少放射線量が下がっても、帰村するのは高齢者ばかりではないか。【長谷川健一・飯舘村行政区長】
 現状では、避難者たちが地元に戻り、どのように生活を「再建」していくか、具体的にイメージするのは困難だ。「復興」施策があまり魅力的に映らないこともあろう。そうした中で、補償打ち切りだけを先行させても、避難者の帰還を促すことにはならない。

(7)原発事故は「収束」していない
 (1)で示したように、避難区域の再編と補償打ち切りの前提は、「事故収束」だ。
 しかし、避難者は「事故は収束していない」という。
 放射能が飛散したから、だけでなく、事故が収束していなくて危険だから避難しているのだ。【富岡町の避難男性】
 昨年の原発爆発は始まりであって、問題はむしろ、これからもっと起こってくるのではないか。【南相馬市の避難男性】
 避難者の被害の核心は、「避難」の事実そのものにある。進行中の区域再編と避難指示解除は、避難者から「避難性」を剥奪する。
 しkし、事故が収束していないなら、避難を続ける権利もまた、認められなければならない。多くの福島県民が、事故は収束してない、と感じているのに、区域再編と帰還を推し進めても果たしてうまくいくか。

(8)被害者の権利回復のために
 秋元理匡・弁護士によれば、被害者が受けた権利侵害は次のようなものだ。
  (a)居住・移転の自由(憲法22条1項)
  (b)財産権(同29条)
  (c)幸福追求権(同13条)・・・・ふるさとを追われ、土地にねざす数々の営みを失った。これは「生きがい」や「夢」を奪われたのと同じだ。
 こうした被害を全面的に補償・回復していかねばならないのだが、東電が進めている被害補償にはきわめて重大な欠陥がある。
  ①避難者に対し、生活基盤の再取得を保障し得ない。
  ②「ふるさと喪失」という深刻な被害が考慮されず、慰謝料が低額に抑えられている。
 これでは、被害者の権利を回復することはできない。むろん、金銭的な補償だけで避難者の生活再建が可能になるわけではない。その他の支援措置や「復興」施策との連携も必要だ。しかし、現状では、避難者の生活再建に、補償の多寡が大きく影響する。
 東電の補償基準は、加害者すら認める最低限の内容であり、被害はその範囲を大きく越えて広がっている。その広がりを明らかにしていく作業が求められる。

 【注】「(1)-①」以下は、「【原発】補償打ち切り ~経産省と東電の方向づけ~」参照。

 以上、除本理史「原発避難者に迫る補償打ち切り」(「世界」2012年10月号)に拠る。
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