語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【本】今に生きる論語、その実践的知~『中国の知恵 -孔子について-』~

2015年12月30日 | 批評・思想
 (1)副題が示すように、孔子を語り、孔子を通して見た中国人を語り、その知恵を紹介する。

 (2)読んで楽しい。
 その理由の第一は、ゴシップが豊富なことだ。著者自ら弁解するように眉唾なゴシップも多いが、ゴシップはまるごと事実でなくても一筆書きで鮮やかにその人となりを浮かびあがらせる。
 本書は、『春秋左氏伝』ほかからゴシップを引きつつ、これは史実、これは小説的、小説的ではあるけれどもあり得べき真実、などとランクをつけて紹介する。

 (3)読んで楽しい理由の第二は、語り口にある。
 漢語まみれだとなじみにくい。だから、という配慮からか、「トピック」など外来語を援用して(比較的)ナウな感覚を出したり、日本の読者がなじみ深い(はずの)言葉遣いや史実と関連づけて古代中国の歴史と人を身近に感じさせる。
 また、「批評家は、そう批評した」とか「キリスト教徒でない晏嬰は、十字は切らなかった」とか、幾分諧謔をまじえて座談ふうに話を運び、読者を楽しませる。
 他方、時には背徳の政治家や奇怪な政変に対して辛辣な批評をはなち、読むとはかくのごときか、と慄然とさせる。
 訳文ないし意訳の後で書き下し文を付している構成も読みやすい。広く一般の人にもアクセスしやすい構成だ。

 (4)ところで、本書で伝えようとする孔子の姿はいかなるものか。
 学問への情熱、政治倫理もさりながら、人間の性が善なることへの底知れない信頼こそ著者がもっとも好ましく思うところらしい。
 時代が時代である。下克上、弱肉強食、群雄割拠。権謀術数がはびこり、じじつ孔子は、彼が魯で着々と業績をあげているのに不安を抱いた斉の策謀によって、国政の中枢を降りるはめになった。生き馬の目をぬく時勢の中に花開いた力強い向日性は、著者も指摘するように、ほとんど奇蹟だ。
 だが、もっと注目すべきは、この骨太なエネルギーが、じつに細やかに、かつ複雑に、周囲に伝わっている点だ。状況をみてとるに敏なことだ。これは一方では政治に関して顕著だが、他方では微妙な人間性の深い洞察となった。

 (5)弟子たちへの助言は、同じテーマでも各自の個性によってニュアンスを変える。
 <例>「人の難儀を聞けばすぐ助けてやってよろしいか」の問いに対して、侠気がかった子路には「父兄に相談せずにすぐそんなことをしてよいものか」と勇み足をたしなめ、公西華には「すぐ助けなさい」と、引っ込み思案を矯めるべくエンパワーする。
 こうした柔軟性が今の教育にあるか。今日の教師は、多すぎる雑務に疲弊しているのではないか。
 いや、これはひとり学校教育のみに関係する話ではなく、社会教育、あるいはオン・ジョブ・トレーニング(OJT)のような企業内人材育成に携わる人にも関わる話だ。

□吉川幸次郎『中国の知恵 -孔子について-』(新潮文庫、1958、改版1972)
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