語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【原発】「凍土壁」による汚染水対策の破綻、もう打つ手なし ~東電の惨状~

2016年09月22日 | 震災・原発事故
 (1)凍土壁を採用した理由は二つあった。
   ①遮水能力が高い。
   ②現場での施工がやりやすい。
 しかし、①が破綻している。・・・・8月18日に開かれた原子力規制委員会の特定原子力施設監視・評価検討会で、外部有識者の橘高義典・首都大学東京大学院教授は、居並ぶ東京電力の担当者に向かってたしなめるように、そう言った。
 2011年3月11日の福島第一原発事故直後の収束作業でも、喫緊の課題と言われ続けている汚染水問題への対応は、安倍晋三・首相ですら「場当たり的」というほど後手に回っている。現在、国費345億円を投じた凍土遮水壁の凍結作業が進んでいるが、東電が予測していた効果とはほど遠い状況が続いている。
 にもかかわらず、東電はデータの一部だけを抜き出して「効果が出始めている」などと説明している。
 橘教授の発言には、そうした東電の姿勢に対する苛立ちが混じっていた。

 (2)事故発生直後には、海に高濃度の汚染水が流出していることが判明したにもかかわらず、東電は汚染水を貯蔵するタンクをすぐには発注しなかった。東電と政府は、タービン建屋地下に大量に溜まっている汚染水の移送先を確保するため、別の建屋に溜まっていた比較的濃度の低い1万立米以上の汚染水を海へ放出するという異様な処置でその場をしのいだ。
 2011年7月、東電と政府は、セシウム除去装置を稼働することで、年内に汚染水の「全体量を減少する」という目標を工程表に明記した。しかし、東電はその2ヵ月後に、原子炉建屋に地下水が毎日400立米流入して、汚染水を増やしていることを認めた。この時点で、汚染水は増え続けることが明らかになり、全体量を減らすことは困難になった。
 同年12月16日、政府は「(汚染水対策の)目標が達成された」として、「事故収束宣言」を行った。しかし、その「目標」は、「全体量の減少」から「建屋内の増加抑制」にすり替えられていた。政府も問題を先送りにしたのだ。

 (3)ところが、2013年7月には、汚染水の海洋流出が続いていることが判明。東電と政府の認識の甘さが表面化した。専門家から「流出が続いている」という指摘があったが、東電は詳細な調査を行わないまま流出を否定。このため、東電への非難が高まり、政府は汚染水対策に税金を投入することを決定した。そこでまず手をつけたのが凍土壁だった。
 そもそも原子炉建屋に地下水が流入してできる汚染水の流出を防ぐための遮水壁は、2011年6月に計画が発表されるはずだった。政府が東電の本社に設置した「政府・東京電力統合対策室」は、汚染水の溜まっている建屋を遮水壁で取り囲み、地下水と隔離する計画を立案。同月14日には、東電が計画を発表するはずだった。しかし、東電は費用がかさんで債務超過になるのを恐れ、発表直前に撤回。政府はそれを了承した。
 それから2年後、2013年4月、資源エネルギー庁は増え続ける汚染水に対処するため、「汚染水処理対策委員会」を設置。5月30日までに3回の会合を開き、凍土方式の遮水壁の採用を決めた。これはもともと東電の事業だったが、汚染水の海洋流出公表をはさみ、税金による事業に変わっていた。
 しかし、凍土壁の構築は、当初から難航。福島第一原発事故現場の作業を監視する規制委員会の検討会の委員らは、原子炉建屋とタービン建屋を取り囲むように設置された「サブドレイン」(地下水を汲み上げる井戸)によって地下水量を減少させ、建屋への流入を減らすことができると考えていた。同時に、凍土壁によって建屋周辺の水位が下がると、汚染水が建屋の外に出てくるのを懸念していた。更田豊志・規制委員会委員はたびたび「凍土壁は不要ではないか」と発言している。このため凍土壁後事認可には長居時間を要し、2015年上期に凍結を開始するという計画は、結局1年遅れの2016年3月末に実施されることになった。
 その間、汚染水の海洋流出を止めるため、東電は護岸部分に設置していた鉄製の遮水壁を2015年10月末に閉合。遮水壁で行き場を失う汚染水は、護岸付近で汲み上げて濃度を確認した後、海に放出する予定だった。
 だが、実際には汚染度が高く、タービン建屋に戻すしかなかった。その量は多い時には1日300立米にもあり、汚染水全体の増加量は1日500立米に増えた。海に出ている汚染水を止めると貯蔵しなければならず、さらに汚染水が増える結果になった。

 (4)一方、2016年3月に凍結が始まった凍土壁も、いまだに明確な効果が見えてこない。東電は当初、凍土壁と「サブドレイン」の運用によって地下水の建屋への流入量が1日あたり350立米から150立米に減少すると想定。護岸からの汲み上げ量は1日100立米と想定されているから、汚染水全体の増加量は250立米になると皮算用していた。
 さらに東電は、2016年8月18日の検討会で、凍土壁は海側が99%、山側が91%が0度以下になっているとし、護岸への地下水流入量が減少するとの見方を示した。この効果により、今後は汚染水の汲み上げ量が1日70立米になると数字を下げて予測した。
 だが、東電が公表している汚染水のデータでは、凍土壁が凍結を始めた4月以降の護岸付近からの汲み上げ量は1日あたり186立米、想定の2倍以上になる。更田委員は「70立米を(護岸からの汲み上げ量の)目安とするなら、効果が見られない」と指摘した。(1)の橘高教授から「破綻しているのなら代替策が必要なのではないか」という意見も出た。

 (5)汚染水全体の増加量は、
   2016年1月から3月31日まで:430立米/日
   同年4月1日から8月25日まで:450立米/日 
とほとんど変わらない。他方、昨年の汚染水全体の増加量は1日あたり500立米なので若干減少しているが、その要因が凍土壁なのか、それとも2015年9月に始まった「サブドレイン」の運用によるものかは判然としない。
 さらに東電は、建屋への地下水流入量が従来は1日あたり200立米だったが、2016年7月には170立米になったとも説明。しかし、7月は降雨量が前月比で8分の1程度だったため、減少の理由を凍土壁だけに求めるのは難がある。
 検討会の議論を受け、朝日新聞は<福島第一の凍土壁、凍りきらず有識者「計画は破綻>【注】と報じたが、東電は8月19日にホームページで反論を掲載。今後は「さらに効果が現れる」と主張した。
 また東電の社内分社で、事故後の廃炉・汚染水対策を担当する福島第一廃炉推進カンパニーの増田尚宏・プレジデントも8月25日の会見で、「9月末には凍土壁の効果が確認できる」との見通しを示した。
 しかし、東電は今のところ、目論見がはずれた場合の代替策を準備していない。会見で増田氏は「サブドレインがある」と説明しているが、以前から運用している対策を代替策というのは筋が通らない。

 (6)東電は2011年中に汚染水を処理すると宣言していた。それがいまだに増え続け、処分の目処はたたない。しかも2016年8月には、凍土壁の一部が溶ける事態も起きている。
 田中俊一・規制委員会委員長は海洋放出の必要性を唱えているが、東電は放出を否定する一方で、タンクを永久に造り続けるわけにもいかないと認めている。
 汚染水問題は解決の糸口が見えない。 
  
 【注】記事「福島第一の凍土壁、凍りきらず 有識者「計画は破綻」」(朝日新聞デジタル 2016年8月18日)

□木野龍逸「破綻した「凍土壁」による汚染水対策 もう打つ手なしの東京電力の惨状」(「週刊金曜日」2016年9月16日号)
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