語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【政治】安部外交の軋み ~日本のイスラエル化~

2013年06月25日 | 社会
 (1)「米中対立願望」・・・・これが安部政権の、というよりメディアも含む日本人全体を覆う空気といってよいが、時代認識、世界認識を歪ませ、誤らせている。
 「日米で連携して台頭する中国の脅威と向き合う」・・・・これが21世紀日本外交の基本構図だ、という認識が潜在し、アジア太平洋を巡る米中の覇権争いの時代に向かっている、と思い込んでいる。
 「米中対立が深まれば、米国の日本への思いも熱くなり、日米同盟が深化され、日本は安定する」・・・・こう考えがちなのだ。

 (2)ところが、日米の亀裂が新しい局面に入っている。米国は日本の「イスラエル化」を心配し始めている。
 イスラエルの右派ネタヤネフ政権が孤立を深め、イランの核施設攻撃に踏み込んだら、米国は中東の泥沼に再び引きこまれる・・・・という危機感を米国は抱いている。
 これと同様に、アジアにおける日本の近隣からの孤立が、米国にとって望みもしない米中戦争に引きこむのではないか・・・・という困惑がワシントンを覆い始めている。

 (3)3月の安部首相訪米においては、集団的自衛権に踏み込んでまで米国との蜜月を演じ、「強い日米同盟は復活した」と宣言したはずだった。大方の日本メディアも「一定の成果があった訪米」という表層観察しか伝えなかった。
 しかし、5月に訪米した朴槿恵・韓国大統領がオバマ大統領との共同記者会見、議会演説を行ったのとは対照的に、共同記者会見も議会やナショナル・プレスクラブでの演説もなく、アーミテージ、M・グリーンという「安保マフィア」の拠点、シンクタンクCSISでの内輪の講演に留まった。
 「安保マフィア」は、尖閣がこじれて本当に日中で武力衝突が起きかねない情勢になるや、「奇妙な沈黙」に入った。
 ワシントンの構図は、従来の固定観念ではとらえきれないほど変化している。日本だけがアジアの大国としてワシントンに影響力を持っていた時代とは違ってきている。「安保マフィア」と「ジャパンハンド」頼りの日米関係は、既に空洞化している。

 (4)韓国と中国は、最近、ワシントンにおける活動を積極化している。
 ワシントンのポトマック川を越えた南(バージニア州)には、ベトナム戦争をともに戦った韓国人兵士に優先的に与えられたグリーンカードを持つ韓国人の街が形成されている。そこに昨年、「従軍慰安婦通り」ができた。人権となると殺気立つ米国の心理に、韓国は巧みに火をつけ、「日本の人権への無神経さ」を際立たせる流れを作っている。
 中国も、尖閣での日中対立を「領土」から「歴史認識」問題に切り返すことで米国の心理を揺さぶり始めている。米中関係の潜在意識には、「米中で連携して日本軍国主義を破った」という近代史に関する共通認識がある。国際連合は、第二次大戦の戦勝国連合だ。これが国連の歴史の本質であり、ここに米中間に行き交う共鳴の本質がある。彼らにとって、靖国神社は「A級戦犯」(日本軍国主義の指導者)を祀るところであり、日本の指導者が靖国を敬う行動は「軍国主義を再評価し、東京裁判・SF講和条約・米国の占領政策を否定する意図か」という疑心暗鬼をもたらす。
 そこに中国は、「戦後秩序を否定しようとする日本」という弾を巧みに撃ち込み、ワシントンの心理を揺さぶっている。
 4月28日に日本政府が行った「SF講話条約から60周年」の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」にしても、なぜこのタイミングなのか、米国の占領政策への反発を内在するものなのか、いまだに米軍基地を抱えて半独立国でないことに対する不満なのか・・・・世界の人たちに「よく分からない日本」を印象づけた。
 事実、首相のスピーチには「国家主権の回復」に触れても、「国民主権」に踏み込んだ国家主権の回復であり国際社会への復帰だったという戦後日本の構図を確認できる文脈はなかった。むしろ、戦前の国家主義への郷愁と昨今の近隣との領土紛争を背景に「国益意識の高揚」を潜在させる式典だった。

 (5)日本の近現代史の歪みが凝縮して噴出してきているのだ。
 「プチナショナリズム症候群」の1億総保守化的ムードを支える人たちの矛盾は、「中国憎しのための日米同盟強化」を語る本音の部分で、「敗戦と戦後の秩序枠を潔しとせず」「それでも、冷戦期の日米同盟を成功体験として固定化し、米国頼りに中国と向き合う」という世界認識を保有していることだ。
 要するに、「反米を潜在させた親米」で、屈折した心情が愁嘆場になると噴出するのだ。

 (6)米中関係は、明らかに新たな局面に動き始めた。習近平の中国とオバマ第2期政権の関係が密度の深い交流に向かい、米中2国によるアジア太平洋の共同管理の方向へ確実に向かいつつある。
 北朝鮮問題において中国は北朝鮮の銀行口座凍結など制裁強化への協力へと踏み込んでみせた。
 就任直後のケリー国務長官の北京訪問に当たっては、地球環境問題での米中協力を宣言し、グローバルなテーマについて中国が米国と連携する姿勢を示してみせた。
 6月初旬の習近平の早々の訪米と米中首脳会談の実現、7月8日からのワシントンでの米中戦略経済対話の実現と、米中間の意思疎通のパイプを活性化している。
 オバマ政権は、第1期からの米中戦略経済対話を安全保障までを含む閣僚級会議に格上げし、シェールガス開発での協力や幅広い産業協力、さらには安全保障の分野まで本音の議論をする場を構築してきた。さらに踏み込んだ議論を習近平の中国と行う構えだ。
 懸案事項は山積みしているものの、現実には日米間よりもはるかに深い意思疎通を入れよしている。
 中国包囲網を構築することを外交の主軸とする「自由と繁栄の弧」という政策意思が、いかにズレているかを明確に認識しなければならない。

□寺島実郎「アベノミクスの本質と日本のイスラエル化 --リベラルの危機と再生(その2) ~能力のレッスン第135回 特別篇」~」(「世界」2013年7月号)
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