語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

書評:『シャーロック・ホームズ -ガス燈に浮かぶその生涯-』

2010年04月11日 | ミステリー・SF
 シャーロック・ホームズを主人公とするコナン・ドイル作品は全60編は、秩序だてて書かれたわけではない。発表した作品が好評を博したから、次々に注文がきて、注文をこなしているうちに前述の数となったにすぎない。つまり著者ドイルはホームズの生涯を構想したうえで個々の短編を書いたわけではない。

 しかし、ひとたび公表された作品はひとり歩きする。あるいは、ひとり歩きさせる権利を読者はもつ。
 読者の権利を行使したのが本書。
 すなわち、ホームズもの全編を「史料」と見たて、事件が発生した年次に作品を並べかえて、ホームズの事績を時系列的に再構成した。
 実在しない人物の克明な伝記を、実在する資料つまり短編から再構成するという点で、遊びの極みであり、天下の奇書である。

 遊びはいたるところに見つかる。
 乏しい「史料」から想像力をふくらませ、ホームズをしてチベットで雪男を探させてみたり、ホームズとは別の主人公が活躍するドイル作品『失われた世界』を土俵に引きこんだり。チャレンジャー教授をホームズの父方の従兄弟と位置づけ、教授がロンドンで公開後逃げ出した翼竜の遁走ルートをホームズに推理させる。
 きわめつけはホームズの晩年だ。養蜂に凝ったホームズはてローヤル・ゼリーの秘密を探りあて、103歳の長寿をまっとうするのである。

 ベーカー街221番地Bの住民は実在した、と信じる(ふりをする)人は座右におくべきだ。
 原注、訳注が豊富で親切。著者・訳者の研鑽のほどがしのばれる。ホームズ年譜、英国の貨幣制度と当時の物価など、便利な付録もある。ただ、この手の本に必須の索引がなく、画竜点睛を欠くのが惜しい。

□W・S・ベアリング=グールド(小林司、東山あかね訳)『シャーロック・ホームズ -ガス燈に浮かぶその生涯-』(講談社、1977、後に河出文庫、1987)
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