玄関の戸を開けたら、畳二枚を横に並べた程の広さの花壇がある。
何の計算もせず、ただこれをここに植えようと思いついて、土を被せる
だけの、思いつきの花壇である。
夏前から、牡丹と椿の間に蜘蛛が糸を操り、巣を張っていた。
大嫌いなので、いつも蜘蛛の様子を観察がてら、その動きを留意していた。
10日ほどして、外に出たときいつも張っている場所には蜘蛛はいない。
?・・・
見回すと、獲物が掛からないと思ったのか移動していた。
今度は、反対側の椿と紫陽花に糸を掛けていた。
確かに、その辺に蝶や蛾やハエでさえ、うろついていた。
しかし、そこは困る。
私が良く頭を突っ込み、生えてくるツタを取る場所だから・・・
ほうきで、蜘蛛の巣を払い落としておいた。
翌朝、蜘蛛は退散したのかその場所にはいなかった。
やっと、私の前から姿を消してくれたと、思いながら雑草を取るべきと
ふと、花壇の壁を見やると、居た!
目線は上になる。今度は牡丹のかなり後方に陣を構えていた。
まぁ 、そこなら許してやろう。
無駄な殺生を控えておくために・・・
少女の頃に読んだ、芥川龍之介の「くもの糸」に登場の、大泥棒の
カンダタが、蜘蛛を助けたことによる恩恵の話しを、甥の6歳の長男に
数度話してきかせたことがあり、「アンタがカンダタだったら、どうする?」
それで、蜘蛛をみるたび「くもの糸」の話しを思い出してしまう。
もう一年経ち、子供は7歳で小1になった。
蜘蛛はひと月近くその場所で陣取りしていた。
獲物にありついていたのを、私は目にしたことはないが・・・
7月の下旬に甥の嫁と子供達だけが、一足先に帰ってきた。
数日嫁の実家に宿泊していた。
その間に蜘蛛がいつもの場所から、いなくなっていた。
目で追うと・・・ギョっとした。
玄関を開けると、腰位の高さで僅か30センチくらい放れた近くに
巣を張っていた。
かなり巨大になっていた。
私がギャーギャー言うと、姉は子供達に見せたいと言う。
こんな近くで、観察できないよと言って。
その場所で、蜘蛛が何度も獲物を抱いているのを見た。
お話好きの子供達は時々、我が家に顔を見せる。
その時は、蜘蛛はまだ壁側。
そのうち、遅れて帰省してきた甥とともに、子供たちがやってきた。
蜘蛛は玄関横に移動していた。
嫁が一番に見つけ、悲鳴をあげた。
子供達は興味深々。甥も蜘蛛は嫌い。
玄関先で一家でワイワイ騒いでいた。
夕方、蜘蛛も巣もなかった。
どうした?私が尋ねると殺虫剤を振りまいて、巣は甥が取り払った
とのことだった。
何だか簡単な昇天だった。そして、自分が始末しなかったことに、
ホッとした。
夕食のとき7歳の長男に「カンダタでさえ、殺さなかったのに、アンタは
殺したんだね」
「カンダタは、いっぱい悪いことをして蜘蛛を助けただけだよ。
僕は、その反対!」
小1にもなると、こんな理屈を言い出した。