英宰相ウィンストン・チャーチルからのメッセージ   

チャーチルの政治哲学や人生観を土台にし、幅広い分野の話を取り上げる。そして自説を述べる。

日ロ首脳は2島返還を見据えて両国関係を築け   北方領土をめぐる安倍・プーチン会談を聞いて

2019年01月23日 09時30分24秒 | 東アジアと日本
 安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領は1月22日、モスクワのクレムリン宮殿で会談し、北方領土や経済協力問題で話し合ったが、各紙の紙面には、領土問題について「進展せず」との見出しが踊っていた。
 新年早々の私のブログ「北方2島は返還されるのか 4島は無理?」で、私は安倍首相を批判した。私は安倍首相が真意を隠し、交渉しているからにほかならないからだ。20世紀の英国の大宰相ウィンストン・チャーチルと異なるところは、首相に弁舌力と説得力がないことだ。何よりも、どんな政治的な苦境に陥ろうが誠実で正直でないところだ。しかし日ロ交渉やTPP問題での安倍首相の現実を踏まえた交渉姿勢は評価し好感を抱く。
 安倍政権は国民に4島返還の基本姿勢は変わらないと公言しているが、1956年の日ソ共同宣言に基づいて歯舞諸島と色丹島の2島先行返還論を唱えている。日ロ平和条約を締結後にロシアが2島を返還し、信頼関係を醸成後、残りの国後、択捉両島の返還を求める。しかし本音では、プーチン大統領との20回以上の首脳会談を通して、4島返還は非現実的だと感じているにちがいない。
 もし安倍首相が本音を漏らせば、対ロ外交交渉に支障をきたすだけでなく、彼の政治基盤である「右派(保守派)」からの支持を失うことになるだろう。首相は国民の支持率低下を気にしているのかもしれない。
 右派言論界を代表する産経新聞は今年1月16日の正論で、「共同宣言に基づく『2島返還』戦術の破綻は鮮明だ。北方四島の返還を要求するという原則に立ち返り、根本的に対露方針を立て直すべきである」と威勢の良い進軍ラッパを鳴らした。
 産経新聞の正論は主張する。「択捉、国後、色丹、歯舞の北方四島は日本固有の領土であり、ロシアに不法占拠されている。この唯一の真実を無視した暴言は到底、容認できない。旧ソ連は45年8月9日、当時有効だった日ソ中立条約を破って対日参戦した。8月28日から9月5日にかけて、火事場泥棒のように占拠したのが北方四島である」。
 この主張は100%正しい。旧ソ連(ロシア)は国際法に違反していた。また日本の国民性からして、降参した国民をさらに足蹴にするのは許せないだろう。
 これに対して、1月14日に開かれた河野太郎外相との会談後、ロシアのラブロフ外相は、北方領土は「第二次大戦の結果としてロシア領になった」と主張、北方領土に対する「ロシアの主権」を認めねば交渉は前進しないと述べ、「北方領土」という用語を「受け入れられない」とも言い放った。
 ラブロフ外相の主張の根拠になったのが1945年2月に開催された米英ソのヤルタ首脳会談で交わされた秘密条項だ。それは、ドイツ降伏後の旧ソ連の対日参戦と千島列島の獲得を記す。しかし、正論は「同協定が領土問題の最終的処理を決めたものでないのは当然である。日本が当事国でもないこの密約に縛られる理由は全くない」と強調する。
 産経の主張は一見、正当のように見える。ただ見落としていることがある。このヤルタ会談の当事国である米英と日本は戦争中だった。米英側にたってソ連はドイツと血みどろの戦いをしていた。いかに法律論として正しくとも、現実的にソ連がドイツ降伏後にどう出てくるかは推察できた。
 事実、当時の日本政府は躍起になってソ連を仲介にして米英との和平交渉を模索したが、ソ連の態度は曖昧だった。それ以上に日ソ中立条約の改定には消極的で、何らの反応もなかった。一部の政治家、軍人をのぞいて、日本政府はソ連の真意を一連の流れの中で推察できなかった。
 世界は、現在でさえ「力」が横行している。特にロシア人は「力」を重視する。ロシア史はそれを明らかにしている。ラブロフ外相の発言はそれを物語っており、現実主義の立場からすれば、不当だとは言い切れない。
 ラブロフ外相はこう言いたいのかも知れない。日露戦争で日本が力で南樺太(南サハリン)を奪ったのを帝政ロシアがポーツマス条約で認めたように、ロシアは第2次世界大戦で力で、経緯がどうであれ、4島を含む千島列島を奪ったことを認めるべきだ、と。
 日本の代表的な通信社「共同通信社」は「ロシアのプーチン大統領は・・・歯舞、色丹2島の日本への引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言に基づき平和条約締結交渉を行い、条約を締結する意欲を日ロ間で確認したと表明した。日本への2島引き渡しの用意を示唆したものとみられる」と配信している。
 プーチン大統領これまで「共同宣言が2島の日本への返還を記しているが、主権がどちら側にあるかについては何も記していない」「2島返還後、2島に米軍基地が置かれる心配がある。ロシアの安全保障上問題がある」と交渉カードを切って、少しでもロシアに有利な形で「北方領土」問題を決着しようと計っているのは事実だが、2島の日本への返還を視野に入れている節もある。
 それは単なるや法律論や条約論からではなく、30~40年後の東アジアの地図を見据えてのことだろう。もし安倍首相も将来の極東における国際関係を見据えて2島返還論を唱えているのなら、「素晴らしい」政治家だということになる。
 プーチン大統領は将来の中国がどうなるかを真剣に考えていると思う。現在、米国と対立しながらも全面対立を避けている中国が20~30年後、米国と競う国力をつければ、アジアの盟主になる行動に打って出るだろう。、その時、中国と地続きのロシア・シベリアが今のままでは中国の直接、間接的な影響や間接支配を受ける可能性が高い。今のうちに、日本の経済支援を得て、脆弱で不毛のシベリアを開発し、将来の中国の脅威に備えると考えても不思議ではない。
 現在、クリミア併合問題をめぐってロシアは中国に接近し、米国と敵対しているが、未来永劫、この図式が固定することはない。それを一番理解しているのは、国境が地続きの大陸国で生まれたプーチン大統領だろう。19世紀の大英帝国の宰相パーマストン子爵(ヘンリー・ジョン・テンプル)は「国家には永遠の友も永遠の同盟国もない。あるのは永遠の国益だけだ」と述べ、この名言は時代を越えて語り継がれる普遍の真理となっている。
 日本はどうか?文在寅韓国大統領の就任以来、日米韓の同盟は以前以上に大きく揺るぎ始めている。韓国人の日中に対する歴史的な見方や姿勢からすれば、文大統領が退場したからといって、一時的な友好の揺り戻しがあっても、基本的な姿勢は変わらないと踏む。
 いずれ、韓国と北朝鮮は中国圏に入るだろう。中ロ関係は帝政ロシアの時代から安定と不安定を繰り返してきた。日本にとってもロシアは信頼できる友ではなかった。しかし真の友でなくても利害の友となり得る。プーチン大統領もそう感じているだろう。
 プーチン大統領は独裁的、強権的首長だ。しかし北方4島の帰属問題にここまで真剣に考えている政治家はプーチン以外にロシアに今までいなかったと思う。
 時は変化する。今や歯舞諸島を除く3島にはロシア人が住んでいる。これからますます多くなるだろう。そしてかつて4島に住んでいた日本人は間もなく死に絶えるだろう。この現実をこのまま放っておけば、4島全島がロシア領になることは必定だ。またロシアにプーチン後にプーチンが現れるとは考えにくい。
 70%以上のロシア国民は国後など4島の返還に反対している。そのかがり火は日々勢いを増す。一方、日本人の多くは4島が返還されるのは当然だと考える。
 日本の右派は原則に生き、理論に行き、信条に生きる。時が、歴史が変化しても一寸だに彼らの考えや姿勢を変えずすべてを失う。英国人の保守派は現実に生きる。理想を抱きながらも現実に生きる。遠い未来を見据えながら妥協する必要があれば実質的な利益を得るため、そうする。
 英国の偉大な保守政治家チャーチルはこう言う。「現実が諸君を見ているのだから、諸君も現実を見なければならない」「過去を遡れば遡るほど遠い未来まで見通すことができる」。英国の保守派はいつも言う。「時は変化する。時に逆行すれば滅び、時に逆らわずに、その波にうまく乗れば生き残ることができる(難局を乗り越えることができる)」。
 今こそ安倍首相とプーチン大統領は大衆に迎合せず、リーダーシップを発揮して大衆を説得し、それぞれの国の未来を切り拓いてほしいものだ。