横綱稀勢の里が矢尽き刀折れて引退した。日本人が好む桜のような散り際ではなかったが、彼の引退会見を聞き、一人の日本人の心を感じた。私は「あっぱれ、稀勢の里」と叫び、「第二の人生も全力で頑張れ」と応援する。
稀勢の里は会見で、「一片の悔いもありません」と話し、17年間の土俵人生を振り返った。横綱になるまでの土俵人生では「悔いはない」にしても、横綱に昇進した直後の2017年春場所の対日馬富士戦でけがをしてからの約2年間には「後悔」があったと思う。
右肩の上腕付近の筋(大胸筋)を一部断絶したのにもかかわらず夏場所に強行出場。しかし患部を悪化させ11日目から途中休場。その後、2018年名古屋場所まで8場所連続休場。年6場所となった58年以降では貴乃花の7場所連続を抜いて横綱の最長連続休場を更新した。一時、秋場所で10勝5敗で復調したかに見えたが、その場所の千秋楽から今場所3日まで、不戦敗を除いて8連敗となり、1場所15日制が定着した1949年夏場所以降の横綱では、貴乃花を抜いてワースト記録を更新した。
稀勢の里が引退して私が明確に理解した。彼の相撲人生は大けがをした2017年春場所13日目の対日馬富士戦で終わっていたのだ。
スポーツ報知のデジタル版によれば、2017年春場所13日目に稀勢の里が大けがをし、14日と千秋楽に強行出場して奇跡の逆転優勝をした夜、「現役時代に同様のけがを負った元幕内のある親方が『大胸筋が切れていたら復活は絶望的。腕の左右の動きが制限されて完治もしない。おっつけができなくなるから、今までの相撲は取れないだろう』と案じた」という。心配は現実になった。また「悲劇から3か月後、稀勢の里は出稽古先で阿武松(おうのまつ)親方(元関脇・益荒男)に告げられた。『仮にこのまま復活できなかったとしても、努力した尊さは変わらない。胸を張ってほしい』。横綱は『本当にありがとうございます』と頭を下げ『もう一度、頑張ります』と返したが、生命線の左おっつけの威力は戻らなかった」
現実は冷厳だ。稀勢の里は記者会見で、この現実を受け入れ潔く引退するか、それとも復活を信じ、ファンの声援に応えて頑張るかを迷い続けたと話す。そして矢が尽き刀折れて引退した。
「引き際を見失った人気横綱」とのメディアの批評があった。私はそう思わない。稀勢の里は自らの厳しい運命を理解していたが、ファンの声援に引退を躊躇のだろう。ファンの声援に応えようとしたのだろう。その声援が同情であると分かっていても、その声援に報いたかったのだろう。
勝負師が同情され優しさを他人に見透かされたとき、勝負師ではなくなるという。強い横綱はファンから憎まれる存在でなければならないのに、稀勢の里は判官贔屓(ほうがんびいき)の対象になってしまった。しかし、稀勢の里には愚直なまでの正直さと誠実さがある。
ファンは、なぜ稀勢の里に同情したのか。それは、劣勢になり敗北が濃厚になっても、本来の実力が出せなくなっても、苦境を乗り越えようとする必死さがあったからだ。努力する姿がファンには見えたからだ。それこそ日本人が賞賛する人間なのだ。それこそが日本人の国民性を映し出している。
現在の世の中、「うそ」、「デマゴーグ」が徘徊し、政治家がその先頭に立っている。政治家の人格や誠実さはどこかに吹っ飛んでいる。その状況の中で、稀勢の里の引退会見は日本人の本来の姿を思い起こさせてくれた。心に残る横綱だった。
稀勢の里は会見で、「一片の悔いもありません」と話し、17年間の土俵人生を振り返った。横綱になるまでの土俵人生では「悔いはない」にしても、横綱に昇進した直後の2017年春場所の対日馬富士戦でけがをしてからの約2年間には「後悔」があったと思う。
右肩の上腕付近の筋(大胸筋)を一部断絶したのにもかかわらず夏場所に強行出場。しかし患部を悪化させ11日目から途中休場。その後、2018年名古屋場所まで8場所連続休場。年6場所となった58年以降では貴乃花の7場所連続を抜いて横綱の最長連続休場を更新した。一時、秋場所で10勝5敗で復調したかに見えたが、その場所の千秋楽から今場所3日まで、不戦敗を除いて8連敗となり、1場所15日制が定着した1949年夏場所以降の横綱では、貴乃花を抜いてワースト記録を更新した。
稀勢の里が引退して私が明確に理解した。彼の相撲人生は大けがをした2017年春場所13日目の対日馬富士戦で終わっていたのだ。
スポーツ報知のデジタル版によれば、2017年春場所13日目に稀勢の里が大けがをし、14日と千秋楽に強行出場して奇跡の逆転優勝をした夜、「現役時代に同様のけがを負った元幕内のある親方が『大胸筋が切れていたら復活は絶望的。腕の左右の動きが制限されて完治もしない。おっつけができなくなるから、今までの相撲は取れないだろう』と案じた」という。心配は現実になった。また「悲劇から3か月後、稀勢の里は出稽古先で阿武松(おうのまつ)親方(元関脇・益荒男)に告げられた。『仮にこのまま復活できなかったとしても、努力した尊さは変わらない。胸を張ってほしい』。横綱は『本当にありがとうございます』と頭を下げ『もう一度、頑張ります』と返したが、生命線の左おっつけの威力は戻らなかった」
現実は冷厳だ。稀勢の里は記者会見で、この現実を受け入れ潔く引退するか、それとも復活を信じ、ファンの声援に応えて頑張るかを迷い続けたと話す。そして矢が尽き刀折れて引退した。
「引き際を見失った人気横綱」とのメディアの批評があった。私はそう思わない。稀勢の里は自らの厳しい運命を理解していたが、ファンの声援に引退を躊躇のだろう。ファンの声援に応えようとしたのだろう。その声援が同情であると分かっていても、その声援に報いたかったのだろう。
勝負師が同情され優しさを他人に見透かされたとき、勝負師ではなくなるという。強い横綱はファンから憎まれる存在でなければならないのに、稀勢の里は判官贔屓(ほうがんびいき)の対象になってしまった。しかし、稀勢の里には愚直なまでの正直さと誠実さがある。
ファンは、なぜ稀勢の里に同情したのか。それは、劣勢になり敗北が濃厚になっても、本来の実力が出せなくなっても、苦境を乗り越えようとする必死さがあったからだ。努力する姿がファンには見えたからだ。それこそ日本人が賞賛する人間なのだ。それこそが日本人の国民性を映し出している。
現在の世の中、「うそ」、「デマゴーグ」が徘徊し、政治家がその先頭に立っている。政治家の人格や誠実さはどこかに吹っ飛んでいる。その状況の中で、稀勢の里の引退会見は日本人の本来の姿を思い起こさせてくれた。心に残る横綱だった。