hiyamizu's blog

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カズオ・イシグロ「夜想曲集」を読む

2009年11月04日 | 読書2


カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳「夜想曲集-音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」2009年6月、早川書房を読んだ。

表紙裏にはこうある。

ブッカー賞作家イシグロが切なくロマンチックな調べで奏でる五つの物語
ベネチアのサンマルコ広場を舞台に、流しのギタリストとアメリカのベテラン大物シンガーの奇妙な邂逅(かいこう)を描いた「老歌手」。芽の出ない天才中年サックス奏者が、図らずも一流ホテルの秘密階でセレブリティと共に過ごした数夜の顛末(てんまつ)をユーモラスに回想する「夜想曲」を含む、書き下ろしの連作五篇を収録。人生の黄昏を、愛の終わりを、若き日の野心を、才能の神秘を、叶えられなかった夢を描く、著者初の短篇集。



副題には「音楽と夕暮れ」とある。イシグロは元ミュージシャン志望だけあって音楽についてかなり詳しく語るが、下り坂になった人の男女の愛の悲哀の方がメインテーマだ。ステレオタイプでなくあじわいある深みのある登場人物を描ききっていて、著者の達者ぶりには驚くばかりだ。イシグロの才能に嫌味さえ感じるが、かれも音楽の才能の限界を知って作家に転進したのだろうか

「老歌手」:ベネチアのカフェで演奏する助っ人ギタリストがかっての有名老歌手と出会い、窓辺の妻の下で歌うので伴奏してくれと頼まれる。長い間愛し合って来たその夫婦は、何かが変だ。そして、今後は?

「降っても晴れても」:主人公は、大学時代の友人夫婦と久し振りに再会する。夫は夫婦が危機だと話し、そして何かわざとらしく彼はでかけ、留守を頼まれる。音楽の趣味が一致する主人公と彼の妻は、留守番中にロマンチックになるかと思えば、ドタバタだ。

「モールバンヒルズ」:なかなか売れないシンガーソングライターを目指す主人公は、ひと夏を田舎の姉夫婦のカフェで働きながら過ごすが、サボれるだけサボり、歌を作る。いらだちなにかと癇癪を起こす妻と、なんでもよい方にとる夫の夫婦が来て、彼によい宿はないかと聞く。姉にさえその音楽を認められない主人公は、最悪の宿を紹介してしまう。そして、妻は彼に言う
「人生は落胆の連続だというのが現実ですもの。加えて、そういう夢のある人は・・・」・・・「それに、あなたはずっとティーロ(夫)に似ている。落胆することがあっても、あなたはへこたれない。ティーロ同様、ぼくは運がいい、で通すと思う」

「夜想曲」:テナー吹きの主人公は、技巧は抜群だが、売れない。醜い顔が原因だと言われている。恋人ができ別れようとしている女房は、このままでは気が晴れないので、すこしは売れて欲しいと、顔の整形手術を勧める。彼女の恋人が金を出し、男は病院で隣の部屋の女性と出会い、二人は顔中包帯グルグルで、ドタバタの事件を起こす。

「チェリスト」:若いチェリストの青年が自称チェロ演奏の大家と名乗る旅のアメリカ人女性と出会い奇妙だが充実した個人指導を受ける。両者合意の上のレッスンの結果、その才能を大きく花開かせることなく人生の峠を越えてしまう。

「訳者あとがき」:欧米では、短編小説のマーケットが長編小説のそれに比べて1/4以下だという。欧米の読者は、数ページごとに新しい世界に入り込むのが面倒くさいという。
イシグロは今まで長編を書くたびに1年半から2年間も海外を回り、無数のインタビューに応じるプロモーション活動に駆り出だされてきた。今後はいっさい、プロモーション活動はしないという。4,5年ごとに長編1篇のペースがあがるかも。



カズオ・イシグロの略歴と既読本リスト



土屋政雄は、英米文学翻訳家。訳書は、カズオ・イシグロの「日の名残り」「わたしを離さないで」、ジョン・スタインベック「エデンの東」など。



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

一つ一つ積み上げてゆく、濃厚な長編も良いが、イシグロの短編も、筋書き、登場人物の個性、描きこみ方、すべて見事すぎる。あえて、欠点を言えば、中にはドタバタ喜劇の部分もあるのだが、なんだか格調高く、くだけた面白さが無い。イシグロが自由闊達に小説を奏でたら、どんなものができるのだろう。


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