ウィリアム・トレーヴァ―著、栩木伸明訳『ラスト・ストーリーズ』(2020年8月7日国書刊行会発行)を読んだ。
国書刊行会の宣伝文句は以下。
2016年に惜しくも逝去した名匠トレヴァー、最後の短篇集がついに登場。妻の死を受け入れられない男と未亡人暮らしを楽しもうとする女、それぞれの人生が交錯する「ミセス・クラスソープ」、一人の男を愛した幼馴染の女二人が再会する「カフェ・ダライアで」、ストーカー話が被害者と加害者の立場から巧みに描かれる「世間話」、記憶障害をもった絵画修復士が町をさまよい一人の娼婦と出会って生まれる奇跡「ジョットの天使たち」など、ストーリーテリングの妙味と人間観察の精細さが頂点に達した全10篇収録。
「ピアノ教師の生徒」
50歳を超えたピアノ教師ミス・ナイチンゲールが初めて教える少年が最初の音を鳴らした時、天才だと思った。しかし、少年が帰ると毎回何かが無くなっていた。芸術の価値と人格は……。
「足の不自由な男」
50歳に手が届くマーティーナは遠い親戚にあたる足の不自由な男と農場で同居している。流れ者の二人組に塗装を依頼する。
「カフェ・ダライアで」
アニタはかってTVにも出演するダンサーで、今は出版社の原稿審査を引き受けていた。いつものようにカフェ・ダライアで仕事をしていると、幼馴染のクレアが入ってきた。かってクレアはアニタの夫・ジャーヴァスを奪い去ったのだ。クレアは和解を望んでいるが、アニタは許す気にならない。そして今、アニタは彼が死んだと告げにきたのだ。
「ミスター・レーヴンズウッドを丸め込もうとする話」
シングルマザーのロザンヌは銀行員。口だけ達者な娘の父親・キースは、銀行の顧客で金持ちのレーヴンズウッドがロザンヌに言い寄ったと信じ込み、金を巻き上げようとロザンヌに持ち掛ける。
「ミセス・クラスソープ」
トレーヴァ―のおそらく最後の作品。55歳だが若く見え、45歳と自称するクラスソープは72歳の金持ちの夫が死去したので未亡人暮らしを楽しもうとしていた。一方、エサリッジは重い病気の妻・ジャネットを看病する。以下、二つの話が交互に進む。クラスソープは刑務所のデレクに面会する。クラスソープは妻が死んだ後のエサリッジに再会し、……。デレクはクラスソープの……。
「身元不明の娘」
交通事故でエミリー・ヴァンスが死んだ。葬式の司会を依頼された牧師がハリエット・バルフォアの家を訪れ、彼女についても情報を訊ねた。彼女はわずかな期間家政婦として働いていて、息子スティーブンと目配せしていたのを目撃したが、牧師には何も言わなかった。エミリーは自殺だったとの噂もあった。
「世間話」
37歳の美しいオリヴィアは離婚して生活を楽しみ、男性と同居中だが結婚するつもりはない。石段で転んだ時、ヴィニクムに助けられた。以後彼はしつこくオリヴィアに付きまとう。ある日、妻が訪ねてきて、ヴィクニムは女をつくるような男じゃなく、家族思いの夫だった。それだけに始末がわるい、と嘆く。
「ジョットの天使たち」
41歳の絵画修復士コンスタンタインは記憶障害で、あるはずない教会を探して町をさまよう。デニーズという娼婦を知り合い、……。
「冬の牧歌」
ヨークシャーの荒野に建つ豪農屋敷に住む12歳のメアリー・ベラをひと夏だけ、22歳のアンソニーが家庭教師となる。地図製作者となったアンソニーは、二コラと出会い、結婚し、二人の娘の父となった。ヨークシャーを訪れたアンソニーはメアリー・ベラを訪ね、その後も何度も再訪した。
「女たち」
セシリアは父ノーマントンに育てられ、母は亡くなったと聞かされていた。彼女は寄宿学校に入り、まもなく学校生活を楽しむようになった。ミス・コ―テルとミス・キーブルは役所を早期退職した58歳だった。二人はセシリアに付きまとい、ついに、「ねえ、ミス・コ―テルはあなたのお母さんなのよ」を言う。実は二人は……。
「アイルランドが生んだウィリアム・トレーヴァ― ――かなり長めの訳者あとがき」 略
私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで、最大は五つ星)
しっかり説明しないので、つい読み飛ばしてしまう。肝心なことが意識的に省略されるので、推測しないといけない。読者をミスリードしようとしていて、まるでミステリー小説だ。
例えば、「ミセス・クラスソープ」で、デレクはクラスソープの愛人ではなく、息子なのだ。しかも、露出狂らしい。そんなことが、かすかに暗示されている。「女たち」の最後もひっくり返しになっている。
80歳を過ぎで、たくらみのある繊細な筆を駆使したトレーヴァ―はたいしたものだ。しかし、読みやすくはない。
ウィリアム・トレーヴァ― William Trevor
1928年~2016年。アイルランドのコーク州生まれ。トリニティ・カレッジ・ダブリンを卒業後、教師、彫刻家、コピーライターなどを経て、60年代より本格的な作家活動に入る。
1965年、第二作「同窓」がホーソンデン賞を受賞、数多くの賞を受賞している(ホイットブレッド賞は3回)。
短篇の評価はきわめて高く、初期からの短篇集7冊を合せた短篇全集(1992年)はベストセラー。現役の最高の短篇作家と称され、ノーベル文学賞候補にもたびたび名前が挙がった。
長篇作に『フールズ・オブ・フォーチュン』(論創社)『フェリシアの旅』(角川文庫)『恋と夏』(小社刊)、短篇集に『聖母の贈り物』『アイルランド・ストーリーズ』『異国の出来事』『ふたつの人生』(以上小社刊)『密会』(新潮社)『アフター・レイン』(彩流社)などがある。
栩木伸明(とちぎ・のぶあき)
1958年生まれ。上智大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課程単位取得退学。現在、早稲田大学教授。専攻は現代アイルランド文学・文化。
著書に『アイルランド紀行』(中公新書)『アイルランドモノ語り』(みすず書房、読売文学賞受賞)、訳書にキアラン・カーソン 『シャムロック・ティー』(東京創元社)コルム・トビーン『ブルックリン』(白水社)ブルース・チャトウィン『黒ケ丘の上で』(みすず書房)などがある。