hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

上田岳弘『旅のない』を読む

2022年05月19日 | 読書2

 

上田岳弘(たかひろ)著『旅のない』(2021年9月13日講談社発行)を読んだ。

 

講談社の内容紹介

コロナ禍中の日々を映す4つのストーリー。
芥川賞作家・上田岳弘、初めての短篇集。

【収録作品】
「悪口」
恋人と過ごすホテルでのゴールデンウィーク。「じゃあ、悪口の練習しよっか?」。僕は初めて彼女と会った時のことを思い出す。

「つくつく法師」
朝の散歩は4歳の息子との日課だ。午後、僕は古いPCで、昔書いた小説を読み返す。

「ボーイズ」
10歳と6歳のボーイズは、亀甲柄と市松模様のマスクでやって来た。弟の息子たちを預かることになった夫婦の夏。

「旅のない」
「作家さんなんですよね?」。出張先での車中、会話が途切れると取引先の村上さんが聞いてきた……。

 

第46回川端康成文学賞受賞(2022年4月)

 

「悪口」

初の緊急事態宣言下のゴールデンウィークに都内のホテルで恋人の十花(とうか)と過ごす「」はフリーの開発者。納期を守りしっかり稼働まで見届ける実績を積み、言い値で契約し、そこそこうまくいっている。十花は互いに沈黙になると、文脈なく場つなぎの愛想笑いをしがちで、それは自己評価が低くいためだろうと言う。ヴィジュアルレベルも性格も頭も悪くないのに自己評価が低く自信のなさが透けて見える女が僕は好きだ。二人共バツイチだが、十花は、自分は自信がなく、君は自信過剰だという。元妻には別れ際に不遜、傲慢で自信過剰で、自分以外の全員を馬鹿にしていると言われた。

十花へ、以前からやっている「悪口のレッスン」を再開する。彼女は人を悪く言うのをはばかるのだが、僕は世間の「お行儀のよさ」の風潮は居心地が悪すぎると思う。やがて、十花は気分が悪くなり、「もしコロナだったら、君にうつって、世界中に広がって、人類絶滅したらどうするの」と聞くが、僕は「たかが滅亡だろ?」とうそぶく……。

 

「つくつく法師」

彼は小さなITシステム会社を経営し、ストレス解消法で小説を10年書いていた。筝太が産まれてからは小説を書く必要がなくなった。昔書いた小説を読み返す。小説もどきには、自分と柊二となつみがいろいろな形で登場するが、オーバードーズで死にかける友人と密室が登場する。

 

「ボーイズ」

僕となつみは、「世界にとって人間は必要か?」として、子供は作らないと決めていた。しかし5年前、彼女が突然子供を作ることにした。「人生は生活の集積であり、重要なのは生活スタイルだ。」と何事にも入念に準備する彼女に従い二人は家も購入した。しかし子供はできなかった。離婚した僕の弟夫婦の息子たち、小4の柊二と小1の翔太の世話を2週間引き受ける。

 

 

「旅のない」

僕は業務アプリの開発・販売会社に勤め、地場の販売代理店の村上さんと客先へ車で向かっている。村上さんは娘から頼まれたたまごっちの世話をする。結局二人はプレゼンに出席せず、新幹線の駅へ向かう。学生時代にサークルで映画を撮っていた村上さんは、「私には旅がありません」という。旅の定義は「自宅を離れ、他の場所へ行くこと」なので、帰る場所がない私は流浪するばかりであって、旅はできないのだと語る。かって村上さんが撮った映画の話か、想像の話か、本当に村上さんは仮名のまま流浪し続けているのか、謎になってくる。

人様を欺くときはディテールが大事なんです。しょうもない、細かなふるまい。大きな嘘を吐くときには、入念に何をディテールにするかを選び取って、完璧に演じなければなりません。逆に言えばそれさえできれば、人様を欺くのは簡単です。……」(p160)

 

 

初出:「群像」2020年8月号、11月号、2021年2月号、5月号

 

私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで、最大は五つ星)

 

話は日常生活に限られているのに、いつのまにか不思議な空間に引き込まれていってしまう。一体、右なのか左なのか、はっきりしないまま話は進んでいく。

とくに表題作「旅のない」は、村上さんの正体が、ほんとうにそうなの?と信じられない思いのまま最後へ進んでいき、不思議な気持ちを抱いたまま、宙吊の感覚で終わってしまう。

 

「悪口」は、よくありそうな性格の違いが描かれていてやりとりが面白いが、深くはない。

「つくつく法師」は、違う小説の話がずらずら出て来て、真面目に筋を追おうとするとややこしくて困る。

「ボーイズ」は、全体として平凡な話で、なつみの気持ちの変化を考えても冴えた点は見つからない。

 

面白いと言えば面白いのだが、エンターテインメントの面白さとは違う。好む人は少数派だが、熱狂的なのかな??

 

年寄には縁遠い「Netflix」「アニヲタ」「鬼滅の刃」の話や、IT用語の「Slack」「dll」などが出現し、新しさや、疎外感を漂わせる。

 

 

上田岳弘(うえだ・たかひろ)

1979年、兵庫県明石市出身。早稲田大学法学部卒業後、法人向けソリューションメーカーの立ち上げに参加し、その後役員になる。

2013年、「太陽」で第45回新潮新人賞を受賞し、デビュー。
2015年、「私の恋人」で第28回三島由紀夫賞を受賞。
2016年、「GRANTA」誌のBest of Young Japanese Novelistsに選出。
2018年、『塔と重力』で第68回芸術選奨新人賞を受賞。
2019年、「ニムロッド」で第160回芥川龍之介賞を受賞。

2022年、本書「旅のない」で第46回川端康成文学賞受賞

著書に『太陽・惑星』『私の恋人』『異郷の友人』『塔と重力』『ニムロッド』『キュー』がある。

 

 

「あの耳なし猫型ロボット(ドラえもん)が実は地面に接してはおらず、反重力で少しだけ浮んでいることはどれだけ知られているのだろう?」(p64)

 

柊(ひいらぎ)

箍(たが)(p154)

象る(かたど)る(p169)

 

 

コメント
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