hiyamizu's blog

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伊与原新『月まで三キロ』を読む

2019年06月20日 | 読書2

 

伊与原新著『月まで三キロ』(2018年12月20日新潮社発行)を読んだ。

 

地球惑星科学の博士課程修了という著者の、「折れそうな心に寄り添う」温かい短編6篇。連作集ではないが、いずれも、大切なものを失い、心が壊れた人がほっと息をつく話で、じんわりくる短編が並ぶ。

 

 

「月まで三キロ」

独立して立ち上げた会社が倒産、妻・祐未と離婚、母が急逝し、父親の介護がきつくなり、タクシーに乗った男は行き先を富士山の樹海と告げる。運転手は下見だというこの男に、「この先にね、月に一番近い場所があるんですよ」と、山奥へと誘う。

 

地球と月が生まれた40憶年以上前、両者の距離は今の38万キロの半分以下で、地球から見える月の大きさは、今の六倍以上だった。すごい迫力だっただろう。しかも、太古の月はくるくると回転しており、表も裏もすべて地球から見えた。今でも月は一年に3.8センチずつ地球から遠ざかっている。

こんなことを教えてくれるタクシーの運転手の正体は? なぜ月にこだわるのか? 最後に辛い過去が。

 

案内されたところには道路の案内標識があった。そこには確かに「月 3km」とあった。なぜ?

 

この表題作は新潮社のこの本の紹介HPの中の「特設」で全文公開されている。

 

 

「星六花」

「降水確率0パーセントというのは、絶対に雨が降らないという意味ではないんですよ」と気象庁に勤める奥平は言う。美彩、岸本と4人での合コンの席でのことだ。富田千里は、どうせわたしなんて、今さらがつがつ婚活しても、と思っていたら40歳寸前、独身になっていた。

千里は想いをつのらせるが、奥平は……。

「星六花」は、40種類ある雪の結晶の一つで、6本の針が等方に伸びているシンプルな結晶。

 

 

「アンモナイトの探し方」

中学受験と両親の不仲で、不調をきたし、円形脱毛症となった小学生・朋樹は、川原でアンモナイトの化石を探す戸川と出会う。皮肉を言っていた朋樹はやがて無心でハンマーで石を叩き、アンモナイトを探すようになる。

 

 

「天王寺ハイエイタス」

自家製のかまぼことさつま揚げを売る「笹野かまぼこ店」を継がざるを得なくなった弟・健と、京大出の研究者の兄・優(まさる)。昔ギタリストだった哲おっちゃんは、長年ため込んだレコード、雑誌、楽器を毎年港に捨てていた。

ハイエイタスとは、地球温暖化による気温上昇が一時的に停滞する現象。

 


「エイリアンの食堂」

母親・望美を4年前に亡くした田辺鈴花は不眠症で、父親・謙介は鈴花を連れて深夜のドライブに出かけることが多い。

謙介が経営する「さかえ食堂」に毎日現れる女性を、小学三年の鈴花は、「プレアさん」とひそかに呼んでいる。ブレアさんは、月曜から金曜まで5種類の定食を同じローテーションで3ヶ月食べている。鈴花は彼女はプレアデス星人だと信じている。


ブレアさんはは近くにある高エネルギー加速器研究機構で働いている素粒子物理学の研究者で、名前は本庄聡子だった。

突然食堂を訪れなくなったブレアさんが、久しぶりに来て、母親を癌で亡くした鈴花に、「実はわたし、一三八億年前に生まれたんだ」という。「体の原子のほとんどは、長くて数年で入れ替わる。…今わたしの中にある水素は、昔、他の誰かが使っていた水素かもしれない。わたしが使っていた水素は、きっといつか他の生き物が使う。わたしが死んだあとも、繰り返し繰り返し、ずっと」。

 

 

「山を刻む」

子どもたちや、夫からも感謝されない専業主婦を誠実に勤めてきた女性は、ついに決断し、あの人に電話する。

 

 

伊与原新(いよはら・しん)の略歴と既読本リスト

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき)(最大は五つ星)

 

科学の話に果てしないロマンを感じる私には、理系の面白いうんちくと、底知れぬ悲しみが結びついて、心を深く打たれた。

科学と人の悲しみが自然と交錯し、独特の世界が創られる。理系好き、アンチ理系にかかわらず、静かに楽しめる何か不思議な話が並んでいる。

 

とくに良かったのは、「月まで三キロ」

死を求めている男が、通りすぎてしまった男から、月に関する蘊蓄(うんちく)を聞く。何の関係もない理系の話と人の悲しみが、対比し、寄り添いあう不思議。鮮やかだ。

 

他も良いのだが、もう一つ上げれば「エイリアスの食堂」だ。

極小の素粒子の研究が宇宙研究に繋がっていると知ったときの感動を思い出させてくれた。ストーリーも良いのだが、初歩的ではあるが素粒子の話も楽しく読める。理系のポスドクの雇用の不安定さにも心が痛む。

 

コメント
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