冷戦時代に逆戻りか NATO新戦略
2022年7月19日
米欧の軍事同盟、北大西洋条約機構(NATO)が先月の首脳会議で「戦略概念」を十二年ぶりに改定。ロシアを「最大かつ直接の脅威」と位置付け、対決姿勢を鮮明にした。さながら冷戦時代への逆戻りだ。軍事衝突を招かぬよう自制を求める。
戦略概念はNATOの行動指針となるもので、加盟国を「民主主義陣営」、中国やウクライナに侵攻したロシアを「権威主義陣営」に分類した上で、ロシアの脅威に対抗するため、東欧の部隊を増強▽現行四万人の即応部隊も三十万人以上に増員▽米国はポーランドに軍司令部を設置し、部隊を常駐させる−としている。
ロシアの脅威から、フィンランド、スウェーデンが申請した加盟も認め、フィンランドとロシアとの約千三百キロの国境が新たにNATOの最前線に加わった。
中国については「国際秩序に挑もうとしている」と初めて言及、警戒感を示した。
一時は対ロ共存を模索
NATOは冷戦時代、旧ソ連率いる東側の軍事同盟、ワルシャワ条約機構と対峙(たいじ)していた。
冷戦後は、ロシアとの間で武力行使を控えることなどを盛り込んだ基本議定書に合意。ロシアを「戦略的パートナー」と位置付け、協力関係を築いてきた。
ロシアとの共存を続ける素地は一時あったのだが、NATOの東方拡大に不満を募らせていたロシアは二〇一四年、ウクライナ南部クリミア半島を併合する。
これを機に、NATOはロシアとの協力関係を凍結し、警戒を強める一方、トランプ前米大統領が「時代遅れ」、マクロン仏大統領が「脳死」と指摘するなど存在意義が問われていた。
NATOが連帯と自信を取り戻すきっかけとなったのは皮肉にもロシアのウクライナ侵攻だった。ロシアとの対峙こそが存在意義であることを想起させたのだ。
新戦略はロシアを念頭に「抑止力と防衛力を大幅に強化する」と表明し、ドイツなどは防衛費増額の方針を相次いで表明した。
しかし、NATOが軍備を増強し、ウクライナ支援を続ければロシアの反発を招き、緊張が高まるのは避けられない。
今まさに火種となっているのがNATO加盟国のリトアニアとポーランドに囲まれたロシアの飛び地カリーニングラード州だ。
リトアニアは先月、欧州連合(EU)によるロシア制裁の一環として、金属など制裁対象品を積んだロシア本土と結ぶ列車の自国内通過を禁止した。
EUの行政機関、欧州委員会は軍用品以外の通過は可能との見解を示し、緊張緩和を図るが、反発するロシアは報復を警告し、軍事衝突も懸念される。
カリーニングラードはかつてのドイツ領旧称ケーニヒスベルクで永遠平和を追求した哲学者カントが暮らした街だった。
第二次世界大戦後に旧ソ連が奪取し、バルト三国の独立後はロシア領となり、軍事拠点として、核弾頭搭載可能なミサイル「イスカンデルM」を配備している。
「平和状態は新たに創出すべきものである」と訴えたカントの夢は、故郷では見る影もない。
軍事以外の解決策こそ
NATOはウクライナ侵攻への直接介入を避け、武器供与などの支援にとどめている。ウクライナ上空への飛行禁止区域設定を拒否し、警戒飛行も実施しない方針を貫いている。
今のところ、慎重な対応を心掛けているようだ。
ただNATO加盟国の衝撃は大きい。特に旧ソ連のバルト諸国や旧ソ連時代に弾圧を受けたポーランドなどの不安は増大している。
抑止力と万が一に備えた反撃能力の強化は理解できるとしても、軍事力頼りではNATOとロシアとの対立は激化するばかりだ。
ロシアに対しては、外交や経済制裁などの手法を駆使し、直接の衝突は回避しつつ、ウクライナでの戦争終結を模索すべきだ。
NATO首脳会議には「民主主義陣営」の仲間として、日本などアジア太平洋地域の四カ国も招かれた。
中国を念頭に置いた連携強化を確認するのが目的だろう。
しかし、陣営を色分けして「権威主義国」をことさら排除すれば対立をあおり、分断を進めることにもなりかねない。
アジアには地域特有の歴史や事情もある。
民主主義国が連携しつつも、欧州での対立構図をそのまま持ち込むことなく、地域安定の道を探りたい。