公共空間 自由な広場でなくては(2015年10月4日朝日新聞)

2015-10-04 09:23:23 | 桜ヶ丘9条の会

公共空間 自由な広場でなくては
2015年10月4日(日)朝日新聞

 「公共の場」でものを言いにくくする空気と、それに押し流されまいとする意志とが、あちこちでぶつかっている。

 さいたま地裁で先月25日、〈梅雨空に「九条守れ」の女性デモ〉という俳句をめぐる裁判が始まった。

 この俳句は、さいたま市内の公民館で活動する俳句サークルの女性が作り、昨年6月、「公民館だより」の掲載句に選ばれた。だが、公民館長らは「世論が分かれている内容」だとして載せるのを拒んだ。当初は「俳句が公民館の意見だと受け取られると困る」ことも理由に挙げた。作者は繰り返し掲載を求めたが認められず、市を訴えた。

 東京都現代美術館で今月12日まで開催中の展覧会では、現代美術家の会田誠さんの2作品が一時、美術館に撤去を求められた。問題視された一つは、白布に墨で〈檄(げき) 文部科学省に物申す〉などと書いた作品。妻と息子と一緒に制作した。もう一つは会田さんが「日本の総理大臣と名乗る男」に扮し、たどたどしい英語で演説する映像だ。

 会田さんは異議を唱え、展示は続いた。撤去要請の際、美術館が根拠の一つに挙げた「観客からのクレーム」の件数を会田さんが尋ねると、「1件」だったという。

 奈良弁護士会が8月、奈良公園で安全保障関連法制に反対する市民集会を開いた。この催しでも県の担当部署はいったん、観光客からの苦情が心配だとして、公園の使用に難色を示していたという。

 公民館、美術館、公園といった「公共の場」は、人々が意見を表明したり、考えを表現したりする自由を守るのが本来の姿だ。差し迫った危険があるわけでもないのに、それを抑制しようとするのは誤りだ。

 世論が分かれる政治性のあるテーマを、「公共の場」に持ち込むべきではないという意見もある。しかし、「公共の場」こそ、様々な声の交わる民主主義の広場であるべきだ。これまで公共施設の使用をめぐって争われた裁判で司法は、表現や集会の自由を尊重し、明らかに安全が保てないなどの支障がない限り、制限してはいけないという判断を重ねている。

 いま起きているのは特に、現政権と異なる意見や、現状を批評する表現の発表をしにくくさせる動きだ。「公共の場」を管理する者が、権力の意向を「忖度(そんたく)」したり、「苦情」と向き合うことから逃げたりして、精神の自由な発露を締め付ければ、社会はどんどん息苦しくなる。それは極めて危険なことだ。

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