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軽視される自衛官の命 週のはじめに考える
2015/4/5 中日新聞社説
政治の役割は国の平和を守り、国民の命を守ること。武力行使のハードルを極端に下げる安全保障法制のもと「自衛官の命」は守られるのでしょうか。
二〇〇四年一月、陸上自衛隊は、戦火くすぶるイラクへ派遣されました。当時の小泉純一郎首相が世界に先駆けてイラク戦争への支持を表明、すると米国から「ブーツ・オン・ザ・グラウンド(陸上自衛隊を派遣せよ)」と求められ、その通りにしたのです。フセイン政権の壊滅後、米国が「隠し持っている」と主張した大量破壊兵器はなかったことが明らかになり、軍隊を派遣したオランダでは独立調査委員会がイラク戦争を「国際法違反」と断じました。
隠された米兵空輸
安倍晋三首相の認識はどうでしょうか。昨年五月二十八日の衆院予算委員会で野党議員から「米国の説明をうのみにしたのでは」と問われた首相は「大量破壊兵器がないということを証明できるチャンスがあるにもかかわらず、それを証明しなかったのはイラクであったということは申し上げておきたい」と述べました。
「ないこと」を証明するのは不可能に近いため「悪魔の証明」と呼ばれています。しかし、安倍首相は「ないと証明できなかったイラクが悪い」と主張しているのに等しいのです。国際社会の中でも、独特の見解を持った政治家といえるのではないでしょうか。
安倍首相はイラク派遣の最中に首相を補佐する内閣官房長官になりました。陸上自衛隊が撤収し、航空自衛隊が武装した米兵を空輸していた時期と重なります。政府は後に名古屋高裁から憲法違反と指摘される「戦闘地域への米兵空輸」の真相を隠し、空輸は国連物資などと発表していました。
自殺した29隊員
首都バグダッド上空ではミサイルに狙われたことを示す警報音が機内に鳴り響き、機体を左右に急旋回させる命懸けの回避行動が必要でした。
安倍氏と当時の空自幹部とのやりとりが本紙連載「新防人考」(二〇〇七年三月二十五日朝刊)に掲載されています。
幹部「多国籍軍には月三十件ぐらい航空機への攻撃が報告されています」
安倍「危ないですね」
幹部「だから自衛隊が行っているのです」
安倍「撃たれたら騒がれるでしょうね」
幹部「その時、怖いのは『なぜそんな危険なところに行っているんだ』という声が上がることです」
どこか人ごとのような安倍氏。政治の決定で危険な任務に就いているのに、政治家に知らんぷりされてはかなわない、そんな空自幹部の思いが伝わります。
陸上自衛隊も同じでした。小泉首相は国会で「殺されるかもしれないし、殺すかもしれない」と答弁しながら、万一の場合に起こり得る戦闘死に向き合おうとはしていない、制服組にはそう受けとめられました。当時の先崎一陸上幕僚長は、防衛庁(当時)を開放しての国葬もしくは国葬に準じる葬儀を計画したのです。
幸い、陸上自衛隊、航空自衛隊とも一人の死者もなく、活動を終えることができました。問題は帰国後です。
今回、あらためて防衛省に対し、「帰国後に自殺した隊員数」「帰国後の経過年」の公表を求めました。自殺者は今年二月末現在で陸自二十一人、空自八人の合計二十九人に上り、帰国して五年未満のうちに十七人もの隊員が死を選んでいたことが判明しました。
防衛省の担当者は「帰国後の経過年を調べたのは、今回が初めて」といい、米国では社会問題になったイラク帰還兵の心的外傷後ストレス障害(PTSD)への取り組みが甘いことが分かります。
イラクの宿営地を訪問した政治家は防衛庁長官(当時)二人だけ。ともに基本計画の延長に欠かせない視察でした。米国、韓国の大統領や英国の首相がそれぞれ自国の部隊を何度も激励したのと比べ、日本からは首相も、官房長官も一度も行きませんでした。
ある防衛庁長官などは三度計画して三度ともドタキャン。ヘリコプターを用意した米軍から自衛隊が「お前の国の政治家はなんなんだ」と嫌みを言われたそうです。
「安全確保」は冗談か
イラク特措法には首相と防衛庁長官による「隊員の安全確保」が明記されていましたが、実態はみてきた通りです。先月の与党協議で骨格が固まった安全保障法制の歯止め策のひとつが「隊員の安全確保」。海外における武力行使に踏み込みながら「ご安全に」というのはブラック・ジョーク以外の何物でもありません。
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