バブルに沸いた1990年 31年ぶり高値の株価、実感なき現在 (2021年9月16日 中日新聞)

2021-09-20 12:09:24 | 桜ヶ丘9条の会

バブルに沸いた1990年 31年ぶり高値の株価、実感なき現在

2021年9月16日 
 株価がバブル崩壊後の最高値を更新し、一九九〇年八月の水準になった。三十一年前、日本は経済成長に浮かれ、人々の財布のひもは緩かった。今、そんな景気の良さを実感している人はほとんどいないだろう。あの時代と、新型コロナウイルス禍の今。日本経済はどう違っているのか。各種の指標を比べてみた。 (中山岳、中沢佳子)
 十四日午前の日経平均株価は一時、三万〇七九五円七八銭まで上がった。史上最高値だった三万八九一五円八七銭(一九八九年十二月二十九日)には及ばないものの、九〇年八月二日以来のバブル後最高値だ。その当時はどんな時代だったのか。
 「お金をもうけて外で遊び、いい車を買って、おいしいものを食べる。分かりやすい派手な暮らしがもてはやされた」。コラムニストの泉麻人さんはこう振り返る。当時、週刊誌に時事コラムを連載していた。
 各地でショッピングモールやレストランが開店したり、テーマパークのアトラクションが新設されたりするなど「ネタに事欠かない時代。マンション価格も上がるのが当たり前だった」。
 戦後、波はあっても日本経済はおおむね右肩上がりだった。泉さんは「バブル崩壊までは多くの人が日本経済は成長を続け、生活ももっと良くなるという期待を抱いていた」と振り返る。そして、バブル崩壊後の九五年に阪神大震災とオウム真理教事件が起きた。「良い時代は終わったという雰囲気が社会に広がった」
 その「良い時代」以来の株高がうそではないかと感じるほど、今の景気はさえない。株価以外の指標でも、今と当時を比較してみよう。
 まずは平均所得。国民生活基礎調査によると、九〇年は一世帯当たり五百九十六万六千円。一方、最新の二〇一八年では五百五十二万三千円。四十万円余り下がった。次に物価。消費者物価指数を見ると二〇年を一〇〇とした場合、一九九〇年(八九・六)と比べて11・6%上昇。所得は下がったのに物価水準は上がったことになる。
 雇用はどうか。完全失業率は九〇年八月が2・0%だったのに対し、今年七月時点で2・8%。有効求人倍率(年度平均)は九〇年度が一・四三倍で、二〇年度は一・一〇倍。コロナ禍の影響もあり、求人が減って失業が増えていることが分かる。
 これらの数値からは、国民全体が貧しくなっていることが浮き彫りになる。それなのに価格が高騰しているモノがある。
 例えば、スニーカー。人気シリーズの一部商品は、定価一万円ほどなのに、数十万円につり上がることがある。スイスの高級腕時計は、正規価格で百万円ほどの商品が二〜三倍の値段で取引されている。いずれも投機の対象になっているとみられる。
 不動産はどうか。首都圏の新築マンション平均価格は、ピーク時の九〇年は六千百二十三万円だった。バブル崩壊後に大きく落ちこみ、二〇〇二年までに二千万円超も下落。〇三年以降は上昇傾向になり、二〇年は六千八十三万円。株価と同様にほぼバブル期の水準まで回復した。
 不動産経済研究所の松田忠司主任研究員は「マンション高騰の大きな原因は人件費の高止まりや地価の上昇だ。ただ、都心の高額物件が売れている背景には株高の影響もあるだろう」と分析する。

「バブルは必ず崩壊」警鐘

 なぜ株価が上がっているのか、不思議に感じる人はいるだろうが、大和証券の細井秀司シニアストラテジストは「日本企業の業績は堅調で、稼ぐ力も高い。むしろ日本の株価は米国と比べて出遅れの感もあった。このぐらいの上昇は当然だ」と語る。
 近年の株高は、各国の中央銀行が金融緩和を続け、お金が株式市場に流れ込んだためという。新型コロナのワクチン接種で感染者が減りつつあることも追い風になった。投機目的で取引される商品やマンションも、この影響を受けている可能性がある。
 細井さんは「自民党総裁選を控え、新政権が打ち出す経済対策への期待も強い。各国中央銀行が近々金利を引き上げる見通しは薄く、株価が崩れる要因がない」と、年末に向けて株価はまだ伸びるとみている。
 懸念もある。ウイルスの変異株だ。「変異株の影響が見通せず、世界で再び感染が広がれば状況は変わる。まだ完全に業績を戻し切れていない企業には、大きな打撃だ」
 一方、立教大の金子勝特任教授(財政学)は「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)による株式運用や、日銀の上場投資信託(ETF)買い入れで株価を支える『官製相場』が株高の背景にある」と指摘する。国の後ろ盾があるという安心から海外投資家が乗り込んできた。東京と名古屋の二市場の年間の売買状況をみると、この五年、日本株を買う海外投資家の割合は金額ベースで七割を占めている。
 さらに、コロナ禍でも比較的余裕のある日本人が参戦。外食や旅行ができず、お金が余っている。「低金利の銀行に預けないで株で運用する人が目立つ。みんなが『この相場を崩すな』という空気をつくり、何でも株価上昇のネタにしている。今は自民党総裁選という政局で盛り上げている」
 金融緩和によるカネ余りは、社会をどう変えるのか。金子さんは「銀行の融資先が不動産投資や住宅ローンに傾き、不動産市況はバブル状態。ゆとりのある人は投資で資産を増やし、投資できない人と二極化が進んでいる。格差が開く一方だ」と危ぶむ。
 経済アナリストの森永卓郎さんは「今の株価は実体経済と真逆。完全なバブルだ」と断言する。これまで世界で起きた「バブル」の経緯をたどると、共通する点があるという。「例えば、十七世紀のオランダでチューリップの球根に人気が出て、価格が急騰した。球根一つで家が買えるほど高値で取引された。人気商品の売買で利益を得た人が出ると、周囲もこぞって同じようにもうけようとし、バブルになる。今の株価上昇も同じだ」
 バブルはいつ崩壊するか予測できない。それでも必ずはじけるのがバブルだ。森永さんはこう説き「今のバブルは以前のITバブルなどより長く続いている。高い株価に不安を抱いている投資家もいる。何かのきっかけで大きな売りが出ると、売りが続出して一気に株価が落ちるだろう」と語る。崩壊の引き金になりかねないのが「米国の中央銀行に当たる米連邦準備制度理事会(FRB)が長期金利を引き上げた時」と森永さんは推測する。株より安定運用できる債券にお金が流れるからだ。
 崩壊は人々の生活にどう影響するのか。森永さんは「借金までして投資に走る人もいる。株価が下落すれば大きな損失をかぶる。業績が悪化する企業もある。借金の穴埋めで不動産を売る人が続出すれば、不動産の価格は暴落する。投資と無縁の生活をしている人も、巻き込まれかねない」と説明する。