「殺人ロボット兵器」の脅威(2021年9月3日 中日新聞)

2021-09-06 20:44:35 | 桜ヶ丘9条の会

「殺人ロボット兵器」の脅威

2021年9月3日 05時00分 (9月3日 05時01分更新
 人工知能(AI)を持ち、敵を自動的に攻撃する「殺人ロボット兵器」がリビアで使われたとみられると、国連の報告書が明らかにした。AIを備えずとも、小型無人機ドローンを改良した兵器の使用頻度も増えている。兵士の心理的負担が少ないため戦争のハードルを下げる恐れがあり、専門家は監視と規制の強化が不可欠と訴える。
 (木原育子、榊原崇仁)

進む開発 リビアで「自動式」?

 「ショッキングな報告書。一線を越えたと思う」。京都産業大の岩本誠吾教授(国際法)が語る。
 国連安全保障理事会の専門家パネルは六月、内戦下のリビアで昨年三月に、人間の意思を介在させず敵を自動的に攻撃する殺人ロボット兵器が使われたとみられるとの報告書をまとめた。
 同国ではトルコが後押しする暫定政権と、ロシアなどが支援するリビア国民軍(LNA)が対立。双方が無人機などを持ち込み、新型兵器の実験場になっているとされる。今回使われたのはトルコ製のドローンで、暫定政権の作戦によりLNAの兵士らを自動的に追尾、攻撃したという。死傷者の有無などは不明だ。
 無人機による攻撃は、米国がアフガニスタンとパキスタンでテロリスト殺害に用いた例はあるものの、いずれも指揮官が指示し、地上の操縦員が遠隔操作していた。岩本さんはリビアのケースについて「人間の指令なしで攻撃していれば世界初。報告書は、将来的にこういった兵器が使用される危険性を示した」と解説する。
 AI兵器は世界で開発競争が進む。ロシアの安全保障政策に詳しい東京大先端科学技術研究センターの小泉悠特任助教は「各国とも力を入れている」と説明する。
 小泉さんによると、イスラエルは「カミカゼドローン」と呼ばれる自爆ドローンの研究に力を入れる。殺傷能力が高く、標的を認識すると上空から突っ込んでいく。ロシアはシリアとウクライナでの軍事作戦で活発に使用した。中国製ドローンは中央アジアやアフリカへ多数輸出されているという。トルコもリビア内戦での投入により大きな成果を上げたといわれる。
 戦争とはいえ、人が人を殺すのは心理的負担が大きいとされ、AI兵器は「歯止め」となっていた部分を大きく変える可能性がある。小泉さんは「米国では、軍縮路線を唱えて兵士を戦場に向かわせたくなかったオバマ政権時代に大きく技術進歩を遂げた。前線に兵士を送りたくないのは世界共通」と話す。
 AI兵器は「自律型致死兵器システム(LAWS)」と呼ばれ、対人用だけでなく、建物などを破壊する対物用もある。ドローンや戦車などが既に存在している。
 岩本さんは「殺人ロボット兵器といってもまだ識別能力が高いわけではなく、人間と動物の区別はついても、人間が持っているのがくわなのか銃なのかは分からない」とした上で、現状では「民間人を巻き込む恐れがあり、戦場で人間に代わって戦うことはできない」と考えている。当面は「陸の戦場ではなく、人がいない海中や、空中からの攻撃を想定した兵器の開発が進むのではないか」と見ている。

国際的な規制強化 必要

 AIを持っていない軍事用ドローンが人命などを脅かす場面も増えている。
 八月二十六日にアフガニスタンの首都カブールで起きた爆破テロを巡り、米国が過激派組織「イスラム国」(IS)系勢力を報復攻撃したと伝えられた。二〇一八年には、南米ベネズエラのマドゥロ大統領の演説中にドローンが上空で爆発する暗殺未遂事件が起きている。一九年にサウジアラビアの石油関連施設が攻撃を受けた際は、十八機が使用されたという。
 ドローンは軍事転用されやすい。陸上自衛隊富士学校の元研究員で軍事ジャーナリストの照井資規(もとき)さんは「民生品のドローンは安いと一万円程度で買える。これに弾薬や放射性物質を積めば、ごくごく安価で効果的な武器に仕立て上げられる。自爆テロのように使い捨てるのが大半なので、耐久性は求められない」と解説する。
 攻撃する際は目的地やルートなどを事前に設定して飛ばせば済むことから、飛行機のパイロットを養成する手間も不要。大幅なコスト削減が図れる。「自衛隊でパイロットを育成すると、部隊配置まで二年、一人前になるまでさらに四年かかる。その間は年一億円必要になり、訓練用ミサイルの費用や機体の整備員の人件費などを積み重ねると膨大な額になる」(照井さん)
 機動力が高いのもドローンの強みだ。「幅一メートルほどと小さい上、音も熱もほとんど発せず、地上数センチの低空飛行ができてレーダーで捉えられにくい。三六〇度の移動が可能なので、ターゲットに向けてあちこちから複数機を飛ばし、かく乱もできる。何より感情がないから攻撃をためらわないし、裏切らない。不平も言わず、疲れも知らない。だから、計画通りにテロなどを実行するには効果を上げやすい」
 そんな危険な兵器がさらに拡散する懸念が広がっている。アフガニスタンの実権を掌握したイスラム主義組織タリバンが、米国が政府軍に提供した兵器を大量に入手したと報じられた。長時間の偵察が可能な軍用ドローンも含まれるとされる。
 殺人ロボット兵器の規制は、一九年十一月にスイスで開かれた特定通常兵器使用禁止制限条約(CCW)の締約国会議で議論された。民間人らの殺害を禁じる国際人道法を適用するといった指針を盛り込んだ報告書が採択された一方、法的拘束力はなく実効性が疑問視されている。
 名古屋大の久木田水生(みなお)准教授(技術哲学)は「積極的に武器開発して軍事的に優位な立場を手に入れたい先進国は、規制を嫌がる。『倫理面は自国でチェックするので外部が口出しすべきではない』とも考えている。だから、足並みをそろえて規制強化とはならない」と分析。政府レベルでの歯止めが利きづらい中、「AIの開発者が『非人道的な使い方はさせない』『協力もしない』と声を上げてほしい」と唱える。
 市民団体「武器取引反対ネットワーク」の杉原浩司代表は「AI兵器も軍事用ドローンも戦争のハードルを下げ、民間人が多く巻き込まれかねない。規制の在り方を早急に決めるべきだ」とし、こう提言する。
 「既に報告されている被害は、恐らく氷山の一角にすぎない。国際世論を敵に回さないよう隠蔽(いんぺい)された例もあるはず。まずは国連主導で実態を明らかにした上で、そうした兵器が深刻な被害をもたらすことを世界の共通認識にする必要がある。危機意識を広めることが規制に向けたステップになるはずだ」