雇用危機三たび 経済史の教訓から雇用破壊の実相探る
2020年7月3日
「『狂乱物価』と称された物価の上昇が、家計を苦しめた」
六月三十日に発表された五月の有効求人倍率で引き合いに出されたオイルショックの影響について、「暮らしと経済研究室」を主宰する山家(やんべ)悠紀夫氏はこう解説する。求職者一人に何人分の求人があるかを示す有効求人倍率(季節調整値)は一・二〇倍で、前月比〇・一二ポイントの下げ幅は一九七四年一月の〇・二ポイント低下に次ぐ大きさだ。
オイルショックは一九七〇年代に起きた二回の石油危機。第一次ショックはエジプトとシリアがイスラエルを攻撃した七三年十月の第四次中東戦争が口火となった。イスラエルの反攻を受け、アラブの産油国は西側諸国に向けて石油供給制限に踏み切り、石油の公示価格は危機前と比べ、最高四倍に引き上げられた。
田中角栄内閣が唱えた「日本列島改造論」による地価高騰も背景に、景気が悪い中で物価が上昇するスタグフレーションが深刻化。政府は物価を抑えるため、公共事業抑制などの政策をとり、企業の生産活動は鈍化した。金融市場だけでなく実体経済が低迷した結果、七四年の国民総生産(GNP)は戦後初のマイナス成長となり、高度経済成長は終わりを告げた。
国民生活では、灯油やガソリンの買いだめが加速。モノ不足への懸念から石油価格と直接関係ないトイレットペーパーや砂糖まで店から姿を消した。コロナ禍で一時的にせよ、世界的に紙製品やマスク買い占めが起きた現象に重なるように見える。
ただ、仕事の供給量を示す有効求人倍率が大きく落ち込んだのに、失業率は1%台にとどまっていた。山家氏は「正社員が多い時代で、雇用は比較的維持された。時を経て従業員の非正規化が進み、このコロナ禍は雇用悪化に即影響し、市民生活をむしばんでいるように見える」と話す。
実際、雇用情勢を示す指標はコロナ禍の現在の方がよくない。五月の休業者数は、緊急事態宣言の余波などで四百二十三万人に上った。「緊急事態宣言の解除後に経済活動が再開された影響で、休業者は四月よりは減ったが、依然として高止まりしている」とニッセイ基礎研究所の斎藤太郎氏は述べる。
今後は、経営悪化で休業した企業などの従業員や、コロナ感染を恐れ求職活動を控えていた人たちが、失業者として顕在化する可能性が高い。総務省が発表した五月の完全失業率(季節調整値)は2・9%で、前月より0・3ポイント上昇し、急激に悪化している。
実体経済への打撃はまだ入り口で、失業率の一層の悪化も見込まれる。斎藤氏は、今年四〜六月期の実質国内総生産(GDP)は前期比年率24・4%減と、戦後最悪のマイナス成長になると予測している。
「宣言下の経済活動の落ち込みはあまりに大きかった。失業率は今年末に4%程度まで上昇するのではないか」と前出の斎藤氏。過去の経済危機からは、失業者増と自殺者増が相関関係にあることも示されている。「感染死者を減らせても、失業を苦にした経済的死者の増加を防げなくては、コロナとの闘いに勝てたと言えない」
一方、今月一日に日銀が発表した六月の企業短期経済観測調査(短観)では、二〇〇八年秋のリーマン・ショックがクローズアップされた。大企業製造業の業況判断指数(DI)が三月の前回調査から二六ポイント下落のマイナス三四となり、リーマン後の〇九年六月(マイナス四八)以来の低水準になったからだ。
リーマン・ショックはオイルショックと同じ世界同時恐慌だったが、法政大の水野和夫教授(経済学)は「発端は米国の金融危機。損失を受けた各国の金融機関の融資が止まり、企業は資金繰りに苦しんだ。輸出依存だった日本の製造業は大打撃を受けた」と振り返る。
国内メーカーは非正規労働者の派遣切りと正社員のリストラを進めた。総務省の労働力調査を見ると、〇八年四〜六月期に二百十五万人いた製造業の非正規労働者は一年たつと二十五万人減った。同時に、〇八年四〜六月期に八百万人いた正規の労働者は、一〇年七〜九月期までに八十九万人減った。
これに対し、コロナ不況は随分と様相が異なるようだ。労働力調査によれば、今年二月に二千百五十九万人いた非正規労働者は五月に二千四十五万人になった。三カ月で百万人以上も減った計算になる。一方で正規の労働者は三千五百万人あまりを推移している。
生活困窮者を支援するNPO法人「ほっとプラス」の藤田孝典理事は「ここ二十年で政府が派遣労働の規制緩和を進めた結果、各企業が非正規で雇用する労働者を大きく増やした。コロナ禍で不況に見舞われると、解雇しやすい彼らが削られるようになった」と説く。
実際、非正規労働者の数は増えている。〇二年には全労働者の29・4%だったが、〇九年には33・7%に増え、昨年は38・3%に達している。
「企業としてはコストカットとして非正規の労働者を雇い止めなどにしているのだろう。『雇用の調整弁』としか考えていない。その代償として、彼らが使い捨てにされている」
リーマン・ショックで職を失った人たちの受け皿になったのは飲食業や宿泊業が多かったとされる。和光大の竹信三恵子名誉教授(労働社会学)は「一家総出で収入減に立ち向かうため、女性が飲食店などに働きに出るケースも多かったのでは」とみる。
しかし、人の往来自体が滞ったコロナ禍では、こうした業界にも逆風が吹き荒れた。東京商工リサーチによれば、コロナ禍による経営破綻は六月末までに二百九十四件に上り、最多は飲食業の四十六件、これに次ぐ三十九件が宿泊業だった。同三十日には、旅行会社「ホワイト・ベアーファミリー」(大阪市)とグループ会社が民事再生法の適用を申請。負債総額は二社合計で三百五十一億円に上り、旅行業では過去最大額だった。
竹信氏は現状を危ぶむ。「職を失った人たちの支援策は乏しい。家賃が払えず、路上生活を選ぶ人も出てきている。この状況が続けば、今以上に生活格差が広がってしまう。国民一人一人が人間らしく働き、人間らしく生活できるよう、社会のあり方を根本的に見直す必要がある」
関連キーワード