リニア開業延期へ 水量減、拭えぬ不安
2020年6月27日 中日新聞
JR東海が目指してきたリニア中央新幹線の二〇二七年開業が、延期される見通しとなった。金子慎社長は南アルプストンネル本体工事の「準備段階」と位置付けるヤード(作業基地)整備だけでも静岡県の同意を得ようと、川勝平太知事とのトップ会談に望みをつないできたが、知事の答えは「ノー」。JRに対する静岡県側の不信は根強く、工事が前に進む見通しは立たないままだ。 (小西数紀、宮畑譲)
*すれ違い
初めてのトップ会談は、川勝知事が県庁正面玄関で金子社長を出迎える異例の対応でスタート。会談も終始穏やかなムードで進んだ。しかし、焦点だったヤード整備について、議論はかみ合わなかった。
会談終盤、川勝知事からは県条例に基づいた協定を結べばJR側の求める工事を認めるかのような発言も出たが、会談後の会見で知事は月内着手を認めない方針を明示した。
ヤード整備は、そもそも昨年五月に静岡県が「本体工事と一体」として着手を認めなかった作業だ。争点となっている大井川の水量問題は、影響を検証する国土交通省の有識者会議が議論を始めたばかりで、結論までは時間がかかる。南アルプストンネルは最難関工区で、県内の本体工事だけで五年五カ月を見込む。開業目標までの工程が切迫するJR東海には、有識者会議と並行して少しでも作業を前に進めたい狙いがあった。
だが、川勝知事はヤード整備も有識者会議の結論を待つべきだという従来の姿勢を崩さなかった。
ヤード整備は掘削を伴わず、大井川の水量に直接影響を与えない。金子社長は会談でも「なし崩しでトンネルを掘るようなことはない」と繰り返し説明。それでも県が着手を認めなかったのは、JRに対する不信感の根強さも一因だ。
川の水は生活、農業、工業に利用されるが、かつてはダムの乱開発で流量が減少。流域住民がダムを造った電力会社に「水返せ」運動を起こした歴史もあるほど敏感な問題。JRは、わき出た水を全量を戻す対策を講じるなどして工事で川の水量を減らさないと説明してきたが、県側は「JRがデータを出し渋ってきた」(川勝知事)と疑念を向ける。
今年四月、有識者会議の初会合で金子社長が「(県が)あまりに高い要求を課している」と批判したことも、県や流域の反感を深めた。金子社長は、この日の会談に先立つ十八日の会見で「リニアを早期に実現させたいという気持ちが前に出て、水の問題を考えてくれているのかという不安感を招いてしまった」と反省を口にした。
*未来図
JR東海は、リニアを東海道新幹線のバイパスと位置付ける。日本の大動脈輸送を新幹線とリニアで二重化し、大規模震災や新幹線の経年劣化に備えるため、できるだけ早期の整備を目指して設定したのが、東京−名古屋間の二七年開業だった。
沿線では既に自治体や企業が二七年に向け、まちづくりや再開発などに動きだしている。金子社長は会談でも「日本経済へのインパクトは大きい。沿線でも足並みをそろえて独自のインフラ整備がされている。開業目標に責任感を持っている」と説明した。
環境への懸念から、静岡県の同意が得られないままでは着工時期も見通せない。環境影響評価(アセスメント)に詳しい浅野直人・福岡大名誉教授は「日本では地下水の情報は不足がちで、掘ってみたらものすごい量の湧水が出た例もある」とした上で、「想定可能な最悪の事態への対応は必要だ。アセスメントは工事を止めるための道具ではないが、手続き後であってもJR東海は可能な限りの説明をする道義的責務がある」と指摘している。