バッタ大群、 東アフリカを襲う 2000万人食料危機 (2020年6月2日 中日新聞)

2020-06-06 19:17:36 | 桜ヶ丘9条の会
バッタ、大群、東アフリカを襲う 2000万人食料危機 
 
 
人類に脅威を与えるのは新型コロナウイルスだけではない。東アフリカなどでバッタの大群が発生し、国連食糧農業機関(FAO)は二千万人が食料危機に直面していると警告する。原因は、インド洋の海水温異常によって豪雨が降り、バッタが大量にふ化したこと。この異常は日本でも記録的な暖冬を引き起こしている。どんなメカニズムなのか。
 「西アフリカのブルキナファソを乗り合いバスで移動中、フロントガラスにバチバチ何かがぶつかる音がした。暑くて外気を入れるために開けていた窓から、数え切れないほどのバッタが飛び込んできた」。東京農業大の足達太郎教授(応用昆虫学)は、かつてバッタの大群と遭遇した時の状況をこう振り返った。
 東アフリカなどで発生しているのは、サバクトビバッタと呼ばれる種類で、体長五〜七センチ、体重は二〜三グラム。一平方キロ当たり四千万匹程度の群れが、一日に三万五千人分の農作物などを食い荒らしながら移動している。FAOは四月、東アフリカで二千万人が食料危機に直面し、中東のイエメンでも千五百万人が同様の事態に陥ると警告した。被害は西アフリカや南西アジアにも広がっているという。
 足達氏によると、サバクトビバッタは通常、雨がほとんど降らない草地や雑木林が点在する砂漠周辺で一匹ずつ生活している。限られた種類の雑草などしか食べない、おとなしい性質という。ところが季節外れの大雨が降ると、多くの卵が一斉にふ化。幼虫時に混み合った状態で育った成虫が卵を産み、ふ化した幼虫がまた密集した状態で育つと、餌が少ないわずかな草地では生きられないため、性質が変異する。

1日に100キロ超移動

 「成虫になると一日百キロ以上移動し、大きいと数千〜一億匹の群れをつくる。食欲も旺盛になり、植物なら何でも食べるようになる」(足達氏)
 大群の発生は、アフリカ各地で局所的には毎年のように起きている。それが季節風のタイミングと重なると、数百〜数千キロ離れた場所に移動。各地の雨期に合えば繁殖と移動の繰り返しになり、大発生が何年も継続する。
 「大発生は過去百年で十回ほど起き、十五年続いたこともある。十五年ぶりの今回は規模が大きい」と足達氏。きっかけは、二〇一八年にサイクロンがアラビア半島に豪雨を降らせ、その後も東アフリカの広い範囲で大雨になったこと。ケニアの被害は過去七十年で最悪とされ、ソマリア政府は非常事態宣言を出した。

コロナで農薬不足

 農薬散布などで駆除はしているものの、バッタはいつどこで発生するか予測できない上、群れが巨大でうまくいかない。足達氏は「幼虫の段階で群れに農薬をまくのが効果的だが、その場所を見つけるのが難しい。また、国境を越えて移動するバッタの対策には各国の連携が不可欠なのに、頻繁に紛争が起きている地域なのでうまくいかない」と指摘する。
 そこにコロナ禍。農薬や食料の輸入が止まった国もある。足達氏は「バッタ被害を人間の力でなくすのは不可能。コロナと一緒で対策を考えながら共存していくしかない」と話した。

羽の模様「神の罰」

 バッタによる被害の歴史は古い。旧約聖書の出エジプト記には、辺りが暗くなるほどの大群がエジプト全土を襲い、草木が食い尽くされて緑がなくなった様子が描かれている。古代エジプト人は、バッタの羽の模様は「神の罰」という意味の文字が刻まれていると考えていたという。
 日本では明治時代に北海道でトノサマバッタが大繁殖し、農作物に壊滅的な被害をもたらした。二〇〇七年には関西国際空港(大阪府)で数百万匹のトノサマバッタが発生した。
 今回、東アフリカなどでバッタの大群を発生させた豪雨は、「ダイポール(双極子)モード現象」と呼ばれるインド洋の海水温異常が原因とされる。この現象は、東から強い貿易風が吹いて赤道付近のインド洋の西側に暖かい海水が流れ込み水温が上昇。海水の蒸発が盛んになって上昇気流が生まれ、低気圧が発達して東アフリカなどに豪雨をもたらした。一方で東側では高気圧が発達し、晴天が続いて乾燥しやすくなった。
 海洋研究開発機構(神奈川県横須賀市)の土井威志(たけし)・副主任研究員は「インド洋の東西でシーソーの傾きのように海水面の温度差ができ、各地で異常気象を引き起こした」と説明する。地球温暖化との関連を指摘する見方もあるものの、発生する原因は明らかになっていない。
 日本も影響を受けている。気象庁によると、昨年はダイポールモード現象に伴い偏西風が北に蛇行。北からの寒気が入り込みにくくなって十二月〜今年二月の平均気温が平年より一・六六度、上昇した。一八九八年冬の統計開始以来、最も高く、各地のスキー場は深刻な雪不足に陥った。
 ダイポールモード現象は通常、三、四年に一度のペースで起きる。それが二〇一七年以降は三年連続で発生し、昨年は「過去最強クラス」(土井氏)だった。インド洋の東側に位置するオーストラリアでは平均降水量が平年より四割少なく、記録的に乾燥。昨年七月に発生した森林火災は今年二月まで約八カ月続き、日本の国土面積の三分の一に当たる約十二万平方キロメートルを焼失。三十三人が死亡し、コアラなど十億匹の野生動物が巻き添えになった。

温暖化の影響深刻

 土井氏は「近年は地球温暖化で、乾燥や豪雨が起きやすくなっている。そこにダイポールモード現象が重なれば被害が大きくなる」と危ぶむ。対策として「今以上に詳しく、地球規模で海水温の変化や大気の状態を調べることが重要。早期に予測できるようになれば対策も取れる」と説く。
 山本良一・東京大名誉教授(環境経営学)も「豪雨の発生は、地球温暖化による気候変動が影響している。新型コロナだけでなく、気候変動こそ世界規模の対策が必要だ」と唱える。
 温暖化対策には二酸化炭素(CO2)の削減が不可欠なのに、英国など欧州の主要国と比べて日本の取り組みは遅れているといわれる。山本氏は「一人一人が、製造時に多くのCO2が発生するプラスチック製品の購入量を減らし、環境に配慮した製品を選ぶ。CO2排出が多い石炭火力発電計画に融資する銀行を使わないようにし、選挙の際には環境政策に力を入れる政治家に投票することも重要」とする。
 一七年の日本のCO2排出量は中国、米国、インド、ロシアに次いで五番目に多い。にもかかわらず国としてゼロにする時期を示していない。山本氏は「欧州と同じく五〇年までの実質ゼロを目指し、各国と協力して温暖化を食い止める必要がある」と強調した。
 (片山夏子、中山岳)