ヘイト対策法3年、まだ道半ば (2019年6月6日中日新聞

2019-06-06 09:34:03 | 桜ヶ丘9条の会
ヘイト対策法3年、まだ道半ば 
2019/6/6 中日新聞

◆なぜデモ止められぬ?

 国や自治体にヘイトスピーチ解消の取り組みを求める対策法の施行から3年。各地で条例制定の動きが広がる一方で、ヘイトデモや移民排斥を掲げる団体などの演説が依然横行し、インターネット上のヘイトや中傷も後を絶たない。フェイスブックやツイッターに差別的投稿の削除を義務付けたドイツには後れを取っている。外国人労働者の受け入れが拡大する中、法の実効性が問われている。
 京都市の繁華街で三月九日、異様な光景が展開された。「ごみはごみ箱に、朝鮮人は朝鮮半島に」。拡声器で叫びながら練り歩くたった一人の男性を、百人以上の警察官が取り囲むように付き添って歩く。「差別をやめろ」と抗議する大勢の市民が詰め掛けたが、警備に阻まれる。まるで警察がヘイトデモを守っているかのようだ。
 対策法は自治体に「施策を講ずるよう努める」と求めている。京都市は昨年六月、ヘイトスピーチを未然に防ぐため、公共施設の貸し出しを不許可にできるガイドラインを定めた。しかし、デモは止められなかった。男性は二〇〇九年の京都朝鮮第一初級学校へのヘイトスピーチで、威力業務妨害罪などで有罪判決を受けた。デモは事件から十年を「記念する」と銘打ったものだった。
 差別に反対する市民団体は、デモの出発地点である公園の使用不許可を市に求めた。しかし、ただの出発地点のため男性が市に使用申請する必要がなく、市は不許可にできない。市国際化推進室の森本幸孝課長は「デモの許可は京都府が出しており、市として介入は難しい。解決策を見いだせず行政にも責任はある」と述べた。「啓発は自治体でやるが、規制には国が統一した見解を示してほしい」
 この三年間でガイドラインや条例を定める自治体は徐々に増加。中でも香川県観音寺市は先進的だ。改正市公園条例は「人種、国籍その他の出自を理由とする不当な差別的取り扱いを誘発し、または助長する恐れのある行為」を禁止する条項を加え、違反は五万円以下の過料とした。禁止と罰則を盛り込んだヘイト対策は全国初とみられる。
 それでも、ヘイトを繰り返す人々の行動は挑戦するように続く。
 五月十二日、川崎市のJR川崎駅前で排外主義政策を掲げる「日本第一党」の約二十人が街頭宣伝をした。警察は鉄柵を設置して場所を限定し、通行人の目に触れないよう通路をふさいだ。さらに、抗議する市民百人以上が「差別やめて帰れ」などと叫び続け、街宣の声をかき消した。
 同十五日には東京都北区のJR十条駅前でも別の団体の街宣があった。近くにある朝鮮学校の児童や生徒が下校する時間帯だ。男女二人がマイクを握り、北朝鮮や朝鮮学校批判を展開。抗議する市民数十人が「通学路でヘイトをするな」「子どもは関係ないだろう」と詰め寄った。
 混乱を見守った近所の男性(82)は「大きな顔して差別なんて。たくさん警察がいるのに、なぜ止めないのか」と驚く。抗議活動に加わった男性会社員(45)は「まだ堂々とヘイトスピーチができるのはおかしい。警察や行政が止められる仕組みが必要だ」と語った。

◆なぜネット投稿削除は管理人任せ?

 インターネット上のヘイトスピーチ対策はどうか。日本ではヘイトを含む投稿の削除に関し、被害者の負担の大きさや削除までの時間の長さが指摘される。一方、ドイツはヘイトなどの投稿の削除をフェイスブックやツイッターに義務付け、期限や罰則も設けた。日本政府も対策を進めるが、憲法の保障する表現の自由が壁になりそうだ。
 ナチスのホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)への反省からヘイトに刑法が適用されるドイツでは、フェイク(偽)ニュースによる国外からの選挙干渉や難民へのヘイトを背景に二〇一七年十月、「ネットワーク執行法」が施行。明白な違法投稿について会員制交流サイト(SNS)に二十四時間以内の削除を義務付け、最高五千万ユーロ(約六十億円)の制裁金もある。
 日本国内ではネット上のヘイトについて、被害者の申告や第三者の情報提供を受け、法務省がサイト管理者に削除を要請する仕組みがある。ただ、法的拘束力はなく、削除は管理者任せ。市民が直接要請することもできるが、削除されなければ被害者が管理者や投稿者を相手に訴訟を起こすといった負担を強いられる。
 偽ニュースについては総務省の有識者会議が五月、規制の検討に着手。グーグルなどが署名した欧州連合(EU)の対策の行動規範などを参考に年内に方向性を示す。ヘイトは虚偽情報とともに広がることが多く、一九二三(大正十二)年の関東大震災では「朝鮮人が暴動を起こした」などのデマが拡散し、自警団や警察が朝鮮人や中国人を殺害。二〇一八年の西日本豪雨でも「外国人窃盗団がいる」などの偽ニュースがネットを通じて広まった。
 同省担当者は「ヘイトの要素があれば社会的影響は大きく、偽ニュース対策でも重要な位置を占めると思う」と話すが、「ドイツのように国が法で規制するのは表現の自由の観点から難しい」としている。

◆では解消へ有効策は?金尚均教授に聞く

 刑法が専門でヘイトスピーチの法的規制を研究する龍谷大の金尚均(キムサンギュン)教授(51)に聞いた。
 -研究のきっかけは。
 「在日特権を許さない市民の会(在特会)が二〇〇九年、京都朝鮮学校を襲撃した現場にいて、あまりのひどさにがくぜんとした。『朝鮮人出て行け』と言うが、個人を名指しせず、名誉毀損(きそん)や脅迫などで法規制できない。表現の自由は、特定の集団の人々を罵詈(ばり)雑言で攻撃することを許すための権利ではないはずだと思った」
 -対策法の評価と課題は。
 「川崎の裁判所がヘイトを繰り返した男性にデモ禁止を命じるなど前進があったが、理念法なので、警察がヘイトデモを止める根拠にならない。禁止規定と刑罰を設けて逮捕権を明示すべきだ。デモの規制に関する自治体の公安条例に、対策法を踏まえた許可条件を追加するのも手だ」
 -インターネット上のヘイトも問題だ。
 「差別はいけない、という建前はあるが、ネットでは本音が出る。海外に比べ人前で話す文化のない日本は特に深刻。一度書き込むと何十億人が見る可能性があり、ネットは公共の場という認識を持つべきだ」
 -ドイツはヘイト削除をフェイスブックなどに法的に義務付けた。
 「ドイツでは二十四時間以内の削除によって被害を最小限にできるが、日本は制限時間がない。SNSなどの管理者責任を明確にする法整備が必要だ。まずは国が、EUのようにSNSと行動準則を結ぶ制度を作るべきだ」
 -日本ではなぜヘイト対策が進まないのか。
 「ドイツはナチスの歴史に対して新しい国をつくろうと『ユダヤ人を殺せ』といったヘイトだけでなく、『ホロコーストはなかった』という歴史否定や『ナチスは良いことをした』という礼賛についても刑法に罰則を設けた。日本では『慰安婦は強制じゃなかった』『南京大虐殺はなかった』と言っても法の対象にならない。差別の歴史がヘイト規制の議論の中で語られていないからだ」
 -考えられる対策は。
 「一六年の相模原障害者施設殺傷事件のようにヘイトがヘイトクライム(憎悪犯罪)になったこともある。自分とは違う属性の人にレッテルを貼って攻撃するのがヘイトで、外国人だけに向けられるものではない。障害者差別解消法、差別解消推進法と各論はあるが、あらゆる差別を禁じる反差別法が必要だ」

 <キム・サンギュン> 一九六七年大阪府生まれ。西南学院大助教授などを経て現職。


 <ヘイトスピーチ対策法> 国外出身者とその子孫の排除を扇動する不当な差別的言動は許されないとし、国や地方自治体に解消の取り組みを求めている。法務省は「○○人は殺せ」「祖国へ帰れ」といった文言や人をゴキブリに例える言動などをヘイトとして例示。2016年5月24日に成立し、同6月3日に施行。対策条例や、公的施設の使用を事前に規制できる指針をつくった自治体もあるが、憲法の保障する表現の自由との兼ね合いで、規制に至るケースは限定的になっている。