どうした、ものづくりニッポン 不祥事相次ぐ大手(2015年10月29日中日新聞)

2015-10-29 08:44:14 | 桜ヶ丘9条の会
どうした、ものづくりニッポン 不祥事相次ぐ大手 

2015/10/29 朝刊

施工不良で傾いてしまった三井不動産グループが販売したマンション=横浜市都筑区で、本社ヘリ「あさづる」から
 東洋ゴムや旭化成建材のデータ改ざん、東芝の不正会計など、日本が誇る「ものづくり」大手の不祥事が相次いでいる。十数年前に放映された技術開発の軌跡などをたどったNHKの人気番組「プロジェクトX」が、まるで別の国のことのように思える。何が壊れてしまったのか。

 「同じものづくりに携わる人間として恥ずかしい。どこか、基本的なところが欠けてしまっている」

 東京都墨田区で金属部品加工業を営む森川清さん(73)は、相次ぐ大手企業の不祥事をそう嘆いた。

 この日も工場では、森川さんをはじめ十三人の社員が医療用機器の精密部品などをつくるため、旋盤機を動かしていた。

 「われわれがあんな仕事をしたら、一発で信用を失い、会社も終わり。だからすべての仕事を徹底してやる。それは大企業でも変わらないはずなのだが…」

 直近の不祥事は、横浜市のマンション傾斜問題だ。三井不動産グループが販売した物件の基礎工事で、くいが強固な地盤(支持層)に届いておらず、工事を担当した旭化成建材の担当者がデータを偽造していたことが発覚した。建築基準法違反の疑いがあり、疑惑の対象も拡大している。

 今年三月には、東洋ゴム工業の子会社が製造・販売した建設用の「免震ゴム」のデータが改ざんされ、性能の基準を満たしていなかったことが、国土交通省の発表で明らかになった。これは全国百五十四の建物で使われていた。その後、電車や船舶で使われる「防振ゴム」でもデータの改ざんが発覚している。

 日本を代表する企業の一つ、東芝で不正会計が発覚したのは四月だった。同社が公表した水増し額は、二〇〇九年三月期から一四年四~十二月期までで、計二千二百四十八億円(税引き前利益)に上った。

 もう少しさかのぼると、一一年に発覚した光学機器メーカー・オリンパスの損失隠しでは、元経営者ら旧経営陣三人が金融商品取引法違反罪で有罪判決を受けた。自動車部品大手タカタは、同社製のエアバッグの不具合で一四年六月から大規模なリコール(無料の回収・修理)が発生した。

 誠実さや勤勉さを体現する「ものづくり」と、その担い手たちは長らく、この国の誇りだった。

 一九九六年十一月、橋本龍太郎首相は「わが国産業の国際競争力の源泉であるものづくりを支え、地域の経済と雇用の担い手である裾野産業や中小企業の活力が失われることがないよう…」と所信表明しているが、この種の言葉は、国内の製造業の優秀さを示す決まり文句だったともいえる。

 今年四月にも安倍晋三首相が、インドネシアでのアジア・アフリカ会議で「(日本とアジア・アフリカは)日本が誇るものづくりの現場の知恵や職業倫理を共有し」と演説した。

◆誠実な人間関係、再構築を

 首相らのお定まりの文句とは、ほど遠い不祥事が相次ぐ現実。驚きは社会にも広がっている。「倫理観の欠如」「消費者にバレないという傲慢(ごうまん)な心理」「即戦力ばかりの人材を求めた結果」「愛社精神の欠如」「コストの過剰な削減」。こんな意見があちこちで交わされる。

 経済評論家の佐高信氏は企業経営者がものづくりを軽視し、安易な「営業」に走る姿勢を問題視する。

 「かつてのソニーやホンダは『皆がやることはやらない』と公言していた。その企業にしかできない製品を作り出す。技術があり、いい製品を生めば、世界が勝手に注目してくれる。そう考えていた」

 現在はどうか。佐高氏は「首相のトップセールスに頼り、製品を宣伝してもらっている。ソニーの創業者の井深大氏なら吐き気を催しただろう。こんな安易な姿勢では、ものづくりの現場は育たない」と憤る。

 日立の元社員で、ジャーナリストの湯之上隆氏は「大企業の経営陣が八〇年代の成功体験にいまだにとらわれ、現実を顧みないことも一因だ」と指摘する。

 八〇年代というと、日本は企業向けコンピューター用の記憶装置(メモリー)で世界一の品質を誇り、八割のシェアを占めた。その後、主な需要は安価なパソコン用メモリーに移ったが、日本の大手はあくまで高品質・高価格のメモリーに固執し、韓国企業に価格競争で敗れた。

 だが、大手企業の幹部は栄光の時代の立役者。発想の転換が難しいという。「幹部から『世界一の技術があるのに、なぜ赤字なのか』と詰め寄られ、現場は無理をする。東芝の不正会計の背景には、そんな事情が透けている。『世界一』のプライドが足を引っ張っている」(湯之上氏)

 欠陥マンション問題も、今に始まった話ではない。昨年二月、三菱地所などが手掛けた東京・南青山の高級マンションも、配管ミスで販売中止に。同六月には住友不動産が販売した横浜市内の物件でも、くいの施工ミスが見つかった。

 福島原発事故の収束現場では、大手ゼネコンの鹿島が手掛けている凍土遮水壁もいまだに完成のめどが立っていない。製造業だけでなく、建設業も落日だ。

 同志社大の浜矩子教授(国際経済)は「ここまでおかしくなったのは政治の責任も大きい」と考える。

 九〇年代以降、グローバル化が本格化、デフレで企業経営は圧迫された。従来の品質管理が困難な状態に陥り、企業はその場しのぎで存続を図っていた。

 浜教授は「そんな時、小泉政権が成果主義をあおり始めた」と指摘する。その後、成果主義は浸透し、六月に閣議決定した「日本再興戦略 改訂2015」でも企業に「稼ぐ力」の強化ばかりが求められている。東芝では、幹部が「黒字にすると市場に約束している」と部下に告げ、会計上の黒字化を求めた。

 STAP細胞騒動も、成果を求めるあまりの暴走だった。思えば、福島原発事故にも、それは通じる。

 浜教授は「完璧さにこだわる日本的な美徳は存在するが、このままでは確実に滅びる。いまなら継承することがまだ可能だが、その前提になるのは誠実さを担保できる人間関係。経営者は一刻も早く、社内や取引先と人間らしい関係を取り戻さなければ」と話す。

 それは冒頭の森川さんの思いと重なる。「ものづくりは人情と一体だ。昔は徹夜仕事でも間に合わず、取引先に納期の延期を頼むと『分かった。お疲れさん、一杯どうだ』と飲ましてくれた。そんな情のある世代が退職して、今は数字を追う人ばかりになっちゃった」

 (白名正和、三沢典丈)