解釈の余地なくせ 非戦への「新9条」(2015年10月17日中日新聞)

2015-10-17 08:48:53 | 桜ヶ丘9条の会
解釈の余地なくせ 非戦への「新9条」 

2015/10/17 朝刊

 ノーベル平和賞の有力候補とうわさされた「憲法九条を保持している日本国民」と「九条の会」は受賞を逃した。だが、集団的自衛権の行使も容認されるようになった今、平和賞に値するのか疑問もある。安保法成立に憤る人たちの間からは、新九条の制定を求める声が上がり始めた。新九条案では「専守防衛の自衛隊」を明確に位置づける。

 なぜ、平和国家を志向する人たちが「改憲」を持ち出すのか。

 「集団的自衛権の行使容認に転じた安倍政権の“解釈改憲”は度を越している。一方、『自衛隊は合憲』という歴代政権の主張も九条を素直に読めば無理がある」。ジャーナリストの今井一氏が自戒を込めて切り出した。

 そして、九条の条文と現実の乖離(かいり)は、安保法の成立で極まった。「立憲主義を立て直すことが先決という危機感から、解釈の余地のない『新九条』論が高まっている」(今井氏)

 九条の生い立ちを考えると、原案は自衛権も放棄している。その後の修正案で「国際紛争を解決する手段としては」などの文言が挿入され、解釈の余地が残った。「九条は人類の理想。ただし、もう自衛隊の存在をあいまいにすることは許されない」。そんな今井氏が構想するのは、「専守防衛」の自衛隊を明記した新九条案だ。

◆「自衛隊」明記を

 まず一項で侵略戦争を放棄。二項で個別的自衛権の行使としての交戦権を認めるが、集団的自衛権の行使は放棄する。三項で「前項の目的を達するために」と縛りをかけた上で自衛隊の保持をうたう。「米国の戦争に巻き込まれたくないが、日本が攻め込まれたら応戦するというのは国民の多数派の意見ではないか」

 米軍基地の受け入れなどには衆参両院の総議員の三分の二以上の賛成とともに住民投票での過半数の同意を条件とした。辺野古新基地計画のような民意無視の安保政策への歯止めだ。「ときの政権に都合のいい解釈や、軍隊の暴走を防ぐため、多くの国では防衛・平和に関する条文や条項は細かく規定されている」

 安保法に反対する「改憲派」の小林節・慶応大名誉教授は「自衛隊は本来の憲法解釈の範囲内で合憲」との立場だが、政権の恣意(しい)的な解釈を避けるためにも、自衛隊の存在を明文化するべきだと考える。小林氏の新九条案では、侵略戦争の否定と、個別的自衛権を明記する。

 「海外派兵は認めない憲法の本旨を明確にするため、自衛隊の役割として、日本が襲われたときに反撃する『専守防衛』と、国連安保理の決議がなければ海外に出さないことを書き加える。同盟国の要請では海外には出ないので、集団的自衛権の行使は認めない」

 国連の平和維持活動(PKO)などで紛争地に関わってきた伊勢崎賢治・東京外語大大学院教授は「消極的な護憲派」を任じ、「護憲でも改憲でもいいが、日本が戦争に巻き込まれなかったのは九条のおかげだ」と評価する。だが、「立憲主義に無謀に挑戦する政権」が登場した結果、「『違憲』のままで戦争に送られる自衛隊を何とかするには改憲すべきだ」と感じるようになった。

 伊勢崎氏の新九条案は、国連憲章と国際法を前面に打ち出している。ポイントは自衛権の考え方だ。個別的自衛権のみを自国内に限定して行使するが、その場合に交戦権は認める。「国際法では、自衛権は交戦権と同じこと。交戦権のない自衛権という議論は国際的に通用しない」

 一方、国連の活動であっても、海外での武力行使は禁じる。国連の集団安全保障を誠実に希求するものの、武力行使は放棄する。在日米軍は、海外での武力不行使の例外にしない。新九条に先立ち、米軍駐留に関する日米地位協定を「在日米軍基地が日本の施政下以外の他国、領域への武力行使に使われることの禁止」などと改定する。「在日米軍にまで徹底しないと、本物にならない」

 もっとも、新九条実現までの道のりは遠い。憲法改正には、衆参両院で総議員の三分の二以上の賛成を取りつけた上、国民投票に持ち込む必要がある。衆院で三分の二以上を占める現与党が、新九条案に賛成するはずがない。

 小林氏は「当面は『安保法制は憲法の破壊』という観点で戦っていく。その先にあるのが政権交代だ。護憲派の中にも専守防衛のための自衛隊なら合憲だと考える人は増えている。野党が結集して来年夏の参院選で自民党を敗北させれば、いずれ新九条を提起できる政権が生まれるだろう」と見通す。

◆予備的国民投票を検討して

 選挙しかないのだろうか。二〇〇七年に制定された憲法改正国民投票法は付則で、条文改正に直結しなくても改正につながりそうな問題については、国民投票の前に広く意見を聞く「予備的国民投票」の検討を求めている。法的拘束力を持たない諮問型の国民投票と解されているが、いまだ導入するか否かの結論は出ていない。

 今井氏は「自衛のためなら戦争をするのか、そのためなら軍隊を持つのか。政府は来夏の参院選に合わせて予備的国民投票を実施し、安保法制への賛否を国民から聞くべきだ」と訴える。

 その上で、国民の議論がさらに深まった数年後、あらためて現九条、新九条案、「海外でも活動できる国防軍」の創設を盛り込んだ自民党案のいずれが望ましいか、予備的国民投票にかけるべきだと主張する。「九条が空洞化してしまった今だからこそ、国民も主権者としてどのような国にしたいかをよく考え、主張していく必要がある」

(中山洋子、池田悌一、佐藤圭)