怒る選挙区、怒らぬ自民 「戦地拒否HS利己的」武藤氏投稿(2015年8月13日中日新聞)

2015-08-13 08:48:06 | 桜ヶ丘9条の会
怒る選挙区、怒らぬ自民 「戦地拒否は利己的」武藤氏投稿 

2015/8/13 中日新聞朝刊

安保法案に反対する若者グループが呼び掛けた集会では、武藤議員を批判するプラカードも登場=8日、大津市で
 「『戦争に行きたくない』は極端な利己的考え」「戦後教育のせい」-。安全保障関連法案に反対する学生団体「SEALDs(シールズ)」をツイッターで批判した自民党の武藤貴也衆院議員(36)。ブログでも「憲法が日本精神を破壊」と持論を展開していた。戦後教育や憲法を憎悪するのは政界のトレンドなのか。戦後七十年の喧噪(けんそう)の中、武藤氏の地元滋賀4区を歩きながら考えた。

 滋賀県近江八幡市は琵琶湖東岸に位置する。近江商人と水郷で有名だ。同市や甲賀市、湖南市などが滋賀4区である。

 記者が十二日午前、近江八幡市の事務所を訪ねると、女性スタッフが「お騒がせしてます」と出迎えてくれた。教室一つ分ほどの事務所には、この女性と男性スタッフの二人しかいない。議員から直接話を聞きたかったが、「(自民)党から発言を控えるように言われている」と断られた。

 武藤氏は七月三十日に問題のツイートを発信。波紋が広がったが、四日、自民党本部で記者団に「撤回するつもりはない」「間違った情報で若い人がだまされている」と主張した。

 地元有権者にはどう説明しているのか。事務所によると、騒動後、近江八幡市でタウンミーティング(対話集会)を開き、五十人ほどの支援者が参加した。武藤氏は「ご迷惑、ご心配をおかけしました」と謝罪したが、「投稿の撤回はしません」と言い切ったという。

 取材中に事務所の電話が鳴った。女性スタッフが電話口で「それは誤解で…」と説明している。男性スタッフは「今日はまだ二本目。当初は一日中、鳴りっぱなしだった」と明かす。

 武藤氏とはいかなる人物か。出身地は北海道釧路市。東京外国語大卒業後、京都大大学院在学中の二〇〇七年、嘉田由紀子滋賀県知事(当時)を支える県議会会派の事務員に採用されたのが、政治の世界に入るきっかけだった。この会派の関係者は「県議会事務局に『バイトを探してほしい』とお願いしたところ、やってきたのが武藤氏。書類づくりなどを熱心にやってくれた」と振り返る。

 「国会議員になるのが夢」と周囲に語っていた武藤氏に転機が訪れたのは〇九年。岩永峯一元農相の引退に伴う自民党県連の公募で4区の候補に選出された。先の関係者は「当時の自民は嘉田知事と激しく対立していた。武藤氏は『ダムは絶対にいらない』と熱弁を振るっていたのに、候補選出後は『ダムは必要』に変わった」と話す。

 滋賀4区はもともと自民党が強い。民主党が政権を奪取した〇九年衆院選は民主候補に次点で敗れたが、安倍晋三首相が政権に返り咲いた一二年衆院選で初当選。一四年衆院選で再選を果たした。「安倍チルドレン」である。

 武藤氏はツイッターやブログでタカ派的な持論を披露してきた。例えば、三年前のブログでは、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の憲法三大原則について「三つとも日本精神を破壊するものであり、大きな問題」と決めつけている。

 ある自民党県議は、今回の騒動について「昨年の知事選の応援演説でも、突然無関係な集団的自衛権の話を始め、ひんしゅくを買っていた。今回の問題も『相変わらずだな』としか思わない」と突き放した。

 もっとも、「落下傘候補」だった武藤氏は、選挙区に浸透していたとは言い難い。昔の街並みが残る近江八幡市の八幡堀かいわいで土産店を営む福永長隆さん(70)は「地元の人ちゃうんやろ? 選挙と祭りの時くらいしか顔を見ない」と首をひねった。

 だが、今回の騒動で良くも悪くも武藤氏の知名度は上昇した。JR近江八幡駅で声を掛けた主婦(68)は「腹が立って、しゃあない。県民として恥ずかしい」とまくしたてた。

 さらに強い怒りを覚えている人たちがいる。安保法案に反対する県内の学生や若者約二十人のグループ「しーこぷ。」のメンバーだ。八日、安保法案反対や、武藤氏に議員辞職を求める街頭集会を大津市内で実施。十三日には近江八幡駅前で抗議する。

 代表を務める龍谷大四年の藤川結さん(21)=大津市=は、武藤氏の投稿について「まるで自分に向けられたように感じ、許せないと思った。戦争に行きたくないと思うのは当然。なぜ利己的と言われなければいけないのか、意味が分からない」と断じる。

 一方、政府自民党は火消しに躍起だ。安倍首相は国会答弁で「(武藤氏の)発言は前提が間違っている」と距離を置く。

 とはいえ、党全体の危機感は薄い。麻生太郎副総理は「自分の気持ちが言いたいなら法案が通ってからにしてくれ」と軽口をたたいた。武藤氏に投稿撤回を強く要求したり、処分したりする動きはない。

 政治ジャーナリストの鈴木哲夫氏は「『安倍一強』でおごりや慢心がまん延している。本来なら発言が出たら『言語道断』と厳しく叱ってみせるべきだった。自民党の危機管理が劣化している」と指摘する。

 実際、ここ最近、自民党議員の放言が止まらない。六月には、武藤氏も加わる自民党の若手議員の勉強会「文化芸術懇話会」で飛び出した「マスコミを懲らしめる」などの発言が物議を醸した。安保法制担当の礒崎陽輔首相補佐官も「法的安定性は関係ない」と言ってのける。

 政治アナリストの伊藤惇夫氏は「派閥が持っていた教育機能が失われ、新人をしつける人がいなくなっている」とみる。

 武藤氏が批判する「戦後教育」とは、第一次安倍政権が愛国心教育を推進するために敵視し、全面改正した旧教育基本法の理念に基づく教育を指すとみられる。

 新潟大の世取山(よとりやま)洋介准教授(教育行政学)は、戦後教育について「憲法に基づく人格の発達を目指す教育理念とは裏腹に、現実には管理と競争の教育が進められてきた」と説く。その上で、シールズの学生らを「利己的」となじる武藤氏の姿勢こそ「権威に擦り寄ると得をすると刷り込む『戦後教育』の行動様式ではないか」と疑問を投げかけた。

 続けて「それでも自ら考え、自分たちの言葉で意見を表明している国会前の若者たちは戦後の教育改革の理念を体現している。自分の気持ちを押し殺し、競争にまい進させる『戦後教育』の推進者には大きな恐怖なのではないか」と主張した。

 画一的な「戦後教育」を勝ち抜いた偏差値エリートの議員が増えている。政界の劣化に対抗する方法はあるのか。上智大の中野晃一教授(政治学)は「知性や良識に難癖をつける『反知性主義』は世界的な兆候」と覚悟する。

 「米国ではキリスト教原理主義者が進化論を否定するが、安倍政権下で強まる歴史修正主義も同根。人間の理性や学識に対する挑戦で、だからこそ分野を超えた学者が、安保法制をめぐって続出する議員の放言を批判している。世界の人々とその思いを共有して知性を守っていくしかない」

 (池田悌一、中山洋子)