リニア計画の撤回・中止を求める声明(日本科学者会議 2014年7月15日)

2014-09-07 08:08:54 | 桜ヶ丘リニア問題を考える会
リニア中央新幹線計画の撤回・中止を求める声明
2014年7月15日 日本科学者会議

 1.中央新幹線計画
国土交通省は 2011 年 5 月、中央新幹線の整備計画を決定し、区間は東京都・大阪市、走行方式は超電導(超伝導)磁気浮上方式、最高設計時速は 505 km、概算建設額は 9 兆 300 億円(車両費 を含み、利子を含まない)、主要な通過地は甲府市付近、赤石山脈(南アルプス)中南部、名古 屋市付近、奈良市付近とし、その建設主体および営業主体として JR 東海を指名した。
JR 東海は、山梨リニア実験線の全区間 42.8 km が完成し、営業用車両 L0 系による試験を進め てきたが、2013 年 9 月、2014 年の着工を予定して、中央新幹線のルート等の概要を以下のように 公表した。路線延長 286 km(地上部 40 km、トンネル部 246 km)、ターミナル駅は東海道新幹線 品川駅(地下)・同名古屋駅(地下)、中間駅は JR 橋本駅付近(地下)・山梨県甲府市大津町付近(地 上)・長野県飯田市上郷飯沼付近(地上)・岐阜県中津川市千旦林付近(地上)、車両地区は関東車両 基地(神奈川県相模原市緑区鳥屋付近、約 50 ha)と中部車両基地(岐阜県中津川市千旦林付近約 6 5 ha)、付帯設備として変電施設 10 箇所、保守基地 8 箇所、非常口は首都圏 9 箇所、中部圏 4 箇所。なお、東京―名古屋間最速 40 分(2027 年開業予定)、東京都―大阪市間最速 67 分(2045 年開業予定)を実現するとした。JR 東海は環境影響評価準備書の公開、準備書縦覧と意見書提出、 意見概要及び事業者見解の公開、当該市長・県知事の意見の事業者への手交、環境大臣意見を国 土交通大臣へ送付、現在、7 月下旬の国土交通大臣の回答まちの状況にある。
 2.中央新幹線建設の目的とその不合理性・虚偽性
JR 東海は中央新幹線の建設の目的として次の 3 つを掲げてきた。(1)輸送力限界のためその増強(2)東海大地震による東海道新幹線不通時のバイパスを建設(3)東京―大阪間走行の大幅な時間 短縮。
リニア中央新幹線実現に向けた動きとしては、「リニア中央新幹線建設促進期成同盟会」(沿線 予定都府県の各期成同盟会等を構成員として 1979 年設立、愛知県知事が会長)が早期実現に向け た諸活動を積極的に行ってきている。「期成同盟会」の試算によれば、経済効果は最大 21 兆円に なるとされ、誘致合戦もつづけられてきた。
しかし、専門家・知識人から中央新幹線建設計画を疑問視する見解が表明されるようになった。 当該地域住民からもそのマイナス面について深刻な疑問・不安が表明されるようになり、計画の 中止・反対運動が広がってきている。日本科学者会議もリニア中央新幹線問題について、以下の ように議論し検討を進めてきている。
 (1)経済性、採算性:東海道新幹線の座席利用は年々減少し、09 年では 55.6%であることが指 摘され、JR 東海自身が輸送力増強の旗印を取り下げることとなった。現座席利用および将来の人 口減予測を考えると採算の見通しは立たない。山田佳臣 JR 東海前社長も「絶対にペイしない」と 述べている(2013 年 9 月記者会見)。一方で葛西敬之 JR 東海名誉会長は、「リニアを日米協力 の象徴に」「世界への突破口が開く」とも述べている。安倍政権は「新成長戦略」で人口減少へ の危機感を強めながら、原発再稼働と並記して中央新幹線早期整備を掲げた。高度技術に依拠す る巨大プロジェクトの実施は、国民的必要性と要求のないところでは破綻をきたし、将来世代に大きな「負の遺産」を残すことは過去の経験からも明らかである。
ドイツでは、リニア計画について経済性の確保、技術的な信頼性、環境への適応性など総合的な評価を行い、計画を中止した。原発に対する態度とともに学ぶべき点が多い。
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 (2)地震対策、東海道新幹線不通時のバイパス建設:リニア中央新幹線のルートは日本列島第 1 級の活断層(糸魚川―静岡線、中央構造線など)と関連する副断層を貫く。これらの活断層も、 南海トラフ巨大地震とほぼ同時か前後に大地震を起こす可能性があり、中央新幹線は東海道新幹 線と同様に多大な被害を被る可能性が大きく、東海道新幹線不通時のバイパスの機能は果たしえ ないと考えるのが妥当である。むしろ別の新たな震災被害の誘因になる恐れすらある。
東海道新幹線の補修工事は緊急課題である。それは JR 東海が主張するバイパス建設如何にかか わらず不可欠の工事であり早急な着手を必要としている。その際に、東海大地震に備えた補強工 事を行うことが、財政、地震対策、老朽化対策の面でも、現在取り得る最善の方策であろう。 政府には、整備計画申請を受けたのだから、わが国全体の交通政策の視点、国民的利益、将 来の国土形成の観点から賢明な政策判断が求められている。
 (3)技術的信頼性・安全性の確保:鉄道に求められる基本条件は安全性、利便性、定時制、快 適性、環境対応性、経済性であり、何よりも重要なのは安全性の確保である。最高時速 505 キロ の大量輸送車両を運転士不在の遠隔操作で、長大トンネル中を走行させること自体が安全性確保 とは異質である。停電、地震、火災、テロなど、トンネル内での事故予防、救出は事前の充分な チェックが行われたとしてもきわめて困難であることが予想される。
超電導磁気浮上方式は、世界で実用例がなく、その実用的信頼性は乏しい。事故時の列車制御 (安全停止)は万全か。宮崎実験線で 14 件発生としたと報じられたクエンチ(超電導状態が突然 崩れる)の原因は完全に解明されたか。対策は万全か。宮崎実験線での車両炎上の原因はすべて 解明できたか。トンネル突入時や高速すれちがい時の空気衝撃による車両材料疲労(飛行機の空 中分解例)の対策は万全か。データは充分得ているのか。走行に必要な電力供給におけるミスマ ッチは重大事故につながるがその懸念はないか。これらの疑問がなお色濃く存在している。
 (4)環境保全:リニア中央新幹線が世界自然遺産登録やユネスコエコパークへの登録を目指す 南アルプス国立公園などの多くの生物多様性保全上重要な地域を貫く事業でもあることから、日 本自然保護協会(亀山章理事長)は、専門的見地から種々の問題点を検討し、環境評価準備書に 対しては「本事業をいったん凍結し、再度事業位置選定を含めた手続きをやり直す」ことを強く 求めた。また環境評価書の「根本的な修正」を求めた。南アルプス総合学術検討委員会(佐藤博 明委員長)は「残土は確実に植生を壊す。標高 2000 メートルの発生土置場は山体崩壊を招く恐れ がある。現地性の植物での復元を強く要望する」との意見をあげている。
リニア中央新幹線総行程の 8 割以上がトンネル部であり、トンネル建設による自然や生活破壊 は想像もつかない。残土対策(受け入れ先の確保、運搬時の種々の交通阻害・トラブルなど)、 地盤凝固剤による地下水の汚染、生活・農業用水の切断・流量減少・枯渇などがすでに顕在化し、 今後、想像を絶する事態が生じかねない。
リニア新幹線の電力消費は東海道新幹線の約三倍と言われているが、もっと多く見積もる専門 家もいる。その計画には 100 万 kW クラスの原発 2~3 基の増設が必要とも試算され、「原発あり き」を前提にしたものであるともいわれている。山梨変電所には柏崎原発からの高圧線が敷設さ れている。揚水発電所建設のための巨大な鉄塔建設工事、送電下の広大な森林の伐採など、自然 は苛酷に痛めつけられている。
 (5)電磁波・騒音障害:今日、電磁波の多彩な活用によりその人体への影響がますます重視さ れるようになった。リニア中央新幹線計画では、超電導磁石から発せられる強力な磁界から人体 が完全に保護されるのかが重大問題となる。高圧線下での子どもの白血病が増大する研究報告も なされている。脳腫瘍などの危険性も指摘されている。各国で 1μT(マイクロテスラ、磁界強度 の単位)以下の交流磁界が問題視されている。0.3-0.4 μT で対策を講じている国もある。リニ ア中央新幹線の設備から発せられる電磁界の強度・波形・周波数は種々様々であることが予想される。その実態把握と有害電磁波の遮へい措置およびその効果を明らかにすべきである。 沿線住民にとって振動・騒音はひときわ不安・苦痛の種である。「実験線の通過後に気分が悪 くなる」との声も聞く。主な騒音は空気騒音(風切り)であり、空力音のエネルギーは速度の 6 ~8 乗に比例するため、速度が上昇すると騒音は急速に大きくなる。その対策は未解決とされている。人体への影響についてはさらに綿密に調査し、対策は万全を期すべきである。
 (6)高速性はリニアの専売特許ではない:JR 東海が 3 番目に掲げた東京・大阪間の大幅な時間 短縮は、何が何でもリニア鉄道でということにはならない。中国(北京―上海間)で建設中の新 規高速鉄道の試験走行において、中国「国産」新型車両「CRH380A」が瞬間最高時速 486.1 キロを 記録している(2014 年 6 月 23 日閲覧)。日本の新幹線でも、直線軌道を数両編成で走るなら、 フランスの高速鉄道 TGV(最高時速 450 キロ)程度の速度を出せる技術をもっている(試走車で 4 43 キロを達成)。リニア中央新幹線のように、ルートの直線化と走行距離・時間の短縮化は、沿 線利用者の利便性や沿線地域社会の振興策に反している。自然との調和を追求し、在来新幹線の 機能向上と相互乗り入れの便利性を図りつつ、日本の将来に望ましい鉄道網の構築を図るべきで ある。
 3.政府・国土交通省への要請および市民運動への連帯表明
国土交通省・超電導磁気浮上式鉄道実用技術評価委員会は、リニア中央新幹線の実現にむけて、「建設コスト、運営コスト、生産コストの低減化を図るとともに、採算性を踏まえたシステムの 経済性を確立する」(「今後の技術開発の方向性について」平成 18 年 12 月 12 日)ことを目標に 据え、第 18 回実用技術評価委員会(平成 21 年 7 月 28 日)は、「超高速大量輸送システムとして 運用面も含めた実用化の技術の確立の見通しが得られており、営業線に必要となる技術が網羅的、 体系的に整備され、今後詳細な営業線仕様及び技術基準等の策定を具体的に進めることが可能と なったと判断できる」とした。この判断は、これまで見てきたように、安全性を度外視した拙速 な判断であり、高度技術に依拠した巨大プロジェクトの実施においては合理性の欠如との批判は 免れない。
同委員会は、「今後の技術開発の方向性について」の他の箇所で、「安全性・信頼性に関し、巨大化する社会システムのあり方が問われる現況を鑑み、超電導磁気浮上式鉄道の技術を確立する過程においても、複雑で有機的に絡み合うシステム全体をマネジメントする手法に挑戦すべきである」との指摘を加えた。リニア中央新幹線計画の現状はこの指摘に遠くおよばず、むしろ、踏みにじるものである。科学的・技術的信頼性・安全性を欠いたプロジェクトの実施を踏みとどまり、あるいは撤退することができるのは、科学者・技術者の見識であり、社会的責任についての高い自覚であることを忘れてはならない。
 先端技術を駆使した巨大プロジェクト計画においては、技術への不安・疑問がある場合に、 その克服を実施過程など将来に当て込むようなことをしてはならない、というのが原発事故 での重要な教訓である。JR 東海への都県知事意見が住民意見を一定程度反映したものであり、 JR 東海のそれらへの回答が「誠心誠意努力する」というものが多くても、それらに技術的裏 付けのないものは次々と誤りをくり返していく空手形に等しい。
リニア中央新幹線計画がこのまま進めば、その巨大なエネルギーの必要性から、原発推進 勢力に原発早期再稼働・推進の口実を与え、国民はきわめて危険な事態に直面せざるをえな くなろう。相次ぐ難工事による建設費の浪費、採算性欠如等によって、次々と巨額な税金を 投入させられ、次世代に巨大な「負の遺産」を押しつけることになろう。
 日本科学者会議は以上の点をふまえて、JR 東海並びに政府・国土交通省に対して、リニア中央 新幹線計画の撤回・中止を求める。また、広範な国民のみなさんといっしょに本計画について議 論を深め行動をともにし、正しい解決のために努力する。

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