OGUMA    日々軌 小熊廣美の日々新

規格外の書家を自認している遊墨民は、書は「諸」であるという覚悟で日々生きている。

気楽に綴らせていただきます。

横綱

2010年01月29日 | 文化・芸術
朝青龍がまたお騒がせだが、師匠は相変わらずふがいない態度ばかり。理事会も貴乃花問題など落ち着かない。
そんな相撲界には横綱審議委員会なるものがあり、内舘氏の後任か、東京芸大学長の宮田亮平氏がもうじき審議委員になるという。
金工作家としても知られる宮田氏は、佐渡出身、親も佐渡に伝わる金工技術で名を成し、その息子たちは宮田三兄弟などと呼ばれ芸大では当時から有名だったとか。亮平氏はその末弟?

はっきり物申す内舘氏去り、横審の行方にも注目。
書家の手島右卿は相撲好きだった。手島右卿にも横審やってもらいたかったなー。普遍なる美の真髄を語ってもらいたかった。横綱は美を持っていなくてはいけない。

さて、今の時代はそうでもないというなら、それもよし。
朝青龍にはモンゴルに帰ってもらって、モンゴルでモンゴル相撲じゃなく、日本の大相撲を流行らせてもらって、日蒙対決で盛り上がるのはどうだ。
そこで文化の違いもくっきり浮かび上がり、面白い。
野球とベースボールみたいな違いになるやいなや。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ディズニー

2010年01月27日 | 文化・芸術
「ディズニーはスペイン人である」とは『赤土色のスペイン』という随筆集の一頁にある。ディズニーのアニメの中の森の木が、ぐにゃりと笑ったり、カボチャが溶けて馬車に変わったり、……と、17世紀以後、「過剰」「悪趣味」の代名詞としてスペイン人の心の奥底、筋肉の隅々にトグロを巻いて今日まで生き延びた「バロック」のイメージそのものだと著者の堀越千秋さんは綴る。

ピカソの破壊的歪み、ダリの柔らかく溶け出した時計……、ガウディのグエル公園で、「何だこりゃディズニーランドじゃないか!」との実感溢れる観光客の叫びこそ、誠に正しかったのである、と堀越さんは続ける。

このペーソス溢れる笑いのセンスは画家にしておくのはもったいない。いやいやフラメンコのカンテの名手でもあるそうだが聴いたことはない。最近は陶芸も、水の漏る茶碗など国宝級も作る。そしてなお、あほらしくてくだらな過ぎてなぜか懐かしい超短編映像の巨匠になりつつある。私もでたいな1本。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

亀甲展

2010年01月26日 | 書道・筆文字
最終日だった。上野の森美術館の書展であるが、人出も多い。
この会は、いわゆる書道展とすこしイメージが違い、アート的でありお洒落でもある印象。
会員の紹介写真もなかなかのモデルぶり。
この会は一貫した姿勢で甲骨金文をモチーフに普遍の生命感を謳う加藤光峰の理念を追うが、若手もそれぞれの考えを整理し、どうしても類型的にみえてしまう同門同士の作品からの脱却を感じさせる。
一人一人の存在感を感じるが、加藤光峰の世界はまた大きい。権威とは縁のない加藤光峰だが、こういう作家を国として評価するシステムがない日本はさみしいね。度量がない。
隣の芸術院会館で収蔵作品公開を観たあとだから、尚更そんなことを感じた。

都美術館は新興書道展のみ拝見。幹部、暢達の筆遣い。行草や独自の隷書のいわゆる伝統書と、前衛といっていいだろう立体書道という刻字作品もあり。この刻字の一点、いい存在感あり。原美術館あたりにそっと置いておきたい作品だった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

はやくも「おめでとう」

2010年01月25日 | 書道・筆文字
日常に書を取り込むのに「かな」文字はなくてはならない。
そんなわけで、かなの単体から学んでもらおうと、今日は関戸本古今集の単体や梅雪かな帖などを頼りに書きすすむ教室となる。
「ゆ」「て」を矯正。「ま」のバランス難しい。結びは、2回止まる、1回へ、と段階的にリズムを変えていく方がよさそう……などときて、
「おめでとう」を書いてもらうことに。その流れで、「あけまして」も入れる。
はやくも来年の年賀状に向けてのレッスンとなった?

そして今日はハングルの書の構想をお茶時間に話した。地図もみた。イムジン川は38度線と垂直に北から南へ流れる。

昨日の横浜市歴史博物館の話題の続き……
1月30・31日は、会館15周年記念 博物館感謝デーで全館無料!!
気になるのは、同館開催の過去の講演のなかから、選りすぐりのビデオ上映があるという。
10時30分から佐原眞「人類史における戦争のはじまり」
13時から竹内誠「今に生きる江戸の生活文化」
15時から平川南「古代国家と文字文化 東アジア交流の原点“文字”」
みんな観たいけど、予定ありで残念。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

懐かしい

2010年01月24日 | 日記
横浜市歴史博物館恒例の和紙体験教室に久々スタッフとしてはいった。
この講座はなかなかの人気らしい。だから今年開館15周年の同博物館が当初から企画している体験教室の一つとして今も続いている。
その日に漉いて、すぐ、乾燥して持ち帰り、和紙工程の話もあり、子どもから大人まで、確かに有意義な時間が過ごせるようだ。
 
さて、ここには旧知の学芸員さんもいる。今日は博物館も久々に見学させていただいたが、旧知の学芸員さんの一人、Kさんが企画した「昭和30-40年代の旅」「ちょっとむかしを探してみよう」などなどの郷愁をそそる冊子を博物館ショップで発見。懐かしいー。
かまど、ちゃぶ台、蚊帳……、駅の売店ではプラスチック製駅売り茶容機もあった。





コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

雪国

2010年01月22日 | 日記
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。……
川端康成『雪国』の冒頭は、「こっきょう」か「くにざかい」か、論議があるらしい。
なるほど、考えれば考えるほど、悩む。
高校時代はよくあのトンネルを抜けて、山やスキー、そして旅に出た。もちろん、『雪国』冒頭と同じ状況も経験している。トンネルを抜けると、急に真っ白な雪世界。感動的である。
高3の夏休みの宿題の一つに「小説」があった。私は、夏をとっくに過ぎ、川端『雪国』を意識して?秋も深まった越後湯沢を歩いて、『秋の日の』を11月頃?提出。「タイトルはいい」と、上から読んでも下から読んでもの吉田太吉先生のコメントまで思い出した。
その時は、『雪国』の碑はもちろん、湯沢の中学校の文化祭にも寄った。つい、お習字まで観てしまった。気に入った作品の筆者まで覚えている。苗字は南雲さん。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

TV

2010年01月21日 | 日記
なにげなくチャンネルをまわしていると、佐野元春と小田和正がでている。立教大学の教室を使い、講義の一齣みたいで、しかも対談インタビュー形式。NHKのソングライターズという番組であった。
軽い耳ざわりのいい曲をつくる小田には、大ヒットメーカーでありながら、特別な思い入れはない、といってもいい。
北京にいるころ同じ埼玉出身の企業派遣の男が、オフコースファンで小田の声を真似て、よく甲高い声でギターを弾いていた。
2年ちょっとの遊学を終えて、北京から成田へ向かう機内でヘッドフォンで音楽を聴いていると、オフコースの「さよなら」が聴こえてきた。
遊学の一番の目的は、各地の書道遺跡を直にみることだったからよく旅にもでた。でも北京に帰ると、学生寮には仲間がいた。そいつらは知らぬ間に自分の財産になっていて、北京から離れるのが、さみしくて、2年間の思い出が走馬灯のようにまわって懐かしくて、不覚にも涙があふれてきたのをここに白状する。
それをさらに遡ると、私は東京駅近くのとある一流企業のビルで、そこに来る各階のお客さんにコーヒーを運ぶというアルバイトをしていたことがある(蝶ネクタイをして、これほど似合わないことはなかったが)。
そのバイト仲間がなぜかオフコースさよならコンサートの武道館のチケットを持っていて、いけないから、私に譲るという。そんなわけで、興味がないのに、その仲間の気持ちをくんで一人さみしく三階席で盛り上がらない客となったことがある。
そんな、なぜかのご縁なのだが、今日の小田さん、仕事に正直で、誠意もあって、好感を持った。
え、だまされてるかなTVに……。

番組中、小田さんが自分の詞をサインペンで手書きをしている場面があって、その書きぶり、特にその行間、余白にひかれた。
小田さんの声があの感情を引き出す。その前にその心の中にもいい詩心をもっていることを
その筆跡をみて思った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大筆

2010年01月20日 | 書道・筆文字
ドイツから書を愛する人が来ていて、高野山など一人でまわったという。今週末帰るという前に、もう一度、大きな字を書きたいというので、前回に続き、大きな字を書く2回目となる。
今回は二文字作品にしたいという。行書で書きたいという。結局四尺の紙に二文字書いた。が、成功までいかず。ドイツに帰ってから仕上げることになる。
今回はみんなで「一」も書く事になった。
これがそれぞれ面白かった。印の位置も、ドイツ2人、日本3人で捺す位置が分かれたりする作品もあれば、みんなここだという位置もある。
遊び心を含め、印の位置で作品のイメージが変わることをみんな掴んでいて頼もしい。
作品によっては「ここに捺すと絵画的、ここに捺すと書的」となる。
私も八尺の紙に「一」を書く。

大筆で書くのは気持ちいい。最近のパフォーマンスは他人にみせるためにある。他人がみて面白いから見せる。でもね、って。
大筆で書くのは気持ちいい。身体で書くのでスポーツみたいだって。でも小さい字を書くのも身体で書く意識がほしい。
大筆で書くのって気持ちいい。でもね、気持ちいいことと表現しなきゃならないことは別だよね。

そのドイツの方は、先日まで新国立でやっていた独立展の英語解説日に参加。守田美恵子さんらの作品、気に入っていたなー。
作家と作品が一緒になって解説があって、お茶まで出る。なかなかの好企画に拍手。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

執筆

2010年01月17日 | 文化・芸術
筆を執ることを執筆(しっぴつ)という。そのまま筆でなくても原稿を書くこともいう。
書家は執筆(しっぴつ)するのであるが、私は執筆(しゅひつ)もする。

半歌仙「冬晴れの」の巻のメモがでてきた。去年11月、高幡不動で公開連句があって、その場で付け句がでると即、半切大の紙に筆でしたためる。こんな連句等の参会者の句を記す役目のことを執筆(しゅひつ)という。本来は懐紙だが、今はボールペンか。

この日は、公開連句の前に、お茶室で土屋実郎先生捌きの座に加わる。
「冬晴れの古物市に歩をとられ」実郎先生の発句は、その日、高幡不動で骨董市がひらかれていたことを踏まえての挨拶。
四句目「ほのかに香る伽羅のにほひを」と風紋さん。
続いて「手にうけて近づけてみる六夜月」と月の句を私。

連句という文芸は、子規によって五七五の俳句がひとり立ちしていくなかで忘れ去られた文芸だったが、ほんの僅かな人たちがその復興を願い、いまは「連句協会」などの組織になって久しく縁句人口も増えた。
私はその連句復興に情熱を捧げてきた一人、宇咲冬男先生との縁で連句を近くにした。この宇咲先生の捌きは頭で考えていない。体が反応するような付けだ。これは極意だと思っている。
ちょっと変わった面白い人で、誤解されることも多い先生だが、この先生と一緒にいられたことを幸せに思う。最近はめっきりご無沙汰だが、芸事は三流に習ったらいかん。
今はすべての社会に、一流を装う三流モンが多い。きいつけなはれや。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水から墨を磨る

2010年01月16日 | 書道・筆文字
水から墨を磨る。「それって当たり前でしょ!」ってどのくらいの人がいうかな。「えー、なにそれ!」の方が多いか?
大人の方を教える時はそうしている。子どもはというと、一応磨る真似事はしても墨汁を使用。
せめて新年早々は、と、水から墨を磨らせてみる。
ぎこちない。墨を持つ手も、身体も心もばらばら。

あのつまらない苦痛の時間……というようなイメージ。
でもそれは違う。墨をすることさえ、まともにできなくなっている現代。単純で同じことの繰り返しのような墨磨り。
自分だって、時に墨汁も使えば、墨磨り機も使う。(中国ではまず墨をすっている光景を見たことがない。みんな墨汁。)

あの行為は、無念無想の為に……などとはいわない。まず、無駄のない身体の使いかた、墨の濃度の感覚的理解のなかに、雑念に執着しない心持ちのあとに、あわよくば、無念無想的境地になったり禅的境地にもなりうることもあるのだろうが、今日つくづくおもったのは、墨磨り行動時の身体的美しさ。
その美しさは周りの空気を支配する。

水から墨を磨る子どもが一杯になればいい。お習字って、そういうことまでひっくるめてあったんだよなー。

子どもといると元気になるなー。ちょっとさみしいこともあったけれど、前向いていこー。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする