OGUMA    日々軌 小熊廣美の日々新

規格外の書家を自認している遊墨民は、書は「諸」であるという覚悟で日々生きている。

気楽に綴らせていただきます。

左右

2015年04月24日 | 書道・筆文字
左右の書き順は違う、と決めつけていたら、今の中国では同じ、とかいわれるとびっくりである。

書作品で横物一行の時、左右どちらに書き進めるか、といわれると、伝統的には左へ進むが、最近は右へ進むのもちょくちょくみられる。伝統的な書の世界でも、一般的な流れにのっているようである。

そんななか、鳩居堂は野中先生の個展に伺う。
先生は横一行、右からのもあれば左のもあった。
理由を尋ねると、左右ばかりではなく縦横も考えて、一番それにふさわしいものにしているという。

その下の階では中根先生の個展。お二人は新潟や愛知の方だが、それぞれ定年後、岐阜女子大で教える二人のご縁だという。
もっといえば、小木太法先生のご縁であるという。そこにいなくてさみしい。

力量ある両先生の作品のなかで、野中「多福」、中根「共鳴鳥」が私の一番気になった作品であった。




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金田中さん

2015年04月20日 | 文化・芸術
一中の三味を聴き入る観山の軸のさやけき筆運び  おそ松





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コツ三回目

2015年04月15日 | ニュース・講座
ウエブマガジン「ko2(コツ)」の「書の身体 書は身体」3回目は、書を理解するために大切なこと、を書きました。
都一中さん、後継の了中さんの「石橋」の映像もついでにでてきます。これがなかなかいい。編集部の方に感謝です。
www.ko2.tokyo/



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一葉の質屋さん

2015年04月11日 | 日記
本郷にはまだ、懐かしい場所が残る。一葉が質入れにいったお店が残っていた。
次の日、昨年予約をいれてもらっていた常連さんと中目黒にある暖簾も看板もないお鮨やさんに行く。なるほど、であった。
本日、うどんやさん、という小唄もあった茅場町のホールへ。粋な感じのしめくくり。

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まし

2015年04月07日 | 日記
春先の一日たっぷりの書のワークショップは宋時代がテーマだった。
北宋といえば、まず、蘇軾、黄庭堅である。
そんな方々を近くに臨書し続けるワークショップであった。
その時、一日たっぷりあったのに、ちょっと言い忘れたことがあった。

主宰者の方とそんなやりとりをしていたら、桜と笛と抹茶と…五感を開くような一日ワークショップに先だって、少し枕をつくれ、ということで、

春宵一刻直千金

と何枚か書いたうちの一枚を持参して、言い忘れたことをしゃべった。

最後は、床の間に、壁を傷めないように弱いテープで直ばりである。
表装はおろか、半切の安い紙は折れおれのままである。

春の宵の一時一時は、大金にも何物にもかえがたいほどだ。
花に清らかな香りあれば、月はおぼろにかすみている。
あずまやから聴こえてきた歌声や笛の音はいつしかなくなって、
中庭で娘たちが興じていたブランコも今は夜のなかにひっそりと垂れ下がっているばかり。

蘇軾「春夜」の起句「シュンショウ イッコク あたい センキン」は、そこでは意外に知られていなかった詩句であったが、
その日は、小雨ながら、軒先から落ちる雨音さえも自然の一部となって、雲龍さんの笛に導かれるように、二十数名の方々と自然界の一部になって共鳴した感じであった。

オレオレの流行る時代、折れおれでも曲がって貼ってある春の宵の方がまだいいだろう。


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