正式に、ユネスコ無形文化遺産登録になった「細川紙」。
新聞地方版の記事は大きく大きくそれを取り上げていた。
紙漉きよりも瀕死状態なのが、簀桁やそれに関わる道具の製作者である。
小川には簀桁を作る職人がいなくなって久しい。
そして原料である楮の供給者。
昔は、村民の多くが、楮を育て、採取もし、皮を剥いで、子どもまで、小遣いを稼いだ。
今は申し訳程度に地元の楮が存在している。
どちらも今、みあった仕事にならない。
そこで新聞記事のシメの組合長の言葉。
「道具や楮がなければ細川紙の将来はない。道具作りも含め、日本の和紙文化全体が登録されたという理解を広めなければ」と。
そう、日本の和紙文化全体が登録されたという理解、が大事なのである。
前にもここで触れたが、だから、登録は、他のいい紙を漉く産地や個人、それに携わる職人や環境も加えて「手漉き和紙」がよかったかと思う。
せめて、文化庁やマスコミは、そういう理解を広めてほしい。
昨日も今日も、小春日和。芸術の秋も大詰めか。昨日は、原宿の齊藤芳子展、好文画廊の倉田孝次展、ともに書から抽象に歩んだ人達の作品を観る。
お手本のない世界を創っていく作業は、なかなか険しい。
正式に、「改組 新 日展」となって、出直しという日展も観る。日展は、審査に外部審査員を各科3名ずつ入れて審査に臨んだという。
いつもとは違った緊張のなかで、各科、出品点数は昨年比で微弱ながら、質はよくなったと自負しているコメントがビデオから流れていた。
内部から観えた質の高さより、外からみて、ガラッと変わった日展を観たかった…などとは期待しないが、日展は日展の空気のままだった。
日展だけ、じゃないのは心に留めておかなければならないが、日展は良くも悪くも公募展の象徴なのである。
ここに来て、社会の仕組みも、政治も官僚も、文化行政も、みんな構造疲弊のように思える。
今のままではいけない、という緊張感が漂わなくてはいけないのだろう。
ああ、正式とは儀式の一種であるのかもしれない。
新聞地方版の記事は大きく大きくそれを取り上げていた。
紙漉きよりも瀕死状態なのが、簀桁やそれに関わる道具の製作者である。
小川には簀桁を作る職人がいなくなって久しい。
そして原料である楮の供給者。
昔は、村民の多くが、楮を育て、採取もし、皮を剥いで、子どもまで、小遣いを稼いだ。
今は申し訳程度に地元の楮が存在している。
どちらも今、みあった仕事にならない。
そこで新聞記事のシメの組合長の言葉。
「道具や楮がなければ細川紙の将来はない。道具作りも含め、日本の和紙文化全体が登録されたという理解を広めなければ」と。
そう、日本の和紙文化全体が登録されたという理解、が大事なのである。
前にもここで触れたが、だから、登録は、他のいい紙を漉く産地や個人、それに携わる職人や環境も加えて「手漉き和紙」がよかったかと思う。
せめて、文化庁やマスコミは、そういう理解を広めてほしい。
昨日も今日も、小春日和。芸術の秋も大詰めか。昨日は、原宿の齊藤芳子展、好文画廊の倉田孝次展、ともに書から抽象に歩んだ人達の作品を観る。
お手本のない世界を創っていく作業は、なかなか険しい。
正式に、「改組 新 日展」となって、出直しという日展も観る。日展は、審査に外部審査員を各科3名ずつ入れて審査に臨んだという。
いつもとは違った緊張のなかで、各科、出品点数は昨年比で微弱ながら、質はよくなったと自負しているコメントがビデオから流れていた。
内部から観えた質の高さより、外からみて、ガラッと変わった日展を観たかった…などとは期待しないが、日展は日展の空気のままだった。
日展だけ、じゃないのは心に留めておかなければならないが、日展は良くも悪くも公募展の象徴なのである。
ここに来て、社会の仕組みも、政治も官僚も、文化行政も、みんな構造疲弊のように思える。
今のままではいけない、という緊張感が漂わなくてはいけないのだろう。
ああ、正式とは儀式の一種であるのかもしれない。