OGUMA    日々軌 小熊廣美の日々新

規格外の書家を自認している遊墨民は、書は「諸」であるという覚悟で日々生きている。

気楽に綴らせていただきます。

一見

2011年01月31日 | 日記
昨年の話だが、フランスやハンガリーからクリスマスメールがいくつか届いた。添付の写真もなかなか凝っていたりする。
だが、いつものことながらすぐ返信できないのが2件。私の作品の写真でも添えて、フランス語やマジャール語で一言でも返そうと思ったのである。

結果、昨日やっと、チョー簡単な仏語+英語混ぜでフランスへ。
ハンガリーへは、日本留学経験があるので、全部ひらがな日本語で。

計画と実践は差がある。

ハンガリー人の彼女は、3月に日本人と結婚するということで、すでに日本にいて徳島からすかさず返信してくれた。
「小熊の状況も知りたいからHPをみたい」というが、未だ私はHPもなし。
このブログは99パーセント写真なし。
百聞は一見に如かず。考えなくちゃあね。
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龍龍

2011年01月26日 | 日記
雲は千変万化。

今日は修行の日。
朝のレッドアロー号からの車窓から縦書きで「龍龍」という中華料理屋さんだと思われる屋号を見つける。
そして、午後、西に沈みかけていく太陽の方にも白龍と青龍を見つけた。
雲龍というべきか。

「龍」字を、横に二つ、品のように三つ、そして4つ、と、それぞれ漢字があり、龍4つが画数で一番多い漢字となっている。
そう、それも空中では一画です、もちろん。
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開拓者たち

2011年01月25日 | 文化・芸術
いま日本の文化は停滞気味。いやいや日本そのものが停滞気味なのだろう。
他人事ではいけないが、日本の今の政治をみれば一目瞭然。
書もご多分にもれず、メディアの見識は地に落ち、初心者を世界の芸術家にしてしまう時代。
そんなご時勢のなか、今日は、時代を切り拓こうとするかな集団の展覧会を銀座で観た。

なんとか日本のかなの美を現代に……と、懸命さが伝わる。
このことは気をいれて業界誌に書く予定。

それから上野にまわり、漢字の源初の姿である甲骨・金文をモチーフにしたグループの作品群を観る。この作品群観覧には一般の方も多い。今日は日本の永遠のマドンナも観にきたとか。

いいものに触れてないといいものが分からなくなる。

さて、昨日はジャーさんと打ち合わせ。

3月6日日曜2時~、埼玉・小川町の埼玉伝統工芸会館で、
ジャーパンファン二胡コンサート。
共演は楊琴のチャンリン。
料金2000円。
キャパはたった100席。

ありえないでしょ。
そういうのがいいね。

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消防と文墨の関係

2011年01月23日 | 日記
文化財を守るための消火訓練に参加というほどのことはなく出席。
こういうことも大事なんだなー、と思った。
消防署の方々だけではなく地元の方々のひたむきさがよかった。
書き間違えることはないが、さっき打ち間違えて「消防」を「書房」と打った。
今の世の中では、消防と文墨もさほど遠い関係ではない。

「これがいい、というような書の画像をアップしてくれ」という注文を受けた。
しかし、今日気になったのは「現場指揮本部」の幟である。
フォントではなく、もうちょっと引き締まった字がいい。こういうところもいい筆文字がほしいと思った。

このお寺はわが心の故郷、吉見観音。最近は恋が成就するということで人気があるらしいが、とてもロケーションがいい。
ここの三重の塔を小学校の時に描いて褒められた幼馴染は美大に進んだ。このお堂の下にもぐって賽銭もれを狙った小学生は書の道に進んだ。
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すべて一画である

2011年01月21日 | 書かない書道!入門
なかなか進まない
「書かない書道講座」は③である。

書というものが、誰でも接するものであるのに特別扱いをされるようになって、「芸術」の分野に取り入れられて久しい。
それほど昭和の書は、革新的に書く人の意識は変わり、作品もきらきら輝いて、書は世界のアートシーンで語られる時代もあった。
それは幸運であった。ただそのことばかりを追って、そのまま書を背負っていくと、形骸化してしまう。昔の芸術的作品は今は変わったお習字に過ぎないということに成りかねないのである。

理論家や研究者も多いが、書に頭は必要だが、頭で書くのではない。
前置きが長くなったが、今日の「書かない書道」は、結果が観られないという「書かない」であって、書いてしまうレッスンである。

書はカラダで書くのである。何も持たず、身体の芯を揺らしながら探る。
おへその下の方というか、おへそから肛門にかけてというか、いわゆる丹田をまずは意識してみるといい。
そこからコマのように芯から外に徐々に体を揺らしながら、手、指と自然に伝道するようにしてみる。
指先が動いたら、それが筆の動きにつながる。
書は呼吸である。基本的には静かで長い呼吸をとってみよう。腹から吸って長く吐く。さらにつま先まで呼吸するイメージである。

そしたら中指の上に隣の人指し指を軽くのせて、身体を使って空中に大きな「十」を書いてみよう。膝も自然に柔らかく使おう。全身を使うのである。
次に空中に「大」を書いてみよう。

空に向かって書けば、くよくよすることはなくなるかもしれない。
さて、「十」も「大」も画数は二画や三画ではないことに気づいてくれたと思う。
空中でかくと「雲」も「龍」もすべて一画である。

実際に書き表す時も、この気持ちが大事である。ここに書が書である醍醐味があり、絵画やデザインとの大きな違いである。
駅のホームでもやってほしい。ゴルフの練習をするおじさんより怪しがられること必至である。
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めがね

2011年01月12日 | 日記
知人は師走に半月ばかり与論や沖縄に滞在したという。
メールには写真6枚ほど添えられていた。

森瑶子がバンクーバー沖に別荘を持ちながら、その景色を観て、さらに与論に衝動的に別荘を持ったという場所を観てみたかった。

と。その写真をみて、私も文化や芸術というものを大事にすると、つい欧州や中国などに興味を持つものだと思っていたが、必要以上なものはいらない。そして助け合いながら、つつましくのんびり生きている。
生き方の極上はここにあるのかもしれないと思った。

知人は、老後は年半分くらいはそこに暮らしたい。ともいう。
「めがね」という映画も与論がロケ地だと、添えてあった。
当分行けそうもないので、せめてレンタルDVDでもね。


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スキーよりかしき

2011年01月11日 | 和紙作り
冬といえばスキーだったのは高校時代。
その高校がある地で私は毎年、冬といえば「かしき」、となった。
名ばかりの春、松の内から楮の刈り取り、そして、楮を蒸して皮をはぐ“かしき”を今回は8日9日のみ参加。
とくに今回は8日昼食は私が本場「マーボー豆腐」をみんなヒ―ヒーハーハー「辛いけど美味しい!」といわせながら食べさせるはずだった。結果は「おいしい」ともいわせず、15人をだんまり食べさせることになってしまった。「これはおいしい」といったのは市販の水餃子がでた時。
料理人をあらためて尊敬したのはいうまでもない。
次の日は、「だご汁」などの大分の郷土料理。これがみんなうまかった。大分出身のスタッフに完敗の私でした。

でも、今年は楮の生育よく、収穫が多いので、よしとしよう。
10日は残していた仕事を少々。みんなはまた一日かしき。みんなというのは多くは都内などから来てくれる和紙仲間のボランティア。今回は横浜、茨城などからも。泊まりがけの方もいる。感謝。
スタッフ以上に働いてくれる地元の仲間もいる。すごいと思う、そういう人たち。

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一個のたまごのように

2011年01月06日 | 日記
いまだ年賀状を一枚も書かず。いっぱい買ったのに。

「今年こそは」
ということばが
すでに自分には通用しがたいことは

と木坂涼『どこへ』の一節は私の味方のようである。

同じく木坂の『ある日』は、精神的に疲れたら読むといい。
それぞれの人に柔らかい詩性が戻ってくるに違いない。

きょうも年賀状が届いた。
小学校教員にして山しか登ってない男からだ。
最近は、担任の受け持ちは外されているらしい。そりゃそうだろうー、子どものためだ。

三人とものんびりした高校時代を過ごした。

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