OGUMA    日々軌 小熊廣美の日々新

規格外の書家を自認している遊墨民は、書は「諸」であるという覚悟で日々生きている。

気楽に綴らせていただきます。

甲骨の星

2024年04月17日 | 日記

丁仁という日本の渋沢栄一みたいで尚、金石学に詳しい人が清から中華民国にかけていた。

書の世界では「西冷印社」創設の一人としても有名だ。

その子孫にあたる方から、得意の甲骨文で書かれた漢詩集を編んだ丁仁さんの複製本をいただいた。

それを眺めていると、私のしらない「星」字が。

七夕の催事用の作品作りに取り掛かっていて、つい、丁仁先生の「星」で遊んでしまった。

 

 

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よく考えたなー。

2024年04月04日 | 書道・筆文字

新選組書展を観に行った。半月前。

入選率は10パーセントにも全然届かない。そして、上手い順番に選んでいるわけでなし。審査は大真面目だが、何回も見直し見直ししても、その時のノリがあるのはしかたない。

この展覧会のすごいのは、落選した作品も掲示。「なんでこれが落ちるんだ!」と観るのも自由である。そんななか、入選していなくても、チャーミングな作品を発見。というか、審査に関わった私は、私だけで選ぶわけではないし、点数も限られるのでなんとも言えないが、私は一度この作品をみているが、見逃した感が正直ある。

ここの展覧会は、ユニークなものも選ばれる。

「しんせん」と言べん。

「くみ」がつくり。

その「誠」のなかの「み」の入れ方がいいなー。

「ん」を口にみせたのもいいな。

と感心。

会場から駅までの帰り道、坂の途中で、カタクリの群生地あり。せめて、日陰に凛と咲いたこの花をこの作品に贈ろう。写真は上手くないけど。

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画廊で若冲

2024年03月27日 | 気になる展覧会

3月末まで。

銀座の永井画廊で、伊藤若冲を観る。2回目。

7,8年前になるのか国立博物館での若冲展は、観るのに何時間待ちだったのか、すごかった。

その若冲の水墨、掛軸のみだが、ガラス越しでもなく観られる。だから、マスク必須。

若冲に一目ぼれした素敵な方のコレクションだ。

買える作品もある、皆さんの年収くらい?

筆のタッチの大胆さと柔らかな墨のトーン、力量もさることながら、観察からの絵的に成立させているところが魅力のように思えた。

 

 

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線が造形の基本

2024年03月23日 | 文化・芸術

線は自然界にない、人間が作ったできたもの。

線が造形の基本。……。

(真意を語ってないおそれがあるがお許しを)

 

とベテラン現代美術家は語った。

知人の美術家との二人展に伺ったとき、お茶をいただきながら、その方が穏やかに語った。

その方の映像も流れていた。干潟を押し船で行く。浜辺を、木枝を大筆のように使って砂にストロークを刻む。

安っぽい書道パフォーマンスのような気負いはない。ただ、動いて、浜辺に線条が残り、押し寄せる波で消されていく。

線が人間によって刻まれ、自然界のなかに消えていく。

 

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白酒

2024年03月20日 | 日記

三月に入った日だったか。

蘭亭→盃流し→ひな祭り→桃の酒→白酒、と私の中では、続いた。

 

白酒の酔ほのめきぬ長睫毛 風生

 

白酒を求め、池袋の地酒を多く扱う酒屋さんに寄るがなく、しかたなく、似ているであろうどぶろくを買い求める。

池袋は、夜の教室。体からひな祭りを感じるために?ちょっとみんなでどぶろくを飲みながら、書いた。

それから3週間。

「白酒を飲んだことがない」といったら、今度、イベントのオープニングに豊島屋さんのお酒を出すので、注文しておいてあげる、と。

オープニングパーティに行けなかった私のために、白酒だけでなくそのときのお酒まで用意してくれていた。

 

そう、その白酒は、酒のみにとっては、甘いだけかもしれない。

わたしのように酒が弱い者にとっては、甘酒のようで違和感なし。

滋養、的でもある。

 

本日の目的は、浮世絵版元の仕事拝見のためと、依頼された暖簾のための筆文字の観るため。

だが、その暖簾が会場に運ぶ途中でどこかに紛れ込んで行方不明と!

ということで、ギャラリーからみる隅田川からのスカイツリーなど眺めながら、ゆったり過ごしました。

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やっぱり、いいね

2024年03月16日 | こども書道

こういう書は、どこがいいのか?

無心で書いているところかな、と思う。

本人は必死で書いているのであろうが。

 

右手で書いたり、左手で書いたり。

もともと左利きの子であるが、その子に任せた。

こちらも左利きに挑戦したりしてみた。

 

この漢字もひらがなも、特に、筆文字は、右利き用にできている。

それでも、左利きの人は、右利き文化に合わせる。

それだけでも大したもんだ。

右利きより左利きの方が、才能の開花率も高いというのも、うなづける気がする。

 

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伯牙と鍾子期

2024年02月22日 | 日記

「伯牙絶弦」の故事の話からはじまった一中節の演奏会。

初世都一中没後300年記念ということであるが、家元の了中さんの初めの挨拶のお話であった。

中国の春秋戦国時代の故事というのだから、紀元前である。

伯牙は国随一の琴の名手。それを理解する鍾子期。

その鍾子期が死んでしまって、伯牙は、自分の琴のよさをわかってくれる理解者がいなくなって、琴の弦を切ってしまった、という故事だ。

今日の演奏会は、5段。一中さん,、了中さん以外にも、ベテランや若手も出ていた。

浄瑠璃のなかに了中さんの弟子が出ていて、その方は本来、琴の方だ。

その方が芸大生の頃、たまたま私の個展会場に来ていて会っている。何十年も前の話だ。そのうち、挨拶でもしてみよう。

 

さて、今日は、自分を伯牙にさせてもらおう。

私の筆文字のいくつかを観て、書家の字は好きではないが、あなたのはいい、と言ってくれた方がいた。お茶にも精通して文化全般に通じる方である。その方を、今日は、鍾子期にしてしまおう。

そういう方がいてくれると、なにはなくとも、明日も生きる勇気が湧いてくるのだ。

観る目のないファン一万人より、鍾子期一人でいいだろう。

 

伯牙と鍾子期の話は、田舎のお寺の本堂に、たぶん寄贈された行草書の屏風があり、それを読まされたとき、難解な行草書をなんとか読み進めていくと、『列氏』からだったか、その故事の部分だった。その時、この故事を知った。

 

 

 

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とうとうここまできてしまった。

2024年02月15日 | 日記

新しい書の学びのクラスである。

何か会の名前を付けなくてはいけなかった。

「楽しい、の楽かな」まではよかった。

「先生の名前をいれて」とも。

「廣美はやめてくれ」「熊、つけちゃう!?」と私。

結局、私の雅号もいれて「日々笑書会」と。

書いてこなくてもいいが、笑いを一つ持ってきて、という会になった。

はじめから色んな意味で存続危機かもしれない。

天才は危うきに遊ぶ。

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頭のなか

2024年02月12日 | 書道・筆文字

日曜、一日ワークショップは久々。

10時から19時?20時?くらいまでやっていたかな。

 

書のはじまりの「甲骨金文」をテーマにした。

まともな話はできないですぐ横道にそれる私。

頭の中はいつも?ぐちゃぐちゃ。

白版を客観的に写真に撮ったら、やっぱりぐちゃぐちゃ。

私の部屋もぐちゃぐちゃ。

でも、である。そこの参加者は、すごい。夕方あたりから集中してきて、それなりに書をつかもうとしていく。

ほぼ教えないワークショップ。まずは、ゆっくり観察し、みえてくるものを大切に扱う。そんなのも、いい。

 

終わってから、主催者を交えて残れた方々と夕食をとりながら雑談となったが、ここで私はまた、刺激を受けるのであるが、その話は濃すぎるので、また。

 

ひとつ面白いことといえば、最後に、全紙半分の約70㎝×70㎝に一文字を書くための大筆の穂が一本とれてしまった。

そしたら、軸のない穂だけで、手が墨で汚れてもいい! と書いた人がいた。「井上有一的に、棟方志功的に!」とはっぱをかけた。

その穂だけの筆で書いた時点で、OKだろう。ま、軸のありがたみもわかったが。

 

 

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ゆるくちゃ、まずい、かな。

2024年01月25日 | 日記

今日は、というか、昨日になってしまったが、某審議会の日。

節供と節句は、節句が多く使われるが、供える文化なので「節供」としている、にうなずく。

 

さて、その節供は、新暦だと合わない。

七夕だって、新暦7月7日じゃ、雨多しだ。天の川だってみられない。

新暦の9月9日の重陽の節供は、菊がまだ咲いてない。

 

だが、5月5日の端午の節供のこいのぼりは、GWの新緑にぴったりだ、と私は思ってしまうのだが。

社会から変えないと、変わらないけれども、旧暦の場面を増やすのも、いいんじゃないだろうか。

 

年賀状も衰退の一途。

ネット社会になったのが一番の原因だろうが、忙しい暮れに忙しく年賀状を書くのも、一つの要因だ。

特に私はそうだった時期がある。今年もそうしてしまって、暮れに書かず。

そう、これからは、お正月になって、立春くらいまでに、少しづつ、疎遠になってしまった人のことを思いながら、一枚一枚、書く。

メールでなく、手書きしたい人は自分のなかで、誰でもいるとおもう。少しの方へでいいんじゃないだろうか。虚礼は慎みたい。

 

今年、元日過ぎてから、返信のものだけの賀状を書き、松の内過ぎて届いたものは、いまだに返信もしていない。

たぶん、これから出す。出さないまま終わる可能性もある。それを許してくれる知人友人のみの付き合いになるのはしかたない。

仲が良くても、年賀状もメールもしないやつもいるわけだから、いいでしょ。

それにしても、メールだけになったら、また逆に、味気ない世界になってしまうと思うのだけれど。

 

そう、節供も、新暦、旧暦、交ぜて違和感ない世界はだめかな?

 

その時の話し合いのなかで、K先生は、新暦と旧暦ごっちゃにしてはまずい、とおっしゃっていたが。

どうも、自分は、ちゃんと、とか、すっきり、とかが苦手のようだ。

もっと、ゆるく生きる社会がこれからいいんじゃないでしょうか!?

 

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