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故郷へ恩返し

故郷を離れて早40年。私は、故郷に何かの恩返しをしたい。

等身大

2021-11-05 06:00:25 | プロジェクトエンジニアー

絵のタイトルは、「気品」です。
帝国ホテル前の彫像です。
どんなに足掻いたって、気品だけは具わらない。
生まれ育った氏素性です。
表情だけは、自分が作るもの。


今日のタイトルは、「等身大」です。
起きて半畳、寝て一畳です。

会社の面接二題。
最後の面接で、社長もいい加減疲れていた。
証拠に、社長は机の下で靴を脱いで干していた。
どんな仕事がしたいに、「現場で働きたい」と答えた。
社長の一文字の眼が見開いた。

二社目の面接では、私は歯痛で苦しんでいた。
趣味の問いに、「山歩き」とぶっきらぼうに答えた。
足を見せろと言われた。
どうやら面接官も山歩きが好きらしい。
ふくらはぎを見て、面接官は山の会話に私を引きずり込んだ。

どちらも受かった。
現場とふくらはぎで受かるのだからいい加減である。
生涯現場に張りついた。
部下を持たず、常に外回りの仕事を続けることになった。
こういうことだったのか。

初対面で、自分を大きく見せようとする。
相手が忙しいとか、興味がないと感じれば、挨拶だけで辞した。
8時間かけて行き、そして帰った。
この人は、自分のためにどれだけ働いてくれるか。
見抜く能力だけが磨かれた。
どんな人にもほころびがある。
ほころびがその人らしさである。
カフェを始めてから気づいた次第です。
遅かりしです。

切り刻んだ木々を山に捨て、畑を鋤いて、カフェを片付け、
クリーンセンターに不燃ごみを捨てた。
夕方5時になると、また明日の連続です。
リサイクル家電の引き取りを役所に申し込み、やっと荷積みです。
人一人ができることは、限られている。
突っ立っていれば半畳で済みますが、歩く軌跡は地球を一回りです。

2021年11月5日

等身大とは、
人の身の丈と同じ大きさ。
自分の境遇や能力に見合っていること。
(広辞苑より)
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ウルトラC

2021-11-04 02:56:17 | プロジェクトエンジニアー

絵のタイトルは、「いちゃりばちょーでー」です。
別府の温泉街で見た様子です。
沖縄言葉で、「袖振り合うも多生の縁」という意味です。
何処に行っても苦労するが、楽しいことを見つけましょう。


今日のタイトルは、「ウルトラC」です。
ウルトラCは、広辞苑に出ていません。
現代用語辞典で調べなければなりません。(文末参照)

引っ越し荷物をどう運ぶかと考えあぐねています。
一回目は、重たいものを運ぶ。荷積みも荷下ろしも、若いしを頼みました。
妻に片棒を担がせるも、ぶら下がっているんじゃないかと錯覚します。
二回目は、生活必需品以外のものを運ぶ。

いよいよ三回目です。
生活必需品は、不定形のものばかりです。
農業機材は、最期まで必要でした。
軽トラ、カンリキ(耕運機)、草刈り機、チェーンソー、農機具、農業用資材、工具類、
苗木類(ブルーベリー、あじさい、ルバーブ、ネギ)、井戸用ポンプ、
レンジ、衣装箱、机と椅子、自転車、プリンター、旅行用カバン、ゴルフバッグなどです。
とても、軽トラと小型自動車に詰める容積ではありません。

そこで、考えついたのが、「ウルトラC」です。
ダンボール箱に入るもので、比較的軽いものは、宅急便で送ることにしました。
鍋釜、トースター、収穫した根菜類(ジャガイモ、里芋、トロ芋、豆類、ネギ)、調味料と衣類です。
収穫したものは、都会の友人に送りました。
送る者、受け取る者の双方が喜びました。

今回(三回目)は、定型外で容積のある物を運ぶことにしました。
宅急便で、段ボール20箱運んでも約4万円です。
レンタカー(例えば1tトラック)だと、往復6日間で4万円余りでした。
ガソリン代と高速代が加わります。
なにしろ、多忙な時に6日間も拘束されます。

ウルトラDがあるとしたら、移住先で買える物は廃棄処分することでしょうか。
冷蔵庫、洗濯機、テレビなどは捨てることにしました。
もう十分使ったし、移住先にもあります。
ソファ、肥料、蘭類、苗(葱、ニラ)類は地域の友人にもらっていただきました。
鉄とプラスチックを分解して、鉄類は地域の方へ頼んで、廃品業者に売っていただきました。
鉄の値段が上がっている昨今、喜ばれました。
布団を含め、多くのガラクタを不燃ごみで捨てました。
木々やゴミを捨てるのに、軽トラは大活躍でした。

反省点は、早くから宅急便を活用すればよかった。
2軒(カフェと住居)の家から持ち出したものが、軽トラ三台分で済みました。
自分たちで苦労して運びましたが、金額的には引っ越し業者に依頼するのと同じでしょう。
私達には時間(3か月要した)があり、過去を見直し、未来を予測しながら取捨選択ができました。
移住先の修繕(打ち合わせと工事)も出来る予定です。
慌てない分だけ、心の整理(地域の友人と話ができ、ゴルフも楽しめた)の時間がとれました。
予測したスケジュール通りに、片づけと引っ越しは終わりそうです。

2021年11月4日

<<あとがき>>
インターネットで調べたら、
「ウルトラCとは、体操の造語で、「C難度を上回る難易度」のことを意味します。
1964年に開催された東京オリンピックにて、日本代表の体操チームが最高難易度の『C』を越える技を披露したことから生み出された造語になります。以降、高難度のことを指して用いられるようになりました。」
と出ていました。
あれから60年弱、今では、H難度なんて聞いたりします。
女性の胸回りのサイズではありません。
温室効果ガス(二酸化炭素、メタンガス)の削減に成功し、
1.5℃(産業革命以降)以下の温度上昇を実現できるかもしれませんね。
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肩こりと二人

2021-11-03 06:04:09 | よもやま話

絵のタイトルは、「切り株」です。
昭和記念公園で、100年は経とうかという木が切られました。
次の世代のためでした。
この辺りでも、間伐が進んでいます。木の国際価格が上がったからでしょうか。
切り株を望むと、中心がずれています。
そして、狭い広いの年輪が続きます。干ばつといつもの雨の繰り返しだったのか。
外見は、立派な一本の木だったのでしょう。
偉かったね。


今日のタイトルは、「肩こりと二人」です。
前へ進めとこの6年間生きてきました。
走り抜けたあとには、淀みのように老廃物が蓄積されていきました。
畑とて、何か植える前に耕せばよいくらいに考えていました。
まっさらにして返すことが、これほど大変とは思いませんでした。
家の中、納屋と家の周りは、「今度片づけよ」の連続で溜まる一方でした。

明日着るからと脱いだまま寝ました。
明日になると気分が変わり、違う服を着てしまいました。
脱いだ服の上に、読みかけの本が積まれます。
明日は、違う本に興味が湧いてしまう。
その繰り返しで、一週間前の服も本も埋もれてしまう。
さらに、これはいつか使えると抱え込んだ箱と皿で部屋が埋もれていくのです。

あーあです。
3か月も片づけと運搬で休みなしとなりました。
気分を変えようとゴルフをし、反省会は必須と飲んでしまう。
馬鹿やっているんです。

しわ寄せを片づけています。
借景に邪魔と、竹を50本も伐り、3年間構築物(棚、ハウス、ゴルフ練習場)を造り続けた。
伸びる木々の剪定をし、畑と森の境に放置した。
山へ運ぶこと軽トラ三台、燃えないごみをクリーンセンターに運ぶこと軽トラ2台、
ごみ集積所には、資源ごみと燃えるごみをこまめに出している。
終わるんかいな。
詰めるんかいな。
暮らせるんかいな。

とうとう、身体に危険信号が灯りました。
まったく、何々(かかさないルーチンワークも)しようと思わなくなりました。
とにかく寝よう。
そこで、秘策「肩こりと二人」を活用することにしました。
つまり、妻に肩こりなどあちこちをほぐしてもらいました。
やっと、自分でストレッチができるようになり、いつもの意欲が湧いてきました。
一人でなくてよかった。
頼りにされるのが負担でした。
二人しかいませんから。

2021年11月3日

<<あとがき>>
少し良くなったら、あれもこれもと妻から注文が出ます。
もう大丈夫。聞き流すだけです。
身体が動けば、気分も変わるし強くなります。
(筆者)
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これからの人へ

2021-11-02 05:07:07 | よもやま話

絵のタイトルは、「新横浜夕暮れ」です。
闇夜に光を探す毎日でした。
それしかなかった。


今日のタイトルは、「これからの人へ」です。
漠然として、簡単なテーマではありません。
これからの人と言うと、40代より下の方々を想像しがちです。
私の転機となった40歳の話をします。

40歳にして迷わず。
何がやりたい。
得意はなにか。
私の場合は、「これしかない」でした。
「これしかない」はプロジェクトエンジニアーの仕事でした。
ニッチ(隙間産業の仕事)を追い続けたというしかない。

運よく、常にマイナー(その会社の本流ではない)の仕事に関わることが出来ました。
会社内では解決策が見つからず、常に外部の知恵を借らざるを得ない分野でした。
仕事が先、技術(解決策)はあとからついてくると言った具合です。
英語が話せなくてもよい。熱意が伝われば外国の方は協力してくれました。
得意なんて必要ない。何がなんでも解決策を見出すことが仕事でした。
だから、やれる仕事に就けばよい。お金なんて、後からついてくる。

転職組に、その会社の不得意がまわってくる。
なんとかすれば、次に本流の仕事に着ける。
管理職に着く前に、リストラされ転職しました。
会社内では部下なしの一匹オオカミでしたし、生涯現役を続けることが出来ました。

あなたは何がやりたいですか。
社内でも社外でも、地域でも家庭内でも見つかったとしたら、それはあなたにしかできないことです。
動機もプロセスもすべてオリジナルだからです。
あなたにしかできないことをやり続けてください。
続ければ、いつしか得意になっています。
人間国宝のおっちゃん達も、最初は使い走りです。

2021年11月2日

<<簡単なプロフィール>>
興味があれば、読んでください。
米に関する会社が最初の会社です。
第二次構造改善事業を国が決めて、ライスセンターとカントリーエレベーターが各地にできました。
プラント建設の受注はひっきりなしで、新入社員の私にプロジェクトマネージャーを任されました。
その後、技術部に移り大型の籾乾燥機の仕事につき、籾殻圧縮擂潰機開発のマネージャーをしました。
大手の鉄鋼会社と組み、籾殻を工業原料(自動車会社にプラスチック用粉原料、その他)として売りました。
籾殻はケイ素を多く含みやっかいな素材でした。
エクストルーダーのスクリューは摩耗が激しく、日本の名だたる素材メーカーと共同開発しました。

34歳で外資系の製粉機械メーカーのサービスエンジニアーとして転職しました。
バブルがはじける数年前で、空前の投資ブームでした。
入社1年後には、総額18億円の製粉機械の据え付けコーディネーターを任されました。
据え付け担当会社は、製粉工場(ミックス工場)は初めてでした。
預けられた500万円を有効に使い、工事期間中に正しく据え付ける指導をする。
設計ミスも現場でカバーする。
ソフトを作成したイギリスの会社と連絡を取り、日本製ハードでシステムを構築する。
英語が話せなくても、食らいつくように解決するしかなかった。
サービスワークを逸脱したプロジェクトエンジニアーの仕事でした。

1年かけて、転職の準備をしました。
飼料工場のエンジニアーを探していたエンジニアリング会社に39歳で入れました。
飼料工場をいくつか造りました。
大手のコンビニエンスストアーの麺専用工場とパン専用工場建設に関わりました。
大手飲料会社のユーティリティー監視システムを作り、飲料会社が抱える困りごとを解決しました。
日本で初めての空気搬送を使った大型精米工場のプロジェクトマネージャーをしました。
エンジニアリング会社は石油系で、食品分野はマイナーな仕事でした。
社内に食品分野の専門家はいなくて、外部から入った私に、新規のプロジェクトが任されました。

49歳で、エンジニアリング会社をリストラされて、外資系会社に出戻りました。
まさかのリストラで驚きました。
精米工場のプロジェクトは、エンジニアリング会社に在籍しながら出向で受注しました。
精米工場建設(設計・据え付け・試運転)は、外資系会社のスタッフで実施されました。
戻ったらクレーム処理担当でした。10人いた精米担当はすべて解雇され、辞職しました。
2年間で6億円を使い、協力会社とクレームを納めました。
本社(スイス)と交渉するため、3語英語が得意になりました。
その後、精米・ビール・製粉の営業を任されました。
営業の時から、完成後(営業運転、利益算出)のイメージを持って売り込みました。
現在動いている機械(自社・他社)の点検を無償でやりました。
客先の無駄な投資を防ぐためです。
プロジェクトエンジニアーは営業に向かない。
それを逆手にとった営業展開でした。
ただ、技術者は話6分聞く4分(営業は聞くが主で、客先の情報入手)で困りものでした。

パン専用工場を受注のためエンジニアリング会社に出戻るも、2年でまたリストラされました。
リストラするなら、来いと言うなよと思いました。4度目の転職でした。
リストラ後に、自分がプロジェクトマネージャ―を担当したパン専用工場で働きました。
5度目の転職でした。
エンジニアリング会社ぬきで、担当会社の技術者と工場の改善工事のプロジェクトをしました。
そこもやめ、6度目の転職で地域おこし協力隊に応募し、隊員期間中にカフェを開店しました。
7度目の転職で続けたカフェを、5年やりましたが今年6月に閉店し、故郷に移住します。
もう、仕事はしないつもりです。

読んでくださって、ありがとうございました。
(筆者)
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日々是好日(にちにちこれこうにち)

2021-11-01 07:23:36 | よもやま話

絵のタイトルは、「日々是々非々」です。
小窓の絵は、雪景色のつもりです。
こんな些細なことを絵にできる日がくるでしょう。


葉が裏に 見慣れた景色 楽奏で

只々、片づける毎日です。
若草の頃移住を決断して、紅葉の季節になりました。
病気で苦しんでいた独居の義兄の後見を始めたのは11年前でした。
義兄は3年前に亡くなり、葬式と相続を済ませ、義兄が住んでいた家を今年6月に解体した。
それに比べれば、移住はほんの一時のことです。

今日のタイトルは、「日々是好日(にちにちこれこうにち)」です。

グーグルマップで調べたところ、あなたが移住される島は、海あり山ありで素晴らしいところですね。
と地域の知り合いに褒められた。
航空写真では平面ですが、実際は急こう配で暮らしにくいところです。
と否定する私。

そうじゃないんだ。
ありがとうございます。とまず言おう。
そうなんですよ。と肯定しよう。
褒めてくださった想い(言ったその人)を否定することになるんだよ。

どちらかというと、辛い毎日です。
よくやっていると、人には見えます。
「嫌だ、苦しい」をいったん置くと、自分も楽しんでいると気づきます。

自業自得と諭されたからではない。
引っ越し荷物を出すと、狭く使った部屋が広かったと気づく。
6年放置していたものが捨てられる。
捨てるのを迷うものが、またもや運ばれる。
この繰り返しです。

「日々是好日(にちにちこれこうにち)」です。

2021年11月1日
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