(借金の返済)
前回、1万2千円の月給で、
50万円の借金をほぼ一年で返済したと書いた。
給料の五十か月分を一年で返済できるわけがないと、
懸命な読者の皆さんはすぐ気付かれたに相違ない。
営業の仕事をしていたボクに、
ある一定の売り上げをあげれば、
給料の他に報奨金を出す仕組みが待っていた。
沢山売り上げを出させる仕組みである。
借金返済のためにお金が必要であったボクは、
この報奨金に遮二無二喰らいついた。
営業マン平均売り上げの三倍強の仕事をした。
そのやり方は簡単で次のようである。
営業の仕事は、どれだけ沢山の人に会うかによって成果が出る。
沢山の人に会うには、
会うための沢山の時間を作ればよい。
この時間を作るのは簡単だった。
同僚達の時間の使い方を観察すると、
出社すると本日の仕事の予定、
書類の整理、上司への報告、
お得意様へのアポイントなどで、
実際に営業活動をするために、
会社を出るのは10時頃。
お昼には帰社して昼食に1時間。
帰社するまでに費やす30分。
午後出掛けるのは1時頃。
先方までの道のりに費やす時間30分。
仕事を終えて帰社するのが5時頃。
この中から無駄な時間を生み出す。
朝出社して準備を終え、会社を出るのを9時にすることで1時間。
昼食は帰社せず外で終わらせることで約1.5時間。
夕方帰社するのを1時間遅らせ1時間。
一日3.5時間を同僚より多い仕事時間を作った。
これにより一ヶ月約10日分他人より多くの時間を作ることになり、
その分売り上げを上げることが出来た。
良い仕事をするから上司の覚えもよく、
格段のボーナスももらった。
報奨金により月給は毎月倍額になった。
さて借金の返済であるが、キャバレー、クラブの借金は、
ほとんどホステスが立て替えていて、
返済に行くにはホステスに会わなければならない。
会うということは、
そこでまた飲み食いをすることになるから、
借金は減りこそすれ無くなりはしない。
そこで借金だけを返すには、
キャバレー、クラブが始まる前に行って、
ホステスに会い、返済することになる。
遊ばないでホステスに会うには、
彼女達の更衣室に行くことになる。
更衣室には、沢山のホステス達が着替えをしていて、
それこそ脂粉の香りに圧倒される。
なじみのホステスを呼んでもらうと、
殆んど下着姿の女性が出て来る。
借金を返すと、ブラジャーの裏から
束になった領収書を取り出し、
該当するボクの領収書を探して渡してくれる。
残りいくらあるのか聞いて、
翌月返済に来ることを告げて帰る。
遊びに行ったときは、気持ちよく応対してくれるのに、
借金の返済だけでは、
いともつれない素振りである。
まさに金の切れ目が縁の切れ目。
借金さえ持ってこない輩(やから)も居るに違いないのに・・・
そんな人には、せっせと電話で催促して、
取立てをしなければならないはずであるのに。
しかし、考えてみると取立てをしなければならないような顧客に
遊び代を立て替えるようなへましないのかも知れない。
そこはそれ世の中の辛酸をなめた彼女達である。
風の便りに聞くところによると、
そのホステスは両親のために、
郊外に家を購入したという。
ボクの遊び代はそのうち何パーセント
入っていたのであろうか。
めでたくボクが結婚した数年後、
図らずも彼女が会社に訪ねてきた。
お客様がお待ちだと、
出先から呼び返されて会社に帰ると、
応接室に美人が居る。
知らない人であったので、
事務所でお客様は?
と聞くと、上司がにやりと笑って、
応接室の女性だという。
その女性を記憶になかったが、
とりあえず応接室に行く。
「お忘れですか?××にいた○○です」という。
記憶をめぐらしたが、厚化粧をしていたあのホステスが、
薄化粧はしているが、
こんな美人であったことに驚いた。
今はホステスを辞めて商社の事務員であるという。
その商社がボクの扱う商品の購入計画があるので、
ボクを推薦してくれたというのである。
競合他社が沢山ある中での推薦はうれしかった。
四ヶ月くらい掛かって、
ホステスの更衣室に借金を返しにいった事が
彼女の印象に残っていたのであろうか。
借金を踏み倒すやからも多いのに、
まじめに返済し終えたのが
印象に残ったからであろうか?