楽しんでこそ人生!ー「たった一度の人生 ほんとうに生かさなかったら人間生まれてきた甲斐がないじゃないか」山本有三

     ・日ごろ考えること
     ・日光奥州街道ひとり歩る記
     ・おくのほそ道を歩く

インド紀行ー副題「生きる」を訪ねて

2006年01月31日 10時38分00秒 | つれづれなるままに考えること
インド旅行)

生きるを訪ねてインドを旅してきました。
インディラ・ガンディー国際航空から外に出ると、
人人人・・・・、十億の民の視線を浴びました。

なんと沢山の人たちがいるのだろう、夜でもありそのままホテルへ。
翌朝、テロ事件があったばかりのデリーを観光。

12人のツアー客に3倍ほどの物売りが殺到しました。
それもやや汚れたTシャツにサンダル履き。
加えてもっと汚れた衣装を身につけ、裸足で、
髪は汚れ、何か言いながら、汚れた手を差し出す子供たちの群れ。

何を言っているのかガイドさんに聞くと、当たり前のことだがインドの言葉で
「おめぐみを!」 と言っているとの事。

これについては、観光客の自主にお任せしますと、
最初に念を押されていた。 その他注意されていたのが、衛生上の問題。
コレラ、マラリア、下痢、発熱。 旅行準備の注意書きにもあったが、
飛行機が飛び立つ前に、一人当たり50枚の消毒用のアルコール綿を旅行社から手渡されていた。

生水はもちろんのこと、生野菜のサラダ、皮をむいた果物、アイスクリーム、フレッシュ牛乳、etc.
火を通さないものは絶対ダメ。

歯磨き、うがいも、購入したミネラルウォーターで、
それこそホテルのドアーから、トイレのドアー、
列車バスの乗り降りの取っ手まで、触れたら消毒をする。
もちろん食事前の手の消毒は言うまでも無い。

ツアー客の三分の二は旅行中に下痢症状を訴えると言う。
「おめぐみを」の声を無視していると、
猿の手のような汚い手で触ってきて注意を惹こうとする。

物売りはしつこく食い下がってくるが、
ガイドさんは同じインド人として仲間だから、

「向こうへ行け!!」

とは云えませんという。

イギリス領であったインドは、おおよそ誰もが英語を話せ、
理解できるというので、「ノー!」と追い払ったつもりが、
どんどん食い下がってくる。

嫌がらせメールと同じで、一度反応を示すと、
(見込みあり)で、

これでもか、これでもかと、余計しつこく食い下がってくる。

無視するのが一番良いようである。
物売りはインド人に寄り付かない。
いや寄り付くのだが、誰にも分からないように拒否する。
腕を組んだまま、脇の下で、手のひらを左右に振る。
それを見て物売りは引き下がる。
物売りは、ダメをあらわす仕草の手のひらを振ると引き下がっていくが、
物乞いの子供は引き下がらない。
やっぱりインド人にはねだらない。

持てるものは、貧しいものに「おめぐみを」提供するのは当たり前の土地柄。
貧しいものは富める者から「おめぐみを」貰う権利がある国。
ボクがボールペンを胸のポケットに二本挿していると、
(お前は二本持っているが俺には無いからこれは俺のもの)と考える。

五体満足の乞食はまだしも、腰から下の自由が利かず、
体を手で引きずりながら移動する乞食が、上を見上げて片手を差し出す姿、
大きな澄んだ目で物乞いをされて、哀れに思わない人はいないに違いない。

こんな乞食の後ろには、五体満足の人が見張っている。
乞食は「おめぐみを」受けるやすぐにその管理者(?)に「おめぐみ」を渡している。

子供の乞食の近くには、親が見張っていたりする。


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10分前の精神と2秒待つ心(旧中山道番外記16)

2006年01月21日 09時46分00秒 | つれづれなるままに考えること

{写真付をご覧になりたいの方は、下記URLをクリックしてください。
URL:http://hide-san.blog.ocn.ne.jp/bach/2006/01/post_26cc.html



(10分前の精神と2秒待つ心)

2005年最後の定期健診で病院へ行った。
結果は問題なしでほっとしたが、予約時間に診察室前の待合室に
どなたもいらっしゃらなくて不思議に思った。
いつもなら4~5人の患者が必ず待合室にいるのに、その日に限って居なかった。
10分前に到着するのが、ボクのモットーだ。

ボクは人と約束すると必ず10分前に到着するように出かける。
これをボクは(10分前の精神)と呼んでいる。
人は生まれると両親を持つが、親によって豊かであったり、
貧しかったりする。しかし、環境こそ違え死ぬまでに持つ時間は、誰も同じでその質に差はない。
つまり不公平のない時間を誰もが持っている。その時間をどれだけ有効に使うかによって、
人の一生は変ってくる。

時は金なりのことわざが示すように、時間は大切にしたい。

ボクのせいで他人に無駄な時間を浪費させるなどもってのほかで、
決してそんなことがあってはならないと思っている。だから、人と約束をしたら、
必ず10分前に到着するよう心がける。途中、多少のハプニングがあっても,
この10分間が救ってくれるし、10分を経過しそうなときは、
先方に連絡して遅れる旨を伝えるようにしているが、遅れる時間はそんなに多くなく
最大でも15分以内である。それ以上遅れそうになるときは、
約束を反故にしてもらい、またの機会に約束をするようにしている。

15才からのこの<10分前の精神>を心がけている。

一方で、時間を浪費することも大切である。
話していることに矛盾があるように思われるかもしれないが、
晴れ渡った青空のもと、広がる田畑の真ん中で何も考えず、
「ボー」と過ごす時間も必要で、これをボクはリフレッシュの時間と呼んでいる。
そして気分が爽快になったら、生きた餌に狙いをつけるライオンのように、
一秒を惜しんで猛然と行動に移す。

2秒待つ心とは相反する。

ボクは大学を卒業以来、毎日車を運転しない日はない。現役時代は
朝晩、車で通勤したし、引退後はカミさんの買い物のお供でほとんど毎日
タクシー役を演じて運転している。
毎日運転するからだけでなく交通安全週間にもなると、
交通安全の講習会に年に一回は必ず出席している。
それはボクの知らないうちに法規が変わって、
知らぬ間に法を犯すような運転をしないように思うからである。

ある時、この講習会で、不注意による事故が多発している話があった。
その折、事故を減らすには、すべての運転者が二秒待つ心のゆとりを持てば、
ほとんどの事故を避けることが出来るだろう、と話された。
ほぼ五十年、何回か事故も起こした経験から、
二秒待つゆとりが事故をなくすのは確かなことと思い、以後実践している。

たかだか二秒であるが、車を運転する者にとっては、これは一大事である。
発進するときの注意、右折左折、一時ストップ、進路変更、人を下車させる時、バックする時、
そのほか注意を要するときに二秒の余裕を持つ。
最初は、一、二と勘定をしていたが、慣れれば一呼吸置く感じで終わる。
自動車は目的地まで、どんなに急いでも、通常の走り方で掛かる時間を
短縮できるのは一割以内といわれている。
一時間要する道のりは、どんなに急いでも6分短縮するのは難しい。
ということは、あらゆる場面で、
二秒待つ心を持っても6分以上余分に掛からないのである。
それで事故を回避できれば、これほど便利な乗り物はない。

カー・レーサーで有名な方の助手席に乗せていただいたことがある。
レーシング・サーキットでは、時速250kmを超えるスピードで運転して
いるので、きっと猛スピードで街中をサーカスの曲芸師のように
運転をするのだろうと予想していたが、案に相違して、
非常に慎重な運転であることに驚いた。

「私は運転を業としているので、公の場所では模範運転をしなければならないのです。
もし法規に違反すれば、罰金も普通の方の倍も徴収されます。
なによりも、仕事が出来なくなります。」と語られた。
肝に銘ずべきである。

後日、この方が運転する自動車にサーキットで同乗する機会を得た。
猛スピードで曲がりくねったサーキットを走ると、快適で格好よいと
テレビを見ているとそう思うが、快適なんてものではない。
恐ろしくて、顔面蒼白、危うく失禁するところであった。

話を元に戻そう。2秒待つ心を持てば、事故を起こす心配もなく、
事故処理に要する膨大な時間がなくなり、
結果として、大切な時間に余裕が出来るものである。
(10分前の精神と二秒待つ心)は、良く考えれば、
時間を安心して有効に使うことができる手段であることを、
悟る良い標語である。

時間を惜しんで、一秒を争ってはならない。
時間を大切にするには、二秒のゆとりを持ちたいものである。



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勉強は死ぬまで(人、その生と死と 5)

2006年01月09日 09時30分00秒 | つれづれなるままに考えること


(勉強は死ぬまで)
ボクには、小学校3年生になる孫がいる。
昨年夏、新聞の販売店から、日ごろの感謝の印に、
「クワガタを、つがいでプレゼントします」といってきた。
まもなく70歳になるボクに「クワガタ」もないが、
孫息子を思い出し、貰うことにした。
飼育篭つきにすると500円いただきますという。
孫に聞いたら、飼育箱は自分で用意するから不要といってきた。

夏休みに入ったばかりで、
「NHKの子供相談室」で昆虫の飼育についての質問があって、
「クワガタ」は昆虫の大きさによって
箱の大きさを決めなくてはならず、
おがくずをいれ、ぶなの木を半分埋め込み、
水で湿らせて置かなければならない、
と回答していた。

飼育箱については、孫に念を押したが、
箱は自分で用意するといっていると、
カミさんがいう。

「クワガタ」を貰いに来た孫の手には、
子供相談室での回答よりも立派な飼育箱があった。
もちろん。ぶなの木もおがくずも入っている。
どうしてこんなことを知っているのかと思ったら、
孫の父親の知り合いに「クワガタ」マニアがいることが分かった。
秋になると、クワガタの幼虫が五匹ほど産まれ、
親は死んでしまったと知らせがあった。
クワガタをボクは飼ったことがないが、
マニアの話によると、五匹生まれたのが分かると、
きっと倍の幼虫が
生まれていますという。

昆虫飼育用具を扱っている、
専門店を探し当て、飼育箱を持っていくと
卵は13個孵っていたという。

その後、孫の誕生祝に昆虫図鑑がほしいといってきたのでプレゼントした。
きっと図鑑と見比べながら、
何時になったら「クワガタ」になるのか調べたに違いない。
さて、クリスマスになって、
今度は、クリスマスプレゼントに、
「ファーブル昆虫記」がほしいというので、プレゼントした。

その孫が、お正月に遊びに来た。
ボクに会うなり「ファーブル昆虫記は半分ほど読んだ」という。
すかさず
「何が書いてあった?」と、
意地悪な質問とは思ったが訊ねてみた。
(フンコロガシの話だったらしい。
フンコロガシは太陽に向かって糞を転がすそうで、
そのためエジプトでは聖なる虫とされている)と
回答が帰ってきた。

ボクは残念ながら、「ファーブル昆虫記」を読んだことがない。
「太陽に向かって糞を転がす」とは知らなかった。
孫が本を読み終わったら、
貸して下さいとお願いしておいた。
孫に教えることはあっても、
孫に教わるとは夢にも思わなかった。

つい最近、まもなく80歳になる姉に、
久しぶりに会う機会を得た。
この姉は、若いころから才能もあったが、
努力家でもあった。
何を始めても、一流の腕前になるほどであった。
たとえば、書道、琴(筝曲)、洋裁、編み物、スキーなど。

書道、琴は、人に教える免状を持っている。
洋裁に至っては、どこから聞いてくるのか、
見知らぬ人が生地を持って訪ねてきて、
スタイルブックの写真を見せながら、
この洋服を作って欲しいと頼まれるほどだった。

編み物は、文部大臣賞を貰うほどの腕前に、
スキーは国民体育大会に出場して、
回転、滑降などで一位になってしまう、
ずっと以前の話だ。

その姉が60歳を過ぎてから、
孫娘と一緒に英語の勉強を始めた。
日本語でさえ忘れてしまう年頃であるのに、
とうとう英検二級を取った。
しかし、これには時間が掛かり、
合格したのが75歳のときであった。
その努力に頭が下がる。

その姉が、「人は死ぬまでが勉強よ」と言ったことを思い出した。
確かに人は、毎日が勉強で、
毎日新しいことを憶えていく。
勉強は年齢に関係がない。
孫が読み終わったら、「ファーブル昆虫記」を読んで見よう。
きっと、新しい発見があるに違いない。

今から胸を躍らせている。




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こころの裏側(人、その生と死と 4)

2006年01月04日 10時09分00秒 | つれづれなるままに考えること


(こころの裏側)
昨年の30日、普段より気温が上がって、暖かく感じたので、
カミさんを誘って丸の内の東京ミレナリオを見に行った。
光の競演というが赤、青、緑、イルミネーションの美しさに見とれた。
丸の内地区の開発予定があり、
東京ミレナリオは今回が最後になる。
せっかくだから見納めておきたい、
そんな気持ちのミーちゃん、ハーちゃんで賑わっている。
開発後に、実行するかどうかは定かではないとは言うものの、
商業主義の人集め興行の一環だから、
また実行するのは目に見えているのであるが、
若いカップルや、孫を連れた じいちゃん ばあちゃんには、
出かけてくる絶好の理由である。

初めて東京ミレナリオを見に来たときは、
入り口を間違えて出口の有楽町方面から入ったのが正解で、
入り口の大手町方面から入ると二時間待ちであった記憶があった。
その経験を生かして、
それに足手間問いなカミさんを連れていることもあって、
出口側の有楽町から入った。
イルミネーションの真下を通ることは出来ないが、
脇の歩道を何の苦もなく歩き、存分に眺め写真を撮って、
カミさんも満足したので帰ることにした。

大手町方面の入り口側に近づくと、
「マイクでただ今入場するのに二時間待ちで~す!」とがなり立てている
「入場の最後尾はこちらで~す!」また、駅前の横断歩道も
「歩行者は、左側通行でお願いしま~す!」
信号待ちの人を左側に寄せている。
出口から入れば、楽々観て早く帰れるのに、と思いながら
家路についた。他のことでも、時々、逆からのほうが楽なことがある。

逆からで思い出した。

パズルの迷路も逆から入るとあっけなく解ける。
「迷路」のパズル製作者は、
入り口から出口に向かって
出来るだけ難しく作ろうとする心理が働くから、
入り口から入ると出口に到達するのは、
すこぶる難解である。

ところが、出口から入るとは思わないから、
出口から入ると難なく入り口に到着できる。
心理学の分野だろうか?

その昔、水戸の偕楽園に梅を見に行ったことがある。
金沢の兼六園に並んで、天下の名庭園といわれる。
偕楽園は水戸光圀が作った庭園ということで有名で、
梅の花を愛でたあとは、結実した梅の実を有効に使ったという、
黄門さまらしい発想である。
帰り道、思い立って、黄門さまが晩年を過ごしたという
西山荘を訪ねることにした。

これは常陸太田市にある。

車を降りて、西山荘と見事に書かれた扁額の掛かった瀟洒な門をくぐり、
綺麗に手入れされた山道をゆっくり進むと、
目当ての西山荘の建物がある。
中を見学できるが、実に狭い部屋の住まいで、
家来二人と起居を
共にして「大日本正史」を手がけたという。
黄門さまならではの、質素倹約が垣間見える。

その建物の前に心の字をかたどった小さな池がある。
建物側から見るのではなく、建物の反対側、
池の向こう側から見ると
「心」の字をした池である。

庭園の池には、
心の字をかたどった池、「心字の池」あるいは
「心字が池」といわれる池と、
池に蓬莱をあしらった池がある。
蓬莱とは、中国の伝説で
「東海にあって仙人の住む山」を指し、
その島を中央にあしらった池がある。
言ってみれば神仙が住むところ=極楽、
が表現された池である。
この蓬莱をあしらった庭園で、代表的なのが兼六園である。
この庭園には、鶴と亀があしらっており、
よくよく見ると、岸辺に鶴と亀が、
岩でかたどってある。
寺院に良くあり、特に京都にはこの庭園が
沢山見受けられる。

話がそれてしまったが、
もう一つの「心」の字をかたどった池も沢山あり、
枯山水なども、よくよく見れば、
「心」の字が描かれている。
これまた寺院の庭園にあるし、少し凝った和風の、
特に京都の旅館の中庭によく見受けられる。

西山荘にある「心字が池」は、
ずいぶん小さなものであるが、
説明によれば、黄門さまの光圀が、
人の心は裏側から見て始めて真実が判るものと、
「心」の字を逆に造らせたという。
建物から観て「心」と言う字が逆さまになっており、
池の向こう側から見ると「心」の字に見える。

漫遊された黄門様ならではの考慮である。
考えてみれば、衆人の「心」は天下の副将軍には、
なかなか本音を言うことが出来なかったろうから、
黄門さまは、
裏側からあえてご覧になる癖がついたに相違ない。

凡人の我々は、疑う心を持たず、
素直に心を見つめたいものである。






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