楽しんでこそ人生!ー「たった一度の人生 ほんとうに生かさなかったら人間生まれてきた甲斐がないじゃないか」山本有三

     ・日ごろ考えること
     ・日光奥州街道ひとり歩る記
     ・おくのほそ道を歩く

一日一善の効果ー芝生の雑草取り

2012年10月30日 09時38分10秒 | つれづれなるままに考えること



毎日散歩するスポーツの森公園の広場は芝生の小山がある。

この小山を取り巻いて、アスファルトの歩道があり、

その外側に遊具が転々と置いてある。

平行棒、鉄棒、背筋を鍛える反りのある板などが置いてある。

沢山の散歩人たちが、芝生を巡る歩道を歩き、

思い思いに鉄棒や平行棒を使う。

ボクは背筋腹筋を鍛えるために、板の上で背を伸ばし、

背筋と腹筋を鍛え、年寄りの下腹部のふくらみを押さえる訓練をしている。

いつも運動でお世話をかけているこの公園に、

少しは恩返しをしたいと、芝生の雑草取りを始めた。

一日10本の雑草を取ることにした。

一日10本は、一ヶ月で300本、

一年で3650本になると勝手に考えて始めた。


これをこなしておけば、生活のモットー「一日一善」は確保できるし、

芝生は綺麗になるし、運動公園にお世話になっているボクの恩返しにもなる。

これを始めた所、5日ほどたった頃、この雑草取りを公園の園丁さんが見つけて、

本来は私たちがしなければならないことを、

大変恐縮に思います、と言われてしまった。

翌日、いつものように雑草取りをしようとしたら、

一面の芝生に、雑草が生えていないのに気が付いた。

昨日の園丁さんが、手分けして草むしりをなさったに違いない。

この殺風景な東京にも、まだまだ心温まる人が沢山いることに、

心なごんだ。

それにしても、ボクの雑草取りが、

園丁さんに雑草取りを促したことは、大変な収穫であった。

これはこれで良いことだあるが、

ボクの目標「一日一善」を、改めて探さなければならないのだ。


ボクの一日一善は、毎日二善、三善と行っているから、

それほど気に掛けることでは無い。


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日光 二荒山神社(芭蕉の道を歩く 20)

2012年10月26日 11時01分32秒 | ひとり歩き旅
(二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)


(日光5)
二荒山神社の参道には、何基あるか分からないほど沢山の、
石灯籠が並んでいる。

奥には二荒山神社の山門が見え、
その扁額には「正一位勲一等日光大権現」とある。
さらに奥に二荒山神社の石の鳥居があり、
奥に荘厳な本殿が見える。

(参道に並ぶ石の灯籠)


(正一位の扁額がある山門)


(石の鳥居と奥に見える本殿)


本殿の左端に、「二荒霊泉」の案内看板がある。
要約すると、
「霊峰二荒山(男体山)はじめ日光山八峰に起因する霊水が、
古くから二つの霊水が湧き出している。
一つは本社背後の洞窟から出る「薬師の霊水」で眼疾に効能があり、
もう一つは別宮滝尾社の清流「酒の泉」で、この二つの清水を、
この地に導き「二荒霊水」と名づけた泉を築いて、
拝戴することとした。
老杉の聖域で御霊水をいただき、
二荒山大神の広大深重なるご神徳をお受けください。」とある。(二荒山神社)
(二荒霊泉の看板)


この案内の隣に石の鳥居があって、奥に泉がある。
泉の中に「若水」「酒の泉」「智恵の水」の立て札があり、
霊験あらたかな感じがする。
左方向に泉を出ると、酒屋があって悪縁消滅札もあったようであるが、
そこは通り越し、霊水の流れに沿って歩くと、
「悪縁の杖」と表示した案内がある。

(石の鳥居と霊泉)


(泉の中の立て札)


(良縁の杖の案内)


案内に沿って眺めると、霊水の流れの中に竹の輪があり、
悪縁を輪のなかで水に流すよう書いてある。
面白い企画で、カミサンと二人どんな悪縁があったのか知らないが、
二人で面白がって、とにかく悪縁を流す事にした。
置いてある杖で、輪の中をかき回して悪縁を流した。
(悪縁を流す輪)


二荒山神社の本殿前で、今度は人が輪をくぐり悪縁を断ち切る願いをする。
さすがにボクは遠慮しておいた。切る悪縁が無いから・・・

帰り際にお化け灯篭と言うものに出会ったが、
無信心のボクはさっさと通り過ぎた。
(悪縁退治のの輪くぐり)

(唐胴製灯篭)

(お化け灯篭ー銅製の灯籠)


隣に世界遺産の大黒殿があった、中に入ると大黒様が飾られており、
打ち出の小槌が何個か奉納されていたが、
この小槌にそれなりのご利益があったのか、
賽銭を投げればご利益に有りつけるのかもしれないと、
欲張った事をカミサンに話したら、
財布を取り出して、賽銭を投げていた。

冗談から駒が出るかもしれない。

(大黒殿)


(大黒様と打ち出の小槌)

(招き大黒様)


 (*)二荒山神社は早くから下野国-しもつけのくに-一の宮としてうやまわれ、
鎌倉時代以後は、関東の守り神として幕府、豪族の信仰をあつめた。
「二荒」は、別読みをすると「にこう」は日光につながる。

・霊泉の 冷たさしみる 二荒山   hide-san

(自分でも気に入った句はなかなかできないものだ。)
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世界遺産 日光山輪王寺(芭蕉の道を歩く19)

2012年10月23日 10時31分52秒 | ひとり歩き旅
(日光山輪王寺の黒門)


(日光4)
日光山輪王寺の黒門を入ると、
観光バスがずらりと並んだ駐車場で、
その隣に輪王寺の本堂 三仏堂があるが、
現在修復中で本堂の前に、垂れ幕が掛かっており、
本堂の養生シートの役割をしている。
東日本大震災には関係なく、
柱や梁の表面に痕跡を残さず、
部材の中心部を食い荒らす害虫による被害の修復を、
余儀なくされたとしている。

その垂れ幕には、在りし日の三仏堂の写真が載せられていて、
その前で、修学旅行で訪ねてきた中学生らしき人たちが、
階段に並び垂れ幕を背景に、写真を撮っていた。

写真を撮るに当って大勢の人たち全員が、
目をつぶらないよう、余所見をしないよう、
写真やさんが懸命に掛け声をかけている。

「それでは撮りますよ!!
一+一(いちたすいち)はいくつですか?」と声を掛けている。
「にー」と中学生が全員で答えると、シャッターを切る。
「そこの上の段の人、下向かないで~、
全員カメラを見てください。それではハイ!チーズ!」
と掛け声をかけて、もう一度シャッターを切る。
上手く撮れたのかどうか分からないが、
「ハイ!!もう一度!!」と三回目のシャッターを切っている。
写真も大勢いるとなかなか大変。
(本堂の三仏殿)

輪王寺の本堂(三仏堂)は日光山随一、東日本では最大の木造建築で、
正保二年(1645)に、三大将軍家光公によって建て替えられ、
今日までおよそ370年経っていると言う。

修復中の三仏堂の中を、沢山の中学生たちと一緒に見学して回る。
金色の三尊(千手観音、阿弥陀如来、釈迦如来)を見て、
外に出ようとしたら、
外国人の若い三人が「おみくじ」200円の前に立って、
財布からお金を出している。

おみくじを買って字を読めるのかしらと思い、
「日本語読めます?」と訊いたら、不思議そうな顔をしているので、
日本語が分からないのかと思い、英語で聞いたら、
「少し読めます」と日本語で返ってきた。
それではボクが心配する事もないと、その場を離れた。

(毘沙門天)


もし「読めません」と返事がきたら、
どうするつもりだったのか、自分でも分からない。
おみくじを見て、どう英語で話したらよいか、
後で考えてみると、なかなか良い英語が見つからない。
大吉、小吉、凶、などと出てきたら、
どのように話しただろうと、
散歩中に思い出して、一人で笑ってしまった。
周りの人は不審に思ったに違いない。

三仏堂を表から入り、裏へ抜けると相輪塔と護摩堂があり、
修学旅行の中学生が満員電車と同じ鮨詰め状態で集合していた。
人を掻き分け出ると、二荒山神社の参道であった。
(護摩堂)


・日光の 修学旅行 もみじ狩り   hide-san

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オジギソウの花

2012年10月21日 13時08分33秒 | つれづれなるままに考えること
(オジギソウ)


合歓の木は、気をつけていると、結構見ることができることを知った。

それがどうしたことか、オジギソウの花が、

ねむの花に良く似ているのを知った。

葉まで似ている。

(葉まで似ているねむの花)


(ねむの花に似ているオジギソウの花)


ご近所のかたが育てていらっしゃるオジギソウの花。

写真を撮らせていただいた。



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東照大権現(家康)のお墓(芭蕉の道を歩く 18)

2012年10月20日 11時30分05秒 | ひとり歩き旅

(徳川家康のお墓)


(日光3)
以前一度入った事のある東照大権現(徳川家康)のお墓に入る。
修学旅行生の男女が沢山、石の階段を昇っていく。
階段の一段一段の段差が高く大股でないと昇れない。
修学旅行の生徒たちは、鼻歌まじりで昇っていくが、
ボク達年配者には、かなりきつい。

その階段が何段もあり、
歩幅が違うためであろう、相当体力を失う。
途中で何度も休みながら、上って行く。
途中帰る人であろう下る人たちに出会う。

「おじさん、おじさん、階段は、まだこれから倍以上あるから、
無理をしないで諦めた方が良いよ」なんてひやかして行く。
ボクよりは若いが結構な大人が、年寄りを小ばかにして、
階段を降りていく。
本当は「じいさん、じいさん」と言いたかったに違いない。
「ふざけるな この餓鬼め!今にお前もこうなるんだ!」と
言い返してやりたかった。
ボクは、もうなのか、まだなのか、喜寿になった。

その昔、この階段を登ったとき、
上のほうに家康の石のお墓が、
石垣に囲まれてあった事しか思い出せない。
何の特徴も無い、しかし、偉大な人の、
石のお墓であったような気がする。

やっとの思いで来たので、家康のお墓に手を合わせ、
今度は階段を降りる。
昇る時に使ったためか、降りる時にはふくらはぎが痛くて、
脚がなかなか言う事を聴いてくれない。
ひざが笑うと言うが、ボクはまいにち8km程歩くからか、
膝が、がくっと折れるような事は無い。

それでも階段を降りて、出口に来た。
先ほど520円の入場料を払った所だ。
振り返ってみると、頭の上に見たことのある彫刻がある。
左甚五郎作といわれる、有名な「ねむり猫」であった。
入場料の520円はこの「ねむり猫」の彫刻の観覧料と思えば安いもの。
(眠り猫)

先ほど馬鹿にされた年寄りの体力を、
見事に克服して晴れ晴れとした気持ちであった。

・秋の陽に 階段のぼる 東照宮   hide-san


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