社会に溶け込めない“メンタル弱者”、精神科医が明かすコロナ禍が変えた意外な現状
2021/12/23 毎日
コロナ禍に翻弄され、メンタルへの影響を訴える声が大きくなっている。だが、YouTubeで病気にまつわる事柄を発信している精神科医・益田裕介医師は、意外にも「気持ちがラクになった人が増えている」と述べる。精神的な病気への偏見と理解、変わりつつあるその現状とは? コロナ禍・コロナ後への対応、さらに芸能人のメンタル問題の影響についても聞いた。
■精神的な病気は「軽症化している」? 偏見が減るものの批判も…その理由は
早稲田メンタルクリニックの益田裕介医師が開設しているYouTubeチャンネル『精神科医がこころの病気を解説するCh』。毎日20時から10分間のショートレチャーとして動画を配信し、さまざまな精神的な疾病について丁寧に解説。チャンネル登録者数は13万6000人を超え、大きな注目を集めている。
――YouTubeチャンネルを開設したきっかけは?
「クリニックで患者さんに病気の説明をする際、もともとは薬のことなどを含めて基本的な部分を印刷物で渡していたんです。そうすることで、説明を簡素化でき、より話を聞く時間を長くとることができるので。そのあとHPに同じものを載せたのですが、オリエンタルラジオの中田敦彦さんが『これからは動画の時代だ』と話しているのを聞いて。それまでアナログでやっていたことを、動画にしてみようと思いました」
――動画を始めて、心の病気に興味を持つ人は増えてきているという実感はありますか?
「数値として増えている感じはあります。以前アンケートを取ったのですが、半分ぐらいは通院中の患者さんで、残り半分がその家族や受診していない人。あとは同業者が1割ぐらいでした。動画を観てクリニックに来られる方がとても多いです」
――13万人という登録者数にはどんな印象をお持ちですか?
「精神科の患者さんは全国で400万人くらいと言われているので、そこまで大した数字ではないのかなと思います」
――精神科に通院する人は増えているのでしょうか?
「正確な数の把握は難しいところはありますが、精神科医の間では『病気が軽症化している』とは言われています。それは、早い段階で受診する人が確実に増えているから。なぜそうなっているかと言うと、偏見が減ったからだと思います。昔は『親族に精神科の患者がいたらお嫁に行けない』なんて言われていた時代もありましたからね」
――なぜ偏見が減ったのでしょうか?
「歴史的に偏見が減ったのではと思われる事象が、90年代にSSRIという抗うつ剤が出たことです。そのときに『うつ病は誰でもなる危険性がある病気なんだ』と広まりました。そのことで、良くも悪くもうつ病の患者さんを増やし過ぎたという批判もありましたが、結果的に偏見がなくなる大きなきっかけになったんです。さらに、こうした動画を配信し、病気を身近に感じる人が増えれば、より偏見がなくなっていくのかもしれません」
――2020年初頭から、世界的に新型コロナウイルスが感染拡大し、メンタル的にも厳しい状況になってしまう人が増えていると言われていますが。
「僕は、圧倒的に気持ちがラクになった人が増えていると思います」
――それはどういう部分で?
「うちのクリニックが開業したのが4年くらい前なのですが、当時は夕方の4時から夜の10時までが営業時間でした。なぜかと言うと、そのころは昼間に仕事を休んで受診するなんて許されていなかったから。それが3年ほど前から残業時間に対して、世間の目が厳しくなってきた。さらにコロナ禍でリモートワークになったりして、よりそういうしがらみが減ってきていると思いますね。心の負担も格段に減った人が多いのではないでしょうか」
――ではコロナ禍で、メンタルは安定してきた人の方が多くなってきたと?
「圧倒的にラクになった人が増えていると思います。もちろん人との交流が減って孤独を感じる人もいると思いますが、コロナ禍によって多様性がより認められるようにもなった。人というのは元来、多様な社会の方がラクなんです。いわゆる“総中流社会”みたいなものは、実はメンタルが弱い人にとっては苦痛で、いじめも生まれやすい。いろいろなところに小さい集団がたくさんある方が、居場所は見つけられやすいのです。精神科の患者さんは、圧倒的にマイノリティ側。社会に紛れることができる人は、患者さんにはなりませんから」
――ではコロナ禍が落ち着いてこれまでの社会が戻ってくると、気持ちがつらくなる人が増えていくのでしょうか?
「それはどうでしょうね。コロナ禍を経験して、より社会は多様化してきました。例えば、飲み会なども断る理由ができたと思うんですよね。労働時間の問題はあると思いますが、そこもやり方がいろいろあることも学べたと思います」
――コロナと言えば、マスクの問題もありました。若い人の間では、マスクをつける習慣に慣れて、外せなくなってしまったという話も聞きますが。
「それも、周囲が徐々にしなくなってきたら、多くの人は順応して外していくと思います。一部、醜形恐怖症のような感じになってしまっている人もいるかもしれませんが、よほどのことがない限り、それも時間の問題で元に戻ると思います」
――コロナ禍と関係しているかはわかりませんが、2021年は深田恭子さんや鈴木奈々さんなど芸能人の方が、メンタルの問題を公表される機会がありました。
「病気のことを周知する意味で影響力も大きいので、社会的にはとても意義のあることだと思いますし、偏見も減ると感じます。ただ、そのことでプライバシーを侵すようなことがあってはいけない。症状に関しても、直接診察をしていない人間があれこれと言うべきではないです」
――深田さんなどは復帰されてからも、「本当に大丈夫なの?」というような声も挙がっていました。
「人によって復帰のスピードが違いますから、そこも主治医の判断だと思います。ただ、一般的にはしっかり休むことは重要です。会社なども、3ヵ月休めばいいのか、半年なのか、それとも1年必要なのかがわかっていないと思うので、規定を作った方がいい。YouTubeでも『一般的な休職期間』という動画の再生数が伸びているので、興味がある部分なのかなと思います」
――会社側の規定を作るべきとのことですが、そもそもメンタル的なものに対して社会が変わってきたなという印象は受けますか?
「人事は優しくなってきていると思います。以前はなかなか休職なんてさせてもらえなかったですよね。でも今は周囲がサポートしてくれるし、同僚も味方になってくれるのではないでしょうか。しかし、中小企業や若い会社ではそういったノウハウがないので、そのあたりが今後の課題になるのではないでしょうか」
――確かにそうですね。
「現在では仕事が複雑化し、変化のスピードが速くなってきているので、適応できない人が増えてきている。だからこそ、先ほども話したように、多様性が大切になってくると思うのです。ダメな人がいてもいい、できないなら他の仕事をすればいい、という考え方になれば救いがあると思います。うつ病でも適応障害でも『絶対に復帰しなければいけない』という思いが、症状を長引かせてしまうことは多々あります。時間がかかるということを多くの人に知ってもらうことも大切だと思います」
――そういった病気に陥りやすい人の傾向はあるのでしょうか?
「発達障害のグレーゾーンに位置している人は、適応障害やうつに進行しやすい。また隠れ虐待を受けて半ネグレクト状態だった人、自分一人で頑張りすぎてしまうシングルマザー。コロナ禍による貧困なども原因になり得るので、しっかりサポートしていかなければいけないと思います」
――なにか様子が変だなと思ったときは、どう対応すれば?
「精神科ではそれぞれの状況をお聞きして診断書を書き、お金の問題があるなら生活保護を進めることぐらいしかできなません。特に貧困の問題はかなり根深いものがあり、病院ももちろんですが、周囲の人々、さらには行政などを含めて、しっかりとしたセーフティネットを作っていかないといけないと思います」