長時間労働の削減と、労働生産性の低さをリンクさせて議論することには、違和感があります。
大勢としては、労働生産性の低さを、長時間労働や違法残業で補っている、というのが今日的な解釈なのでしょうが、
長時間労働や違法残業の問題は、喫緊の課題であることを認めるものの、
反対に、小生は、日本、または多くの日本人の「生産性」は、「高い」と感じています。
そうでなければ、これまでの長期間にわたる、経済成長とそれによる日本の繁栄は、あり得ないでしょう。
例えば、以下に引用した黒田先生の論文に、「フランスは、米国をしのぐ労働生産性を実現させている」とありますが、
フランスは、米国をしのぐ産業競争力があるのでしょうか?
因みに、労働生産性が22位の日本より上位の国を、任意にあげてみましょう。
21位ギリシャ、20位イスラエル、19位アイスランド、18位英国、17位カナダ、16位スペイン、
14位オーストラリア、10位イタリア、7位フランス等々です。
この中のギリシャ、スペイン、イタリアは、EUの「お荷物同様」と言われていませんか?
以下の資料を参照してください。
労働生産性の国際比較 2016編版(日本生産性本部のHPより転載)
http://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2016.pdf
それよりも、小生は、労働生産性の定義が間違っているのでは、という疑問を持っています。
労働生産性とは、労働生産性=GDP/就業者数(または就業者数×労働時間)と定義されています。
どう云う訳か、専門家が語る労働生産性の議論には、「ギリシャ、スペイン、イタリア」は、登場しません。
G7の中で、日本の労働生産性は最も低いとかという理由で、労働生産性を高めろ、それには労働時間の削減だと。
単純に労働時間を削減して、現在のアウトプットを維持しろ、ということでしょうが、
これでは、日本の労働者の心身にわたる疲労は、ますます深刻になることでしょう。
的外れな思いでしょうか?長時間労働や違法残業は事実で重要な問題であり、早急に解決しなければなりませんが、
問題の根幹は、現時点の労働生産性の定義による労働生産性の向上とは、異質で別次元のような気がします。
因みに、典型的な議論を掲載します。なお、黒田先生の論文がおかしいとか、間違っているとか、という理由で
引用しているのではないことを、ご理解ください。
日本の働き方の課題(上)時間当たり生産性 上げよ
労働時間規制、シンプルに 黒田祥子 早稲田大学教授
2016/12/19付日本経済新聞 朝刊
「できるだけ早期に、現在のアメリカ、イギリスの水準を下回る」ように労働時間を着実に短縮する。こ
のフレーズは、今年政府が始動させた働き方改革で示された方針ではない。
実はこれは1987年に政府の審議会が建議した「構造調整の指針」(新前川リポート)で示されたものだ。
この方針が示されてから30年。労災認定件数は引き続き増加傾向にあり、新入社員の過労自死という悲しい事件も起きた。
働き方改革の目玉として掲げられた長時間労働是正を巡る論議は膠着状態が続いている。
どうすれば長時間労働社会を変えられるのか。
総務省の「社会生活基本調査」を用いた筆者の試算によれば、
フルタイム雇用者のうち、直近調査の2011年時点で通勤や休憩時間を除いて
平日1日当たり10時間以上働く労働者は男性で44%、女性も19%にのぼる。
平日1日当たり12時間以上働く超長時間労働者も趨勢的に増加傾向にあり、11年時点では男性で16%、女性で4.3%存在する。
これまで長時間労働と健康の関係については身体疾患への因果性を認める研究はあるものの、
メンタル疾患への影響については必ずしもコンセンサス(合意)が得られていなかった。
しかし山本勲・慶大教授と筆者が経済産業研究所のプロジェクトで実施した最近の研究では、
性格やメンタル面の強さといった労働者間の個体差や仕事内容の違いなどを統計的に制御したうえでも、
週当たり労働時間が50時間を超えるとメンタルヘルスが顕著に悪化する傾向となることが分かってきた。
これは英国公務員の追跡調査をしたフィンランドの研究者らによる研究成果とも整合的だ。
1日11時間以上あるいは週当たり55時間以上の長時間労働をしていた労働者は、
5~6年後の大うつ病発症リスクが高まることを示した。
また筆者らの別の研究によれば、長時間労働はメンタルヘルスを悪化させるにもかかわらず、
逆に週当たり55時間を超えるような長時間になると労働者の感じる「仕事満足度」は
増加する傾向があることも明らかになってきた。
行動経済学の研究では、人々には自身の健康に過剰な自信を持ってしまう傾向や、
現在の状態が将来も続くと考えるバイアス(ゆがみ)が存在する。
筆者らの研究結果は、人々がこうした認知のゆがみを持っていることにより「自分は大丈夫」と
自身の健康を過信して無理をしてしまい、長時間労働になりやすい傾向にあることを示唆している。
一方、健康確保のための長時間労働是正については、必要性を理解する人は多いが、
法規制の強化という形での是正に対しては慎重な意見も多い。
慎重派の懸念の一つは、長時間労働是正が経済成長を阻害するという点にある。
長時間労働の是正は生産性を低下させるのだろうか。
図は、各年の米国を100とした時の各国の時間当たり労働生産性を過去40年間の時系列で示したものだ。
長時間労働を続けてきた日本は90年代以降、米国の6割程度の時間当たり生産性をどうにか保っているのに対して、
70年代以降時短を推進したフランスやドイツは徐々に生産性を上げ、90年代には米国をしのぐ労働生産性を実現させている。
各国間の生産性の違いは、長時間労働という形のインプット(投入)の追加は
疲労などによる限界生産性の低下を通じてむしろ効率性を低下させるという、海外の複数の最新研究とも整合的だ。
これまでの日本は「おもてなし」の精神に裏付けられた高品質・高サービスを売りとし、
長時間労働で対応することで高い経済成長を実現してきたと考えられてきた。
しかし数値的には日本の生産性は低い。おもてなしを細部に行き届かせることにとらわれすぎて、
その価値を消費者に納得させて高い値段で買ってもらうということに注力してこなかった結果といえる。
長時間労働是正は、高い価格が付かない非効率なおもてなしをなくし、
時間当たりの生産性を上げていくきっかけと位置付けるべきだ。
現在の日本はおもてなしの過当競争が隅々にまで浸透している。
個々人や個別企業は「ここまでやる必要があるのだろうか」と感じても、長時間労働が常態化する中で、
自分だけやめることは難しい。さらなるおもてなしの競争も起き、誰も望まない長時間労働社会が固定化してしまう。
このように個々の行動が他者にも影響を与え、社会全体で悪い帰結に陥ってしまうことを経済学では「市場の失敗」と呼ぶ。
長時間労働是正を巡っては、法規制の強化ではなく、産業・職種別の事情を考慮して労使の交渉に委ねるべきだとの意見もある。
だが同業他社に顧客を奪われるという危機感がある中では長時間労働に労働者側も強く反対できない。
また企業側がいくら長時間労働是正の旗振りをしても、顧客からの要望には対応せざるを得ないという現場の事情もある。
このように過当競争による市場の失敗が起きている状況では、市場に委ねた解決策は有効ではなく、
労働時間の総量規制といったマクロレベルのルールの整備が不可欠となる。
現行の労働時間に関する数量規制は「法定労働時間+三六協定(法定労働時間を超える労働に関する労使協定)
+特別条項付き協定」という非常に分かりにくい3階建ての構造になっている。
厚生労働省の「労働時間等総合実態調査」によれば、日本の事業場の約4分の1は三六協定の存在自体を認識しておらず、
現行の上限規制が十分に機能していないことが分かる。
他の法規制との矛盾も存在している。
例えば三六協定では月当たり45時間が所定外の上限となっているのに、
現行の労働基準法では月の時間外労働60時間以上に対して50%以上の割増賃金を支払うことを義務付けている。
また1カ月80時間の時間外労働は「過労死ライン」とされているが、労基法では過労死の認定基準を超える時間外労働が、
特別条項付き協定を結ぶことにより法的に認められるという状況になっている。
なお健康確保については、別途労働安全衛生法が存在するが、同法は個人のプライバシーを尊重しているため、
健康確保は限定的とならざるを得ない。
こうした複雑な建て増し構造や矛盾を抱える法規制を整理し、業種や職種にかかわらず
大きな傘の中にできるだけ多くの労働者を包含するようなシンプルで分かりやすいルールの整備が重要だ。
企業版の国勢調査「経済センサス」によれば、現在日本には約580万の事業所が存在する。
労働基準監督署がフル稼働したとしても、全事業所に監督指導に入ることは不可能だ。
シンプルな法制度の整備は、国民自身による法令違反企業への監視力を強化することにもつながる。
もちろんマクロレベルのルールの整備は長時間労働是正の十分条件ではない。
上限を設けるだけでは、サービス残業がさらに増えるという帰結につながる可能性もある。
働き方改革で最終的に追求すべきは生産性の向上だ。
市場の失敗を是正するためにマクロレベルで最低限のルールを整えつつ、
企業、職場、個人それぞれのレベルで時間当たり生産性を上げていく取り組みを併せて講じる必要がある。
30年後の日本で、長時間労働を巡り現在と同じ議論をしていることがないよう、
働き方改革は今、しっかりと進めていかなければならない。
くろだ・さちこ氏 71年生まれ。慶大経卒、日銀へ。慶大博士(商学)。専門は労働経済学