◆ちゃんとしゃべれ!治納由気(はるなゆき)◆

変な日本語、敬語もどき、崩れていく日本語、そして、正しい日本語とハムスター。

大物俳優も「並び替える」かぁ。

2011-05-01 09:16:11 | 電子書籍(でじたる書房)
                                 ABC、はいっ

 邦画はもちろん、ハリウッド映画にも出るような俳優がCMで「肩書きで人を並び替えるなんて」と言っているのを聞いてがっかり。CMですから毎日繰り返されるわけで、聞くたびにため息が出ます。渡辺謙さん、英語力が上がっても、日本語力が落ちたら何にもならないじゃないのっ<(`^´)> これでまた誤りを誤りだと思わなくなる人がどっか~んと増えるな。あほな芸人が言うよりずっとインパクトがありますからねぇ。
 あるとき、職場で雑談をしていてたまたま「並び替え」に触れたら、それを聞いていた人が「そんなの意識したことない」と言いました。ま、いいですよ、分かったら直せばいいだけのこと。でも、その人は、その後もずっと「並び替え」と言っています。また、後日、人名の読み方について話したら、「そんなことどうでもいい」だって。これはちょっとねぇ・・・、「並び替え」とは訳が違いますから・・・(-_-;)。
 多くの日本人がこの人と同じ、だから日本語は崩れる一方なのだと、それは分かっているのですが・・・。私は変な日本語アレルギーです。何それ?とお思いになったかたは2007年4月17日投稿、「ストレスと闘いながら」カテゴリーの「変な日本語アレルギーとは何ぞや」という記事をご覧ください。先日もやはりアレルギーなんだということを実感しました。ネット上の文章中に「○○ゎ△△」と書いてあるのを見た瞬間、ワッと叫んでそのページを反射的に閉じました。「は」ではなく「ゎ」・・・残念です。
 変な日本語アレルギーになって、ちょっとでも何とかしたいなぁと思って電子書籍を作ったのですが、こんなものはないも同然です( ← 相当落ち込んでる (-_-; )。自分が知っている範囲の日本語で十分だ、正しいかどうかなんて関係ない、そういう人が圧倒的に多いのです。このブログを読んでらっしゃるかたも、日ごろそうお感じになっているのではありませんか。
 今、リーマンショックからの長い長い不況や震災の影響で放送業界も大変なようです。予算がないから番組作りもコスト削減、過去に放送したネタで何とかやり繰り、VTRの使い回し、だから、見たことがあるものばっかり。ニュースだって同じものを何度も何度も見るでしょう? それは当然だって? そう、当然なんですが・・・。
 夜のニュースで「会社を再建させるのに必要なもの」というナレーションとテロップがあって、翌朝の「モーニングバード」で全く同じ繰り返し、やはり「会社を再建させるのに必要なもの」です。自分の会社をだれに「再建させる」のでしょうかねぇ( ̄д ̄)! 正しくは「会社を再建するのに必要なもの」です。
 だれも誤りに気づかず、たとえ気づいても直さない(直らない)。そんな手間はかけられないという事情もあるとは思いますが、「どうでもいい」という人がほとんどなら直す必要はないし、大企業でも日本語の正誤なんて考えないのですから、ディレクターが正しい日本語で原稿を書くよう心掛けるなんてことはありません。「雰囲気伝わりゃいんじゃね?」とか言ってそう(ーー;)。一体どうしたらいいんだぁ~o( ̄д ̄)o
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電子書籍って?

2010-12-01 21:23:44 | 電子書籍(でじたる書房)
                                   新しいねぇ
 このごろ「電子書籍」という言葉をよく耳にしますが、どうやら電子書籍にもいろいろあるようです。専用端末で読むものと、パソコンや携帯で読むものなのですが、よほどの読書家ならともかく、私は専用端末を持ち歩くほどではありませんからね、それに、本当に詳しく調べたいときはやはり図書館に行きますから、図書館にはない、必要な書籍だけをパソコンで、ということになりそうです。
 大体、これまで、パソコンを外に持ち出す、持ち歩くなんて考えたこともありませんでした。でも、どんどん薄く軽くなってきて、持ち歩くパソコンというのも考えようかと思うこのごろです。iPhoneだとさらに小さいわけで、ネットで検索とか、ダウンロードとか、できるんでしょ? ←実はなぁ~んにも知らない~(~_~;ゞ 携帯電話すらほとんど使わないんですからぁ。
 でじたる書房の電子書籍はパソコンで読むものであり、専用端末を必要としません。自宅のデスクトップにダウンロードしたら、それを外に持ち出すことはできませんが、ノートパソコンだったら持ち歩けますね。一度購入した電子書籍は、デスクトップだけではなく、モバイル機器があれば、購入履歴からそれにもダウンロードできるようです。←実をいうと、ダウンロードがどうだとかこうだとか関心がなく、全然知りませんでした。持ち歩くということを考え始め、それで最近になってたまたま知ったのです。もちろん、2度目以降のダウンロードにお金はかかりません。
 会社勤めで忙しく、休日に図書館へ行くのも会社の仕事のためというのがほとんどで、いわゆる「読書」とは違うのですが(ーー;)、なぜ「本」なのかというと、ネットで調べてもやはり限界があるからです。範囲の限界、深さの限界、正しさの限界、必死に調べてもすぐに限界に突き当たります。そういうときに図書館に行くとあっさりニーズにぴったりのものが見付かるんですよ。
 ネット検索ばかりではだめだなぁ、じゃぁどうすればいいんだろうか、やっぱり本だよね、でも、紙の本はかさばるから買いたくない、そうなると電子書籍だ、何かいいものないかなぁ~というわけ。ですから、電子書籍とそれを読む手段について、これからもうちょっと関心を持ってあれこれ検討しようと思います。
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まん延した「東京が選ばれずに」。

2009-11-01 10:40:41 | 電子書籍(でじたる書房)
                      そんな真剣に怒らなくても・・・
 「東京が選ばれず」と言うべきところで「東京が選ばれずに」と言ってしまう誤り、この変な「~ずに」は小倉さんのせいではないか・・・いや、ずぇ~ったい小倉さんのせいですよぉ( ̄ ̄) 私が変な「~ずに」に気づいたとき、いつも必ず「~ずに」と言うのが小倉さんでした。「~ずに」の後に言葉が続くときも続かないときも、とにかく全て「~ずに」です。
 変な「~ずに」はだんだん若い人の間で広がってきて、このごろはしっかりしたアナウンサー以外は変な「~ずに」なのですからねぇ、小倉さんの罪は重いですよ。いわゆるメインキャスタークラスの人たちはさすがにそんな変な言い方はしませんが、あ、いや、う~ん、たまにいるかな・・・、メインキャスタークラスの人たちのほとんどはさすがにそんな変な言い方はしませんが、中継先にいる記者や若いアナウンサー、ディレクター、そういう人たちの多くは変な「~ずに」です。
 「~ずに」については、2007年2月19日、11月14日、その後も何度か書いていますが、先日、オリンピックの候補地として東京が選ばれなかったという報道で立て続けに「座れずに立っている人たち」「東京は残念ながら選ばれずに」「東京が選ばれずに本当に残念でした」というのを聞かされ、変な「~ずに」がすっかりまん延していることを改めて実感しました。
 CMを見れば、一般人の男性が「人目を気にしなくて何でもできたり」という「~ずに」と関係の深い変な表現をするし、しまいには小学生が「一酸化炭素を出さずにいいと思います」なんて言うし、目の前が真っ暗になりました。どちらも、日本人とは思えないぐらい「日本語」になっていません。
 関係の深い変な表現といえば、笠井アナが「そんな真剣に怒らないでも・・・」と小倉さんに向かって言いました。なんとまぁ情けない! 情けないにも程がある! すっかりスーパースプレッダー小倉にやられてしまっているではありませんか。変な日本語に感染してしまった笠井アナがスーパースプレッダーになる日も近いですね。ん? もうなってるか( ̄д ̄)
 変な日本語があふれていることに気づいていますか? アナウンサーはお手本? いいえ、とんでもない、お手本のはずが誤りだらけ、ということに気づいていますか? 皆さんも気をつけないと知らぬ間に感染してしまいますよ。『ちゃんとしゃべれ!』-スーパースプレッダーに気をつけて-は、でじたる書房の‘ パソコンで読む電子書籍 ’です。
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名指し、しかたないでしょ?

2009-07-01 20:29:34 | 電子書籍(でじたる書房)
                      あくまでも遊び友達
 小倉さんが「白髪が染める・・・・・染まる」と言い直すまでにかかった時間、約3秒・・・長い! 言い直さない人も多いので言い直しただけましですけど、あ~だめだめ、だめなほうを基準にしたら何でも「まし」になってしまいますぅ~。キャスターがスーパースプレッダーだと、ほかのアナウンサーやリポーター、ナレーター、テロップ入力作業者、ディレクター、みんなだめになりますからね。そうだ、思い出しましたよ、2007年12月8日の記事でこんなことを書いていました。
 朝の情報番組で、メインキャスターが「どの程度の関係にあったかどうか」「どれだけ分かっているのかどうか」と立て続けに言い、その後、別の人が「どこまで車を乗り入れたのかどうか」と言いました。今うつったのか、すでにうつってしまっていたのか、う~~~ん( ̄н ̄)。続けて言うということは、そのときたまたまミスったのではなく、そのような言い方をふだんからしているということですね。そして、それを変だと指摘する人は周りにだれもいないということで、すでに感染が広がっているのでしょう。9月20日に「どこまで許されるかどうか」について書きましたが、こんなスーパースプレッダーがいたのですね、いやはや、困ったことです。
 もうお分かりですね、このときは名前を出していませんが、このメインキャスターとは小倉さんのことです。つい先日もこんなことがありました。ある放火事件について若いアナウンサーが報告、「民家が全焼、住人の男性は軽傷、娘は重傷、奥さんは行方不明、放火した犯人は、自身も火傷を負って警察に出頭、犯人は行方不明になっている奥さんの同僚である」ということで、小倉さんが「同僚以外の関係しか分かってないんですか」と質問し、「同僚以外の関係しか分かってないんですね」と答えました。
 放火犯と奥さんは職場の同僚だが、それ以上の深い関係があったのかどうか、そこまではまだ分かっていないということなのですが、それを正しい日本語で表現すると、「同僚であるということしか分かってないんですか」「はい、それ以外の関係があったかどうかは分かってないんです」となります。だいぶ違うでしょう?
 まぁ、そういうこともあるさ、なんて気軽に受け止めないでくださいね、しゃべりのプロのくせにこういうあほなやり取りをちょいちょいやっているのですから、その影響はとても大きいのです。天気予報担当の人は「雲がかかり続けています」なんて言うし、ナレーターは、どう見ても拡大しているのは溝なのに「被害は拡大している」なんて言うし、あ、「きら、ぼし」もそうだ。「押しも押されぬ」もまた言ったし、言い間違いでないことは確実です( ̄д ̄)ダラケ!
 変な日本語があふれていることに気づいていますか? お手本のはずが誤りだらけということに気づいていますか? 皆さんも気をつけないと知らぬ間に感染してしまいますよ。『ちゃんとしゃべれ!』-スーパースプレッダーに気をつけて-は、専用端末で読むのではなく、でじたる書房の‘パソコンで読む電子書籍’です。
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「読むに耐えられるもの」って?

2009-04-01 20:33:41 | 電子書籍(でじたる書房)
                        出たっ!
 はい、今日も重複の例です。でも、これはちょっと複雑ですよ。「読むに耐えられるものでないと」・・・ですよ、・・・どうですか? 最近は漢字の使い分けということをよく聞くようになったので、「耐」は間違いだとすぐに分かったかたも多いと思いますが、そうですね、まず、「耐える」ではなく「堪える」です。
 「読むに堪える」の意味は「読むだけの値打ちがある」、つまり、最後まで読めるものだということです。「読める」ですよ、あまりにもつまらなくて途中で読むのが嫌になって放り出してしまう、少なくともそんなものではない、ちゃんと最後まで読めるということです。意味が「読める」なのですから、「たえられる」ではなく「たえる」、正しくは「読むに堪えるものでないと」です。
 「読むに堪えない」ものは、読むだけの値打ちがない、そんなものを最後まで読むなんて苦痛だ、時間の無駄だ、それを我慢して最後まで読むなんて嫌だ、そんなこと、私には耐えられない、ということなら「耐えられない」ですけれど、どうにかこうにか耐えられる、何とか我慢して読むことはできそうなもの、あぁ、そういう意味か・・・( ̄ー ̄)ニシシ。
 耳に入る、目に入る、そして、あなたが話している日本語がおかしいことに気づいていますか? 『ちゃんとしゃべれ!』-スーパースプレッダーに気をつけて-は、専用端末で読むのではなく、あなたがいつも使っていらっしゃるコンピューター、つまり、パソコンで読む電子書籍です。読むに堪えるものかどうかは・・・まぁ読んでみてください(⌒・⌒)。

 これよりしばらく更新を休みます。再開は・・・多分、4月下旬・・・あるいは5月・・・すみません、再開したらまた見に来てくださいね、お願いします。
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パソコンで読む電子書籍ですよ。

2009-03-01 10:14:09 | 電子書籍(でじたる書房)
                      こっちは表? 裏?
 あるとき、料理番組にて。まず、お皿に塩・胡椒を敷き、その上にステーキ肉を置き、上になっている面に塩・胡椒する、それで肉の両面に塩・胡椒したことになるわけですが、そのときアシスタントの女性が言った「時間の短縮になりますね」に違和感を覚えました。なぁんか違うよねぇ~?
 肉は、最初、別の皿に置かれていました。ここで上の面に塩・胡椒し、引っ繰り返して下になっていた面にも塩・胡椒する、このほうが時間はかからないと思いますよ。それなのに、わざわざ別の皿に塩・胡椒を敷いて肉を移し、下の面はこれでOK、上の面にだけ塩・胡椒、ですか? それで「時間の短縮になりますね」はちょっと違うでしょう。洗う皿が1枚増えただけじゃないですか?
 それから、これはたしか・・・NHKで・・・、屋外でランニングしながらシャツにアイロンをかける、それを紹介する人が「一見、普通のアイロンがけに見えますが」と言うのですが、普通じゃないですよ! アングルを工夫して一見普通という絵から入るならまだしも、見た瞬間おかしいと思うのに「一見、普通の」と言うのは幾ら何でも無理。そんなこと言うなんて変ですよ、一見、普通のアナウンサーなのに。
 またまた小林アナ、敬語をしゃべれないだけではなかったのですね。あるお店のドーナツのことを紹介する中で「なめらかながらもあっさりと軽い味わいが楽しめるんです」なんて言いましたよ。はて? 「なめらか」と「あっさり」を同時に実現することは難しいことなのでしょうか?
 昨夜放送の情報バラエティー番組にて。塾に通って一生懸命勉強する女の子にインタビュー、その子は、将来の希望を聞かれ、「芸能人になって、役者とかで頑張って、お金持ちになって、お母さんに親孝行させたい」と答えました。このブログでも、「する」「させる」「される」「させられる」についてときどき書いていますが、変な「させる」がここまで浸透しているのかと・・・唖然としてしまいました。
 変な日本語があふれていることに気づいていますか? 『ちゃんとしゃべれ!』-スーパースプレッダーに気をつけて-は、専用端末で読むのではなく、パソコンで読む電子書籍です。
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敬語の難しさって?

2009-02-01 09:44:26 | 電子書籍(でじたる書房)
                       電子書籍だよん
 私は「○○をやられる」が尊敬表現であるとは思っていません。だれが何と言おうと認めませんよぉ。『ちゃんとしゃべれ!』で整理したように敬語の基本はとても簡単ですが、敬語にふさわしい言葉、敬語にならない言葉、それぞれの敬語の形に合う言葉、合わない言葉があるのです。それを選ぶセンスはやはり時間をかけて磨かなければならず、難しいのはそこなのです。
 必要な言葉を知っている、合うか合わないか区別できる、衣装選びにたとえれば服や小物類とそれをコーディネートするセンスですから、パーティーならこう、仕事ならこう、遊びならこう、そういう基本を知らないのは問題外、基本を知らなければセンスを磨こうにも磨きようがありません。世の中でいわれる「敬語は難しい」というのと私の言う「難しい」とは、ポイントがちょっと違います。敬語の分類だの形だの、そんなものは難しくも何ともありません。決まりきったことですから、分かりやすく整理して書いてあるものを読めばいい、それだけのことです(⌒・⌒)v。
 最初に敬語の基本をきちんと整理してしまわないと後が大変なのですよね。昔は、家庭で、あるいは学校で、しつけの一環として敬語教育も自然に行われていたのでしょうか、古い映画を見ると家でも敬語ですね。私は簡単な謙譲表現を習っただけですから、「お父様は承知してらしたのね」みたいなセリフには正直いってびっくりです。学校で敬語を習ったという記憶はかすかにありますが、ふだん使わないからすぐに忘れました(^^;)エヘヘ。
 その割にこのブログで敬語について語っているじゃないかって? 何のことはない、一生懸命自分で調べて考えて『ちゃんとしゃべれ!』の中で整理したからこそ、あれは正しい、あれは間違っている、そういう判断ができるようになったのです。「判断ができる」ですよ、「すらすら話せる」とは、まだ言えません。10年近くほとんど他人と会話しない生活で、話を聞くだけでしたからね。いや、今思えば、それがかえってよかったのかも。正誤を考える暇もなく敬語っぽいしゃべり方でごまかす、それがすっかり脳にしみ込んでしまう、そういった事態は避けられたのですから。
 今は他人と会話する機会が増え、なるべく敬語らしい敬語で会話するように意識していますが、幸い、敬語の形はもう分かっていますから、その点は楽です。あとは実践あるのみ! じっくり考えて文章を書くのとは違い、会話では瞬間的に言葉を選んで組み立てないといけませんから、正しい形ぐらいは知っておきたいですよね。基本を知らなければ要らぬ苦労をします。
 でもね、敬語を話すのに最も必要なのは何か・・・、当たり前ですが、やはり敬意です。そして、だらっとしていたら敬語は出てこないわけで、気持ちがしゃんとしていないといけないのですよ。世の中には、気持ちはしゃんとしているのに、正しい敬語の形を知らないがためにみっともない言葉遣いになっている人が大勢います。これは何とも残念至極。日本人なんだから今更・・・なんて思わないで基本を勉強しましょう。あ、そうだ、放送で正しい敬語を聞けることは少ないですから、お手本にしてはだめですよ。
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電子書籍『ちゃんとしゃべれ!』でじたる書房。

2008-10-01 20:31:46 | 電子書籍(でじたる書房)
                        マジっす
 6月に『ちゃんとしゃべれ!』-スーパースプレッダーに気をつけて- というタイトルの電子書籍をでじたる書房から出しました。でじたる書房 http://www.digbook.jp  「でじたる書房」で検索すれば出てきます。『ちゃんとしゃべれ!』のカテゴリーは「教養」の「一般教養・雑学」・・・本当は「教養」なんてのんきなことは言っていられないのですが、ほかに適当なカテゴリーがないのでしかたありません。著者名は治納由気(はるなゆき)で、ブログのハンドル=ペンネームというわけです。
 「スーパースプレッダー」については2007年10月22日の記事の中で書きましたが、「強力に感染者を増やす患者」という意味です。アナウンサー、キャスター、ナレーター、リポーター、俳優、タレント、その原稿や脚本を書く人たち、放送の現場にいる人たち、広告を制作する業界の人たちなど、言葉を操るプロが正しい日本語を知らず、私たちは、毎日、変な日本語を聞かされ、感染してしまっている、耳から入ってくるその誤った日本語をそのまま受け止め、誤りであることに気づかずに自分も口にしてしまっている、というのが現状です。意識して変な日本語を広めている人たちも中にはいるようですが、ほとんどの人は自分が「患者」であることを自覚していない「患者」です。
 誤った日本語を話している、そのことに気づいて、意識して、変な日本語を少しでも修正してほしいのです。特に、敬語については、何のために尊敬語だの謙譲語ⅠだのⅡだのという分類があるのかというところから基本をまとめて書きました。実に簡単なことで、それが分かってしまえば敬語なんてどうってことはないのです。だから、コールセンターの外国人はきちんと敬語を話すことができるんですね。(⌒o⌒)オホホ
 「でじブックリーダー」というのをダウンロードして電子書籍を読むのですが、紙面は真っ白ではなく薄いグレーですから読みやすいですよ。もちろん、電子書籍ですから、検索もできます。画面の下端にある水色の線をクリックすると、クリックした辺りのページが開いて、各ページの端にある△印をクリックすると1枚めくれる、というわけで、紙の本に近い感覚で読めて面白いですよ。
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でじたる書房から『ちゃんとしゃべれ!』。

2008-06-14 12:06:03 | 電子書籍(でじたる書房)
                   今日のテキストはこれですね
 電子書籍『ちゃんとしゃべれ!』-スーパースプレッダーに気をつけて- をでじたる書房から出しました。でじたる書房は http://www.digbook.jp ですが、「でじたる書房」で検索すれば出てきますよ。カテゴリーは「教養」の「一般教養・雑学」、本当は「教養」なんてのんきなことは言っていられないのですが、ほかにないので。著者名は治納由気(はるなゆき)です。
 スーパースプレッダーについては前に書いたことがありますが、話すことそのものを職業にしている人たち、アナウンサー、キャスター、ナレーター、リポーター、俳優、タレント、その原稿や脚本を書く人たち、放送の現場にいる人たち、広告を制作する業界の人たちなど、言葉を操るプロが正しい日本語を知らず、私たちは、毎日、変な日本語を聞かされ、感染してしまっている、耳から入ってくるその誤った日本語をそのまま受け止め、誤りであることに気づかずに自分も口にしてしまっている、というのが現状です。
 そのことを意識するのとしないのとでは結果に大きな差が出ますから、気づいて、意識して、変な日本語を少しでも修正してほしいのです。特に敬語については、何のために尊敬語だの謙譲語ⅠだのⅡだのという分類があるのかというところから基本をまとめて書きました。それが分かってしまえば実に簡単なことなのです。
 「でじブックリーダー」というのをダウンロードして電子書籍を読むのですが、紙面は真っ白ではなく薄いグレーです。もちろん、電子書籍ですから、検索もできます。下端にある水色の線をクリックすると、クリックした辺りのページが開いて、各ページの端にある△印をクリックすると1枚めくれる、というわけで、紙の本っぽい感覚で読めて面白いですよ。v(^^)v
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変な日本語と日本人の心。

2007-12-28 20:06:21 | 電子書籍(でじたる書房)
                       よいお年を
 私はたまたま変な日本語アレルギーを発症してしまいましたが、毎日テレビから流れてくる日本語がかなり変なのですから、私のように毎日毎日変な日本語を修正させられるということでもないかぎり、変な日本語に徐々に慣れていってやがて変だとは思わなくなりますね。日本語をテーマにしたテレビ番組でもたまにあれこれ言っていますが、そんなものはレベル高すぎ! 実際はもっとひどいことになっています。アナウンサーやキャスター、ナレーターといった、人前で話す職業の人たちも自分が間違った日本語を話していることに全く気づいていないのですから、恐らく、チェックして省みる時間もないのでしょう。だからいつまでも直らないのです。
 自分の話している言葉が正しいか正しくないかを気にしている人は、はっきり間違いだと分かれば自分で修正することができますが、うやむやのまま間違いばかりを聞かされているとだんだん慣れていき、いつの間にか間違いのほうに引っ張られていってしまいます。もちろん、徐々に変化していく言葉もありますが、「変化」と「乱れ」は違います。より便利に分かりやすく、時代に合わせて変化していくならともかく、そうではないもの、あっという間に広がって大勢の人が使うようになっても誤りは誤り、これでは誤解が生まれるよ、困るなぁ、というものがたくさんあります。そして、変な日本語によって心を失うということと、逆に、心を失っているから日本語が変になるということと、両方あります。
 正しいか間違っているか分からない、さらに進んで、間違いなのではないかと感じることさえできない、そして、そのまま流されていく、細い流れが集まってやがて大きな流れになり、崩れていってしまう日本語、それをただ見詰めるだけの毎日ですが、今、電子書籍『ちゃんとしゃべれ!』を書き直しています。ささやかな抵抗・・・といったところでしょうか。本当は、そのつど自分で調べて正しい日本語を確認すればいいのですが、これはなかなかできないことです。私は仕事の中でそういう作業を即座にすることができたから正しい日本語をある程度整理することができたのですが、皆さんも、「ん? なんか変だなぁ」と思ったら、その疑問を忘れないで、できるだけ確かめてくださいね。
 12月29日から1月3日まで、更新を休みます。皆様が、仕事も心配事も何とか片付けて、日常とは違う何かを感じ、エネルギーを蓄える、そんな素晴らしいお正月をお過ごしになれますよう心からお祈りいたします。
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若者言葉は文化?

2007-12-01 20:43:17 | 電子書籍(でじたる書房)
                    決して食べられないはむ鍋
 日本語は、文末まで聞かないとはっきりした意図が分からないという特徴を持っていますが、文法にのっとり、副詞や助詞を正しく使って話していれば、後に続く言葉をある程度予測することができ、言葉はすんなり脳みそに伝わっていきます。でも、そういう分かりやすい日本語で話す人はあまり多くないというのが現状です。
 例えば、「決して」と言えば「~ない」と続くに決まっていて、「決してそんなこと・・・」と尻すぼみになって最後の言葉が聞こえなくても、「そんなことはありません」と言ったのだろうと推測できます。でも、残念ながら、ほとんどの人は言葉のルールを逸脱しているため、予測した言葉が続いて出てくるとはかぎらず、思いも寄らない言葉が出てきたりするのです( °д °)。
 「あまり多くない」と言うと思ったら「あまり少ない」、これ、意外に多いのですよ。「○○氏は依然危篤状態が続いている」と言うかと思ったら「○○氏は依然小康状態が続いている」って・・・、う~ん、「○○氏は小康状態を保っている」というのが自然な言い方ですよね。「Aさんを来ていただいて」「ランチを誘うメール」など、正しい助詞を使えない日本人が箸をちゃんと使えない日本人と同じくらい増えていますが、どうですか、自然な言い方、できていますか?
 誤った表現を繰り返し聞かされ、慣れて、いつの間にか多くの人が誤った表現をするようになり、どんどん広がっていく・・・、結局、誤りであると認識されず、正しい表現は駆逐されてしまいます。変な日本語を変だと思っていない人のほうが多いので、間違っていると言われてもピンと来ないのでしょうか。間違えて覚えてしまい、それを後から修正するのは大変なことなので、何でも「若者言葉は文化だ」で済ませないで、若い人にこそふだんから正しい日本語を話してもらいたいと思うのですが・・・( ̄н ̄)。
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言葉をどう認識するか、大きすぎるテレビの影響。

2007-11-01 19:35:42 | 電子書籍(でじたる書房)
                       ハムやーん
 単語や慣用句の意味、文法、決まった言い回し、それらを正しく認識するか間違って認識するかということには偶然の要素がかなり入るのではないでしょうか。家族構成とか、親の言葉遣いとか、テレビをよく見たとか見なかったとか、いろいろな偶然があります。もちろん、学校で習うようなものは偶然というより必然、ばらばらでは困りますが、それさえも、教科書に載っていることは全員が正しく認識しているかというと、現実は、そうではありませんよね。病気やけがで長期間休んだから習っていないとか、教室にいても授業は聞いていないとか、正しく認識する機会を逃してしまったということはみんなあるはずですし、何かの拍子で間違って認識してそのまま覚えてしまったということもあります。
 いろいろ間違って覚えているということに気づく機会があって、直そうと真剣に思い、自分で確認して正しいものを覚える、これができれば幸いです。そうしないと、またどこかで恥をかきますからね。直せば一時の恥、知らずに過ごして直さなければ一生の恥。恥をかいて、その後どうするかというのは大事なことですが、まず、知る機会があるかないか、これもやはり偶然なのでしょうね。このブログを読んでいる皆さんも、なぜ読んでいるかというと、偶然ですよね(^0^)/ ヤッホー。
 以上、8月1日に書いた文章なのですが、先日、あるテレビ番組で、「どうか息子をお殺しにならないで」「今もあなたをお愛ししている私のために」というセリフを聞き、偶然なんて言っていていいのだろうかと疑問に思いました。影響力の大きさを考えない放送業界のひどい日本語は毎日毎日人々の耳に入っているのですから、おまけに、一般人よりもしっかり日本語教育を受けているはずの職業の人たちもろくな日本語をしゃべっていないのですから、自然な変化の域を超えて日本語がどんどんおかしくなっていくのは当然の結果です。
 それにしても、この変なセリフはおふざけ? 日本語としておかしいということが分かる人、感じる人はいいのですが、そうでない人、敬語が分かっていない人、若い人、何も考えずにこれらのおかしな日本語を脳みそに刻み込んでいる人たち・・・、これを偶然と言うのはちょっと・・・気の毒すぎます。環境が悪すぎますよぉ~<( ̄д ̄)>。
 でじたる書房は http://www.digbook.jp です。
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言葉の形と心ということ。

2007-10-01 18:56:27 | 電子書籍(でじたる書房)
                   日本語に未来はあるのだろうか?
 真心のこもった手紙というのは、たとえ文章が稚拙でも伝わるものがあって、極論すれば、誤字だらけだろうが、句読点の打ち方がおかしかろうが、形はどうでもよろしいということで、実際、大事なのは心だとか、ふだんのコミュニケーションだとか、伝えたいという熱意だとか、そういった話はよく聞きます。それはそのとおり、否定するつもりはないのですが、それはそれ、これはこれ、事実だけを淡々と伝えることが役目の人の場合はどうでしょうか。その瞬間に口から出た言葉がすべてですから、その言葉をもって要点が正確に伝わるということが大切なわけで、言葉の基本の形、誤解を招かない話し方が必要なのではないでしょうか。
 今、人前で話すことが職業の人たちですら非常に怪しい日本語を話しているのですから、もはや心がどうだとかいうような悠長なことを言っていられる場合ではないのです。形も発音もどんどん崩れ、たとえ伝えたい心があっても、熱意があっても、伝わらないものはやはり伝わらないのです。映像や資料の助けを借りてどうにかこうにか言いたいことだけは分かるということはもちろんありますが、聞いているほうは大変です。でも、いつもいつも分かるわけではありませんし、第一、聞き手は、話し手の真意をいつも正確にくみ取ることができる人ばかりでもありません。寛容な心で話をきちんと理解しようと努力する人ばかりでもありません。
 おかしな日本語で話していて、自分の話し言葉が誤解を招かないものであるかどうかを気にかけることもない人たちは、聞き手に甘えているのです。ずっと聞いていれば分かるだろう、表情を見ながら聞いているんだから分かるだろう、資料があるんだから分かるだろう、日本人なんだから分かるだろう、そんなふうに甘えているのです。でも、ほとんどの人がきちんと話せないということは、ほとんどの人がきちんと受け止められないということでもあります。ここを忘れていませんか?
 でじたる書房は http://www.digbook.jp です。
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誤りも、多数派になれば正しくなる?

2007-09-01 20:40:09 | 電子書籍(でじたる書房)
                      足、脚、ASHI~♪
 言葉というものは次第に変化していくものであり、絶対に変化してはいけないなどと言うつもりはありませんが、より便利に分かりやすく、時代に合わせて変化していくならともかく、むしろその逆、たとえ7~8割の人が使うようになったとしても誤りは誤り、これは困っちゃうなぁと思うものもあります。
 例えば、「枯れ木も山のにぎわい」という慣用句、これは、つまらないものでもないよりはあったほうがましだという意味ですが、正しく認識している人は39%で、誤解している人は36%もいるのです。誤解している人は、「枯れ木」という言葉に特別な意味を持たせておらず、単純に人数が多ければにぎわうというつもりで言っているので、たとえ面と向かって言われても気にしなければいいのですが、そもそも人を枯れ木にたとえること自体が失礼ですよね。そういうことを感じる人がだんだん少なくなっていく・・・、これも「変化」の一言で済ませていいのでしょうか。
 あるとき、中学生ぐらいの子が「以前は全然見えなくて、今は全然見えて」と言うのを聞いてあ然としました。本当にこれでいいのかなぁ~?
 でじたる書房は http://www.digbook.jp です。
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言葉をどう認識するかというのは偶然の結果?

2007-08-01 20:30:26 | 電子書籍(でじたる書房)
                    私はこれで恥をかきました
 単語や慣用句の意味、文法、決まった言い回し、それらを正しく認識するか間違って認識するかということには偶然の要素がかなり入るのではないでしょうか。家族構成とか、親の言葉遣いとか、テレビをよく見たとか見なかったとか、いろいろな偶然があります。もちろん、学校で習うようなものは偶然というより必然、ばらばらでは困りますが、それさえも、教科書に載っていることは全員が正しく認識しているかというと、現実は、そうではありませんよね。病気やけがで長期間休んだから習っていないとか、教室にいても授業は聞いていないとか、正しく認識する機会を逃してしまったということはみんなあるはずですし、何かの拍子で間違って認識してそのまま覚えてしまったということもあります。
 自分はいろいろ間違って覚えていたということに気づく機会があって、直そうと真剣に思い、自分で確認して正しいものを覚える、これができれば幸いです。そうしないと、またどこかで恥をかきますからね。直せば一時の恥、知らずに過ごして直さなければ一生の恥。恥をかいて、その後どうするかというのは大事なことですが、まず、知る機会があるかないか、これもやはり偶然なのでしょうね。このブログを読んでいる皆さんも、なぜ読んでいるかというと、偶然ですよね(^0^)/ ヤッホー。
 そもそも、間違って覚えていることがたくさんあるだろう、そういうものは直していこうという気持ちがなければ、たとえその機会が目の前にあっても気づかないのではないでしょうか。間違い探しクイズと同じですね、意識して探すから見付かる、気づくわけで、探さなければ気づかない。だって、日本人なら、箸でご飯を食べるのと同じぐらい何も意識せずに日本語を使っていて、たとえ箸の持ち方がおかしくてみっともなくてもご飯を食べられないわけではないのですから、気づかなくて当たり前? どうにもご飯が口に入らなくて飢えれば気づくでしょうけれど。それに、10人中7人が変な持ち方なら、変だということさえ分からなくなりますし、そんな日も近い?
 問題は、社会に出てから知った言葉ということになると、これはもうさまざまな経路で意味が伝わることになり、それこそばらばらだということです。自分で辞書を見るなりしてきちんと確認しなければ、あいまいな理解でそのまんま、ひょっとしたら間違って認識している人から間違いをそのまま伝えられているかもしれません。いや、現実に、そうやって間違いはどんどん広がっています。なにしろ、マスメディアが、正しいものも間違ったものもそのまま伝えてくれていますからね、言葉をどう認識するか、それは偶然の結果・・・ですね。幾ら優秀なワープロソフトでも、間違いをすべて指摘してくれるわけではありませんから、お任せというわけにはいきません。うーん、どうしましょう?
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