◆ちゃんとしゃべれ!治納由気(はるなゆき)◆

変な日本語、敬語もどき、崩れていく日本語、そして、正しい日本語とハムスター。

「2年も歩き回される」って?

2007-11-30 20:21:21 | 気になる言葉、具体例
                       二足歩行!
 はて? これもら抜き? 先日ご説明したものとは違うパターンのら抜き(?)になっている例です。ら抜きにもいろいろありますが、この場合、使役と受身が絡んでいるのでさらに複雑です。「ら」が抜けているというより、「歩き回らせられる」-「らせら」+「さ」=「歩き回される」ですかね、う~ん、何のこっちゃ?!
 「歩き回る」の未然形「歩き回ら」に使役の助動詞「せる」が付いて「歩き回らせる」、「せる」は、「せ(未然)、せ(連用)、せる(終止)、せる(連体)、せれ(仮定)、せろ(命令)」と活用します。
 受身の助動詞「れる」「られる」のうち、「れる」が付くか「られる」が付くかは動詞の活用の種類によって決まっていて、「れる」が付くのは、五段活用の動詞の未然形、サ行変格活用の動詞の未然形「さ」で、「られる」はこれ以外の動詞の未然形に付きます。
 「歩き回らせる」は下一段活用なので、その未然形「歩き回らせ」に「られる」が付き、「歩き回らせられる」となります。う~ん、「歩き回される」って、全然違うじゃないのぉぉぉ! サルじゃないんだからぁぁぁ!
 う~ん、ちょっと違和感が・・・というかた、後日、続きを書きますので、それまでちょっと考えてみてください。
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「身長が伸ばせられる」って?

2007-11-29 20:03:33 | 気になる言葉、具体例
                     目一杯伸びています
 身長が伸びるの? 何なのかちょっと気になりますけれど、それは置いといて、「伸ばす」は五段活用の他動詞ですから、可能表現は「伸ばせる」ですね。ものすごく当たり前、日本人なら何も考えなくても「伸ばせる」と出てくると思うのですが、なぜ「伸ばせられる」などと言ってしまうのでしょうか。「伸ばせる」の「せ」と「る」の間に「られ」が入っていますから、「られ入れ」か?!
 「過ごせれる、飲めれる」という言い方をする人がたまにいますよね、これを「れ入れ言葉」もしくは「れ足す言葉」というのですが、可能動詞である「過ごせる、飲める」になぜか余計な「れ」を入れてしまうのです。「読む」「書く」などの五段活用の動詞は、「読める」「書ける」というように下一段活用の可能動詞になるわけで、助動詞が付いているわけではないのですが、そこを勘違いして「~れる」が可能表現だと思っているということなのでしょうか。ここから、おっと、「ら」が抜けてるじゃないか、「~られる」だよ、というわけで「身長が伸ばせられる」、う~ん、ありかもぉ・・・って、ないから!!!
 「れ入れ」はものすごく恥ずかしいですよ、ばかみたいに見えます。小中学生ならまだしも、大人がこれを言っちゃうと信用をなくしかねません。とにかく、非常にお粗末なので特に気をつけたいですね。
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「勉強を強いらなければいけない」って?

2007-11-28 19:43:04 | 気になる言葉、具体例
                     いっぱい聞けてぇ
 ら・・・要らないよね、この「ら」は。昨日、ら抜きについて書きましたが、「ら」は、現実にはとても複雑なことになっています。さまざまなパターンのら抜き、そして、ら入れ・・・、ら抜きになるかもと余計な心配をして要らない「ら」を入れてしまう「ら入れ」です。
 「強いる(しいる)」は、上一段活用の他動詞、無理にさせる、押し付ける、という意味です。「いる、起きる、顧みる、見る」「い・なければいけない、起き・なければいけない、顧み・なければいけない、見・なければいけない」、ということは、「強いる」「強い・なければいけない」ですね、「ら」は要りませんから、例文は「ら入れ」です。
 では、「生き残られる」はどうですか? 「生き残る」は五段活用の自動詞です。五段活用の動詞は、可能の意味が加わると下一段活用の可能動詞になるわけで、「生き残れる」というのが決まった形であり、可能の助動詞が付いているわけではないのです。「読む」は「読める」、「書く」は「書ける」、「走る」は「走れる」、ですから、「れる」か「られる」かと迷うこと自体がすでに間違いなのです。
 いっぱい聞けてぇ~いっぱいしゃべれるぅ~(^Θ^)♪
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変な日本語、その22、「ここにいれることが」。

2007-11-27 20:18:44 | ちゃんとしゃべれ!変な日本語
                         ら
 ら抜き言葉、聞いたことはありますよね、では、ら抜き言葉とは何でしょうか。一段活用の動詞には、未然形に可能の助動詞「られる」が付きます。「られる」と言うべきなのに「れる」と言ってしまうのがら抜きで、ふだんの話し言葉としては、もうだいぶ慣れてそんなにおかしいとは感じなくなってきているものもありますが、改まった場面で聞くと印象がよくないものもあります。また、文章化すると、ら抜きは少々間の抜けた感じがするので修正せざるをえません。
 「い・ない、起き・ない、顧み・ない、見・ない」は上一段活用、「続け・ない、建て・ない、集め・ない、始め・ない」は下一段活用、い・られる、起き・られる、顧み・られる、見・られる、続け・られる、建て・られる、集め・られる、始め・られる、となるので、「ら」を言わなければら抜きということになります。カ行変格活用の「来る」は、未然形「来(こ)」に可能の助動詞「られる」が付いて「来・られる」となるのですが、「可能動詞の形は来れる」だとする辞書もあるようで、どちらでもいいというか、微妙ですね。
 もちろん、「ら」がないほうが可能表現であることがはっきりして分かりやすいという場合もありますから、一概に「ら抜きはだめだ」などと言うつもりはないのですが、やはり「ここにいれることが」は「ここにいられることが」と言わなければいけません。「いれる」だと、一瞬「入れる」かなと迷いますし、何よりも品がありません。知性が売りで、しかも、広報担当の女性が「ここにいれることが」などと言ったのでとてもがっかりしました。要するに、「ら」の扱い方でその人の品位をうかがい知ることができるのですよ。( ̄д ̄;)ヒィ~コワ~。
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やり直しできないほど忙しい?

2007-11-26 19:27:01 | いろいろあれこれ
                     食欲がなくなるよ
 ビートルズの「If I Fell」や「Day Tripper」では、コーラス部分で1人だけ歌詞を間違えているようなところがあるのですが、そのまんま、ですよね。皆さんご存じのように、非常に忙しい超人気グループですから、やり直しの時間などなかったのでしょうね。まあ、ご愛嬌です。何十年たっても、ビートルズってやっぱりいいですねぇ~。
 許せないのは通販CMです。「ステーキがおいしそうに焼ける」って・・・まずそう・・・、「カラッと揚がる」って・・・どう見てもベチャッとしてる・・・、「くっつかない」って・・・くっついてるよ、チーズがはがれちゃったよ・・・。別の通販CMのセリフでも、「○○と△△が初めて一体化していって初めてきれいになれるんだ」と明らかに言い間違えているのに、それをそのまま放送するというのは一体どういうことなのでしょうか?
 撮り直しってできないの? そんなに時間がないの? 予算もないのかな? 変な日本語やテロップの誤りとは違い、通販CMの出来がよかろうが悪かろうがそんなことはどうでもいいのですが、何回もまずそうなステーキを見せないでほしいなぁ。そんなにいいかげんなものでも通ってしまう世の中なのかなぁ?
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耳に慣れる、慣らされる。

2007-11-25 19:41:21 | 気になる言葉、具体例
                     けっこうな御点前で
 「茶道」をあなたは何と読みますか? 私はずっと「さどう」と読んできましたが、最近、テレビで「ちゃどう」と言うのを続けて耳にしました。辞書で「さどう」を見ると、「→ちゃどう」となっていて、「ちゃどう」を見ると、「お茶をたてる作法」と書いてあります。つまり、「ちゃどう」が本来の読み方なのかな~という感じなのです。「なのかな~」というのは、「さどう」に慣れているからピンと来ないのです。このように感じるのはやはり私だけではないようで、「ちゃどう」は耳障りだというコメントも頂いています。
 4月5日に「全然いいです」について書きました。否定ではない「全然」という言い方が出てきて、「全然ない」と言うと思ったら「全然ある」と言うのですから、話の流れが乱れてとても困るのですが、若い人に「『全然ある』って気持ち悪くない?」と言ったら、「昔はもともと肯定で使ってたんだよ」と言われました。明治・大正時代は肯定でも「全然」と言っていたことは私も承知していますが、もうほとんどの人が昭和生まれであり、今は平成、否定で使うことにすっかり慣れていたのに、なぜ今更また混乱させるのか。得意顔で昔はこうだったなんて言われても、はい、そうですか、とは言えません。
 芸能人が変な言葉を乱発するのは単に流行のキーワードを盛り込みたいだけなので、それはそれ、しょうがない。芸能人は「はやり」が好き! はやり、命! メディアは「新しい」「インパクト」「先駆け」が大好き! 「ちゃどう」も、耳に新しい、しかも、これは間違いではない、辞書にちゃーんと載っている、どうだ?! ってなわけです。「切断されていなく」も、業界の人みんなで言えば怖くない、慣れさせればこっち(業界)のものだ・・・ってか?(`へ´)プンプン。
 でも、少しは、そのことが世の中に及ぼす影響というものを考えてもらえないものなのでしょうかね。一般の人は、強制的に慣らされ、いつしか変だと思わなくなるのでしょうけれども、テレビの力というのは恐ろしいもので、とてつもなく変化が速い、速すぎて困ります。一部のスーパースプレッダーが正誤を考えもせずにどんどん変化させていっていいのでしょうか? そうして言葉が乱れていっても、変化であると認めなければならないのでしょうか? 変化にも、受け入れられるものとそうでないものがありますよね。
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「~ていなく」について補足。

2007-11-24 20:18:25 | 気になる言葉、具体例
                      食べてはおらぬ
 17日に「切断されていなく」という言い方について書いたところ、「おる」謙譲語説の弊害ではないかというご意見を頂いたのですが、思い当たることがあります。ちなみに、私は、「おります」の形で謙譲語になるという教育を受けました。例えば、電話がかかってきて「○○さんはご在宅でしょうか」と問われれば、「はい、おります」と答えますし、「お待ちしています」より「お待ちしております」のほうがより丁寧で謙遜した言い方であると思っています。
 でも、「~ておられる」は、動作・状態の継続を表す「~ている」の文語的な言い方「~ておる」に尊敬の助動詞「れる」が付いて尊敬語化したものである、また、「~ており」は「~ていて」より改まった表現、単なる丁寧語であって、謙譲語ではないと思っています。実際、長い間、世の中の多くの人が、そして、メディアも、そういうふうに使ってきたのではないでしょうか。
 以前、「~ております」は謙譲語なので、「~ておられる」という尊敬表現に違和感を持つ人がいるという話をNHKの番組で聞いたのですが、私は、ということは、「~ておられる」は敬意の度合いが低い、万人に通じる上等な尊敬語ではないのかな、と受け取りました。でも、多くのメディアはそれ以上に解釈し、「~ておられる」は誤用だ、「~ており」もおかしい、というふうに流れていったようで、このごろそういう言い方は聞かれなくなってきました。そのくせ、「いらっしゃっております」なんて言うのですから、全く矛盾していますが。
 ついこの間まで「~ており」と言っていたのに、今は「~ていて」と言っていますよね。でも、さすがに「~ていなくて」とは言いにくかったのか、「~ておらず」はまだ聞かれたのですが、それも今はほとんど「~ていなく」になりました。メディアは「新しい」「インパクト」「先駆け」が大好き! 正誤はさほど気にしない。そして、だれかがそうすると一斉に同じような流れになる、という性質があるように思います。
 「切断されていない」の「ない」は打消の助動詞で、その連用形が「なく」であり、「見えなくなる」「見えなくて」のように他の活用語や助詞に連なるから連用形と言うわけで、「なる」や「て」を省くことはできないのです。助動詞でも、「彼を座らせ、説教した」「殴られ、蹴られ、転倒した」のような中止形というのがあって、それは耳に慣れた言い方ですが、「切断されていなく」は耳に慣れていますか?
 同じ打消の助動詞でも、「ぬ」の連用形「ず」の中止形はずーっと使われています。「質問に答えず、身動きもせず、ただ座っていた」「答えが分からず、黙っていた」「切断されておらず、大丈夫だと思った」というのは当たり前の言い方です。これがあったから「~ていなく」とは言わなかったのではないでしょうか。「質問に答えなく、身動きもしなく、ただ座っていた」とはだれも言いませんね。
 「やむをえなくて」「やむをえず」、「100年たっても腐らなくて」「100年たっても腐らず」、「店が営業していなくて」「店が営業しておらず」、「友達は一人もいなくて」「友達は一人もおらず」、「電気もついていなくて」「電気もついておらず」が、耳に慣れた自然な言い方ですよね。ずーっとこうだったのに、「切断されていなく」もすでに耳に慣れてしまいましたか? しょっちゅう耳に入ってきますが、私はまだ慣れません。
 明日の記事も、この続きですm(_ _)m。
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こんなテロップで分かるの?

2007-11-23 20:06:14 | 言葉についてあれこれ
                      脳みそがむずむずぅ
 「そのためには骨身を惜しまないと」と書いてあるテロップを読んだあなたは、どういう意味だと思いますか? 何だか脳みそがむずむずしますが、ちょっと考えてみてください。
 例えば、「気をつけないと」と書いてあったら、「気をつけないといけない」という意味だと受け取りますが、では、「骨身を惜しまないと」は? 「骨身を惜しまない」は「精出して働く様子」という意味で、その逆だから、なまけろという意味? 実は、話し手は「そのためには骨身を惜しまない、と」と言っていたのです。つまり、「そのためには骨身を惜しまない」という決意を語っていたのです。「・・・と思います」「・・・ということです」と言うべきところで「・・・と」までしか言わない人は多いのですが、文字で「そのためには骨身を惜しまないと」と見せられると意味が違ってきてしまいます。この場合、「そのためには骨身を惜しまない」と書かないと、話し手の「骨身を惜しまず頑張るぞ」という意図が伝わりません。
 「そのためには骨身を惜しまない、と」の「、」の部分を詰めて「そのためには骨身を惜しまないと」にしただけでもおかしなことになるのに、「将来・・・だから・・・土木関係とか・・・」と言っているのに「将来だから 土木関係とか」と書いてあるのを見たこともあります。「ブラック・ピカソが」というのも見ました。もちろん、ピカソはパブロ・ピカソ、ブラックはジョルジュ・ブラック、話し手は「ブラック、ピカソが」と言っています。
 「子どもがその古釘を集めて」と書いてあるテロップ、実は「子どもが・・・そのー・・・古釘を集めて」です。「あのー、そのー」の「そのー」です。「入った瞬間にですね、いきなりスイーツ売り場なんですよ」というテロップ、「ですね」なんて書く必要はありません。・・・とまあ、こういう状況なのですが、テロップの入力は一発勝負で、修正ということはありえないものなのでしょうか? そもそもテロップは何のために出しているのでしょうか( ̄へ ̄)ウーム・・・?
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意味をすっかり変えてしまうテロップ。

2007-11-22 19:44:50 | 言葉についてあれこれ
                      メニューの充実
 「今までの働きかけは」と言っているのに「今までの働きは」と書いてあるテロップ、「働きかけ」と「働き」とでは意味が違うことは明白ですね。「驚いたのはサイドメニューの充実ぶり」というナレーションで、画面には「サイドメニューの充実」というテロップ、うーん( ̄‐ ̄)、これだと、「サイドメニューの充実」が今後の目標であるかのように見えますから、せめて「サイドメニューが充実」とでも書いてもらわないと、ちょっと話がおかしくなってしまいます。はっきりと「請求書」と言っているのに「領収書」と書いてあるのを見たことがありますし、「新しい仕事を生んでいく」と言っているのに「同じような仕事を生んでいく」と書いてあるのも見たことがあります。
 「選手の上の名前と下の名前を覚えている」と言っているのに「選手の名前と下を覚えている」と書いてあるのを見たときは笑えましたね~、「下」って何だろう? これは、さすがに入力作業者本人もおかしいと思ったのではないでしょうか。でも、直す時間はないのでしょう。「一転のくもりもない状況で」というような単純な変換ミスに始まり、「どうすべきか迷っている」と言っているのに「どうしたらいいか模索している」と書くような、何かの意図が感じられるようなものまで、さまざまです。「全然くさ味がなくておいしい」というのは、「臭み」を「くさ味」と書いているわけですが、「くさ味」という新しい味の感覚が生まれているのか? なんて、一瞬考えてしまいました( ̄‐ ̄)ゞポリポリ。
 「この速さは流行を激しくなるんじゃないかと思います」などと訳の分からないことを言っているのをそのまんま書いてあるのもちょっと・・・、「この速さは流行を激しくするんじゃないかと思います」と瞬時に直して書くことは無理なのでしょうか。テレビ番組の多くが生放送ではないと思うのですが・・・。テレビの前に座ってじーっと音声に聞き入っているわけではありませんから、聞き取れない部分をテロップや画面の様子から補っているわけですが、テロップはいつも必ず正確に要約されているとはかぎりませんから、少なからずここにも誤解が生まれていることでしょう。これもしょうがない・・・と言っていていいのでしょうか?
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敬意が消えてしまうテロップ。

2007-11-21 19:47:02 | 言葉についてあれこれ
                      寝ておられます
 話し手が「~しておられました」と言っているのに「~しております」と書いてあるテロップを見ました。「~しております」は単なる丁寧語でしょうか? この言い方に謙遜の気持ちはありませんか? 自分の行為の謙譲語として使いませんか? 話し手が伝えようとしている行為の主語が分からなくなりませんか? テロップの間違いなんぞ日常茶飯事ですが、これは幾ら何でもひどすぎます。
 私は、尊敬語の後に「~おります」と続けるのがしっくり来なくて嫌いなのですが、放送業界では単なる丁寧語として使っている人が多く、「ご出演されております」だの、「いらっしゃっております」だの、こういう言い方を平気でしています。その影響を受けて、入力作業者が「~しております」を謙譲語だとは思っていないとしても、明らかに話し手は敬意を込めて「~しておられました」と言っているのに「~しております」に変えてしまうのはいけませんね、誤解を招きます。
 聞き手のほうは、ぼーっとテロップを見ながら話を聞いていると、話の流れがおかしくなってしまいますよ。私はというと、「~しておられました」は敬意の度合いがやや低いとはいえ、耳から入る情報と目から入る情報が食い違うと感じ、むずむず、むかむかします( ̄д ̄)。
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「100年たっても腐らなく」って?

2007-11-20 19:31:48 | 気になる言葉、具体例
                         て
 17日に「切断されていなく」や「やむをえなくやりました」について書きましたが、何でもかんでも「て」を省けばいいというものではないんだぞと考えながらテレビを見ていたとき、出演者が「100年たっても腐らなくて」と言ったのを「100年たっても腐らなく」と書いたテロップが目に飛び込んできました。あっちゃーっ、何ということだぁ~。これは、入力作業者の日本語レベルが低いということを示しているわけですが、そもそも話し手がちゃんと「腐らなくて」と言っているのに、勝手に「て」を削ってはいけないのです。
 それにしても、ニュース番組では、そこそこ経験を積んでいるはずのキャスターも「店が営業していなく、摘発できませんでした」なんて言っていますし、「友達は一人もいなく」「電気もついていなく、エアコンも切れていて」というのも聞いたことがありますから、若い人はこれで普通だと思っているのでしょうか? あなたはどうですか?
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寒くなってきたけれど。

2007-11-19 19:07:22 | ハムスターあれこれ
                      ほかほか
 今朝、建物の北側の草木の上に雪が残っていました。室温は14度まで下がったようです。ハムやんに「掃除するから」と声をかけたら出てきたので、寝床の出入り口、綿を混ぜたチップでできたお部屋に小さく開いた窓なのですが、そこに人差し指を入れたら中はほっかほか、ぬっくぬく、なんだか力が抜けてほにゃららな気分になりました。ハムやん、急いで掃除するから、ちょっとあっちに行っててね。
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「すてきなお帽子、おかぶりで~」って?

2007-11-18 19:29:24 | めちゃくちゃな敬語
                       帽子、か?
 うーん、この人は20代後半かな? 元アイドル歌手ですが、「おかぶりで」は変ですね。こういうときは「召す」、何かを身に受け入れることの尊敬語、上着をお召しください、風邪を召しませんように、お酒を召されたのですか、お年を召したかた、ご安心召され、召し上がって、などなど、これですよ、これ。「すてきなお帽子をお召しで~」ですよ。もしも「召す」を思いつかなかったら、「すてきなお帽子をかぶってらっしゃって~、よくお似合いだわ~」ですかね。
 30代、40代の人でも、敬語がだめな人は本当にだめです。例の日本語ど下手コンビのOさんが「Tさんとずっとお話ししてたんですよ、師匠はお幾つなんだろうって」と言ったので、ちょっと考えてみましょう。Tさんというのは、Oさんの相棒、男性のほうです。つまり、立場は同じ。一応、メインとサブなのかもしれませんが、ゲストに対してどうかというと同じです。それで「お話ししてたんですよ」は変ですね。話題がゲストである師匠の年齢のことであっても、話していた相手はTさんなのですから、「Tさんとずっと話してたんですよ、師匠はお幾つなんだろうって」です。
 ところで、先日、OさんTさんの上を行くすごい人を見ました。ある有名俳優の息子さん、30歳ぐらいかな、40分ほどのトーク番組でおかしな敬語を連発! 「あのころは角刈りをさせていただいて」「姉のお名前」「父が出演されているテレビが」「○○さんのお犬を」「やらさしていただいていて」、その他いろいろ。台本なしのトークは割と普通なのにセリフだとものすごく変になる人、その逆の人、どっちもだめな人、さまざまですね。
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「切断されていなく」って?

2007-11-17 20:20:35 | 気になる言葉、具体例
                      やむをえなくて
 ニュースで、「事故を起こしたトラック運転手は、架線は切断されていなく、大丈夫だと思ったということで」と女性記者が言いました。「切断されていなく」が尻切れトンボでむずむずする言い方ですが、残念ながらこういう言い方をするのはこの人だけではなく、やはりいつの間にか広まっているようで、たまに耳に入ってきます。「やむをえなくやりました」もそうです。「切断されていなくて」だとお堅い報道番組っぽくないなどと変に気を遣う必要はなく、素直に「架線は切断されていなくて大丈夫だと思ったということで」と言えばいいのですが、どうしてもというのなら、「事故を起こしたトラック運転手は、架線は切断されておらず、大丈夫だと思ったということで」と言うしかないでしょう。
 例えば、「身支度をして出発した」を改まって言うと「身支度をし、出発した」となり、接続助詞「て」を削ることになりますが、これと同じ感覚なのではないでしょうか。あるいは、「間違いではなく、正しい」の「なく」と混同しているのでしょうか。「身支度をし」の「し」は、「する」という動詞、自立語の連用形であり、「出発した」に連なっているわけで、「て」がなくても十分これで成立しています。「間違いではなく」の「なく」は形容詞、やはり自立語の連用形で、「正しい」に連なって成立しています。でも、助詞と助動詞は、常に自立語の下に付いて文節を構成する付属語であり、その連用形を自立語の連用形と混同してはいけません。
 「切断されていない」「やむをえない」の「ない」は打消の助動詞で、その連用形が「なく」ですが、「見えなくなる」「見えなくて」のように他の活用語や助詞に連なるから連用形と言うのであって、「なる」や「て」を省くことはできないのです。「なる」があるから結果が分かるわけで、「見えなく」だけだと分かりません。「て」が前後の意味上の関係を示しているのであり、これを省くと、後が続かなくて意味不明になります。「切断されていなくて」「やむをえなくて」まで言って初めて成立するわけで、何でも「て」を削ればいいというものではありません。
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話し言葉がガキっぽい。

2007-11-16 19:45:43 | 言葉についてあれこれ
                     やはり水は飲まねば
 れっきとした教養番組でも、若いレギュラー出演者の話し方が非常にガキっぽく、あきれてしまいます。「想像とは違っていて」を「想像とはちがくて」などと言いますし、鼻濁音も発音できません。「やがて」の「が」は「蛾」の「が」です。「Fタイプなんだそうです」の「だ」、「受け継がれているんです」の「て」、「ご先祖探しに行ってきました」の「に」をかなり高く発音するので、まるで、学芸会で発表する気合の入った小学生です。でも、たまたま、この人がトーク番組で自分のことを自分の言葉で話しているのを先日ちょっと見たのですが、イントネーションはいたって普通でした。まるで別人です。教養番組のほうは気合が入りすぎているのでしょうか?
 鼻濁音を発音できない若いアナウンサーが増えているという話を聞いたことがありますが、このごろ、鼻濁音だけではなく、「はひふへほ」の発音がちゃんとできないアナウンサーが多すぎます。例えば、「福祉事業所」の「ふ」、「被災者」の「ひ」がどうも変なのです。力が入りすぎて、ガキっぽいのです。「危険」や「危機」、「父」もちゃんと発音できません。さらに問題なのは、発音やイントネーションだけではなく、言い回し、というか、いや、それ以前に日本語としてちゃんと成立していないというか、話し言葉そのものもきちんとしておらず、ガキっぽいということです。
 昨日、「この風味が何とも言えなく合いますね」「やむをえなくやりました」「ずっと水を飲まないでも平気です」「著者の許可を得ないでも可能で」という例文を挙げましたが、若い人はほとんどみんな、とにかく話し方が幼稚! ベースにちゃんとした日本語がないので、急に改まった言葉遣いをしようとすると変なことになるのですね。ちゃんとした手本がないのだから、若い人だけの責任ではありませんが・・・( ̄_ ̄;)。
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