熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

スティーブ・ローチ・・・米中経済戦争悪夢のシナリオ

2015年06月03日 | 政治・経済・社会
   先日レビューしたスティーブ・ローチの「アメリカと中国もたれ合う大国」の中で、想定外のことをも熟慮すべきだとして、米中経済戦争の悪夢を、ドキュメンタリー風に書いていて、興味深い。

   2014年12月(この本の出版後)でのキャンプ・デービッドの会議で、オバマ大統領が、アメリカの中流階級を擁護すると言う誓約通りに、中国は通貨操作をしていると宣言したので、「1988年包括通商競争力法」に従って、直ちに、米中財務省高官会議が開かれた。
   アメリカは、人民元の対ドル相場を即座に20%切り上げることを要求したが、中国は、既に、2005年以降35%以上上昇していることを指摘して拒否した。
   米国議会は、超党派で、「2015年アメリカ貿易防衛法」を発効させ、中国がただちに新法に違反していると見做して、通貨操作に対する相殺関税賦課と言う是正策に訴えることとして、アメリカに入ってくるすべての中国産品に対して即座に関税を20%引き上げを実施した。
   こんな書き出しで、緒戦の火ぶたが切られたのである。

   これに対して、中国の輸出は急停止し、経済戦争のネガティブな余波は一気にに中国全土に広がって経済は窮地に立ち、中国も、アメリカからの輸入品に対して20%の報復関税を実施した。
   最も成長の著しかった第3位の中国輸出が激減したので、アメリカ経済は、突如として深刻な困難に陥り、輸入価格が高騰するなど、成長率が鈍化しインフレ率が上昇してスタグフレーションの様相を呈し始めた。
   これに呼応して、金融市場、株式市場、債券市場にも、大きな混乱が波及して、アメリカ政府は、新たに賦課した反中国貿易制裁を更に強化した。

   憤慨した中国は、独自版の大型バズーカ砲を手にした。
   中国は、米国債を1.3兆ドル保有していたが、2015年8月の「四半期ごとの資金調達」入札では、中国の姿はどこにも見えなかったのである。
   財務省のディーリングルームでは、両者の通話は繋がってもすぐに切れて、入札から中国が消えたために、長期金利は上昇し、10年物米国債の利回りは数日間で7%超に達して、ドル相場は急落した。
   2015年前半にすでに20%下落していたアメリカ株式は急降下を始めた。
   いとも簡単に、安全資産としての「法外な特権」はドルの下落とともに、跡形もなく消え去ったのである。

   このシナリオは、中国が、保有する膨大なアメリカ国債を叩き売ると言う極端な戦術の行使ではなく、中国がアメリカ国債の入札に躊躇すると言うリスクの発露に過ぎないのだが、アメリカ国債やその他のドルベースで2兆ドル強に達する保有資産を、あえて減価させるようなことはしないであろうと高を括って、中国の余剰資金を貯金代わりにして胡坐をかいていたアメリカの心肝を凍りつかせるような手段を、中国が取って、アメリカ経済を壊滅状態に追い込もうとしたと言うローチの設定である。
   昔、日米貿易戦争の頃、橋本首相が、アメリカで、米国の国債売りに言及して物議をかもしたことがあるのだが、もう少し、中国の国力が向上すれば、唐大帝国復興への夢を実現しようとしている中国のことであるから、米国国債を叩き売って、覇権争いに政治決着をつけようとする可能性も排除できないかも知れない。

   ドルが暴落して減価すれば、理論的には、アメリカの債務が、その分棒引きとなるのだろうが、その前に、ドルの大暴落によって、アメリカ経済は崩壊状態に陥るであろうし、貯金不足で、資金流入の止まってしまったアメリカ経済には、最早活路がなくなる。
   返り血を浴びた中国の経済も、悪化して壊滅的な打撃を受けるのは当然であり、米中の経済崩壊が、欧日のみならず、世界経済をも巻き込むのは必定であり、人類社会が暗雲に包み込まれてしまう。

   ローチが、この本で、何度も強調しているように、消費三昧に明け暮れて貯金不足に陥って中国の余剰資金に頼りきりで赤字垂れ流しのアメリカと、米国への膨大な輸出主導型経済で一本調子の成長を図り続けて来た中国との、グローバル不均衡が、何時までも続いて蜜月を享受出来る訳がないと言うもたれ合いが、何時かは暗礁に乗り上げる。その帰趨次第では、1929年の世界大恐慌程度では、済むはずがないと言うことであろう。

   最近のグローバル経済の動きを見ていると、ナシム・ニコラス・タレブの「経験的観測からは稀な事象が必ず発生する確率を計算できない」というブラック・スワン理論が示唆するように、これまでの繰り返しではなく、起こり得ないようなことが起こって、政治経済社会が、大きく変動し翻弄されるようなことばかりが起こっているような気がしている。
   先の中国の保有ドル資産を減価させてでも、中国国民の利益を守るためには、中国は、米国国債売りも辞さないと言うケースも、アメリカ人に取っては、ブラック・スワンかも知れない。
   実際、ローチが、この本で、経済戦争から人民を保護するためには、「不買運動」を超えた動きをして、アメリカ国債の巨大なポジションを売り始めるつもりかと聞かれた中国人民銀行総裁が、「そうすべきなら」と答えている。

   極論すれば、覇権追求のために、実際に武器を持って対峙するよりも、中国にとっては、アメリカの国債を叩き売って、アメリカ経済を壊滅させる、あるいは、現実に、その意図を強硬に示して、アメリカに政治的譲歩を迫ると言った手段を取る方が、安上がりかも知れない。
   いくら軍事力や知財などで、アメリカが、遥かに国力において中国を凌駕していても、膨大なアメリカ国債を保有されて、中国に完全に首根っこを押さえられてしまっている以上、アメリカには勝ち目がないであろうし、もし、中国が勝負に出たとしても、その時は、中国のみならず、世界経済が吹っ飛んでしまう。
   これからの米中対決は、経済戦争よりも政治戦争の様相が強くなって行くような気がしている。
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