熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

七月大歌舞伎・・・「悪太郎」

2014年07月09日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   狂言の「悪太郎」が、松羽目ものの歌舞伎になった。
   酒飲みで、飲むと酒乱状態になる悪太郎が、酔っ払って暴れ回るのだが、伯父の計略にまんまと引っかかって、仏道修行の道に入ると言う面白い話で、バックの長唄囃子連中の楽に乗って繰り広げられる舞踊劇である。

   私が、初めて狂言の「悪太郎」を観たのは、一昨年の四月国立能楽堂で、シテ悪太郎/万蔵、アド伯父/萬、アド出家/祐丞の野村万蔵家の舞台で、非常に面白かった。

   大酒のみの悪太郎は、その行状を批難する伯父が気に入らず、薙刀を持って押しかけて行って振り回し、散々悪態をついて大酒を飲み、泥酔して帰る途中に道端に寝込んでしまう。心配して追っかけて来た伯父は、この態を見て何とか改心させようと、寝ているうちに髭や頭を剃って法体にし、「今後は南無阿弥陀仏と名付ける」と言い渡して帰って行く。目を覚ました悪太郎は、変わり果てた自分の姿に気付いて、さっきのことは夢のお告げだと信じてしまい、そこへ出家が、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えながら通りかかったので、名前を呼ばれたと思って返事をしながらついて行く。出家から念仏のいわれを聞いて、心から改心し、唯一心に弥陀を頼んで後世を願おうと決心する。

   実に、単純と言えば単純な話だが、万作の会の説明では、
   悪人正機(悪人こそが仏に救われる対象であるということ)をユーモラスに描きます。前半の大酒を呑むところも、終末の悟りに至る様態とともに見どころの一つです。と言うことである。
   狂言にも、歌舞伎にも、同じ主題の「宗論」と言う面白い狂言があるが、いずれにしろ、鎌倉初期には踊念仏が盛んであったし、いくら「悪太郎」でも、「南無阿弥陀仏」を知らないなどとは考えられない筈だが、そこは、狂言の狂言たる面白さかも知れないのだが、また、暗示に罹って、すぐに、改心する能天気ぶりも特筆ものであろう。

   さて、歌舞伎の方の「悪太郎」だが、この演目は、『猿翁十種の内 悪太郎』と言うことで、初代市川猿翁がロシアンバレエの動きをも取り入れて演じたと言う澤瀉屋のお家芸で、右近が、その至芸を見せるのも当然であろう。
   右近の悪太郎は、歌舞伎座のビラから借用した写真によると次の通りで、これが、寝込んでいる間に、髭も頭もそられてしまい衣をまとって出家姿となる。
   

   さて、単純明快で一寸ほろ苦いアイロニーに満ちた狂言の「悪太郎」が、実際の歌舞伎の舞台では、どうなるか。
   何時もの松羽目ものと一寸違うのは、バックの松が、舞台中央に飛び出していて置きもののように立っていて、長唄連中が、後方上手に控えており、下手のバックには大きな三日月が架かっていることである。

   ストーリーは、狂言冒頭の悪太郎が伯父宅に押しかけて散々飲んで酩酊すると言うシーンは省略されていて、伯父の安木松之丞(亀鶴 )と太郎冠者(弘太郎 )との悪太郎対策の話から始まり、酔っ払った千鳥足の悪太郎の登場から本舞台がスタートする。
   道中、酔っ払って行く先が分からなくなった悪太郎の前を、後半に会う出家の修行者智蓮坊(猿弥)が通りかかる。
   同行すると言う悪太郎を不審に思うが、智蓮坊は、薙刀を振り回して暴れるのでしかたなく許すのだが、悪太郎は、同じ事を何度も尋ねたり薙刀を振り回したりし、仏道修行の話を聞きたいと言うので、智蓮坊は同行を断る事を条件に仏道修行の話をする。智蓮坊の話が終わると、去ろうとする智蓮坊を薙刀を振り回して止め、悪太郎は弁慶などの物語を話し、話を聞き終わると智蓮坊は急いで立ち去る。
   そこへ、松之丞と太郎冠者が戻って来る。二人は、酔った悪太郎に踊れと言われ、仕方なく連舞を舞うが、途中で、悪太郎は寝てしまう。
   松之丞と太郎冠者は悪太郎を懲らしめるために、髭を落とし頭髪を丸坊主にして数珠と鐘、衣を置いて木の陰に隠れ、「南無阿弥陀仏と名付ける」と暗示をかけて去る。
   しばらくして目を醒ました悪太郎は丸坊主になっていることに気付いてびっくり。この後は、狂言と殆ど同じで、悪太郎が、智蓮坊の後について鐘をつきながら念仏を唱えるところに、松之丞と太郎冠者がやって来て、4人で踊りながら幕となる。

   歌舞伎は、舞踊に比重が置かれているので、ストーリーは二の次だが、眼目は、酔っ払って酩酊気味の右近悪太郎の踊りであろう。
   長刀を杖代わりにしながら、器用に踊っていたが、やはり、舞踊となると、狂言の様に芸にものを言わせて酒のみの本領発揮と言う訳には行かず、長刀を振り回しているだけでは、長丁場の舞台を、メリハリをつけて持たせるのが難しい。
   歌舞伎に変えられて、増幅された舞台、すなわち、智蓮坊の猿弥との掛け合いで、右近は、リズムを付けていたが、やはり、このあたりの間合いや呼吸は、上手いと思う。
   俄か坊主になって、鉦鼓を叩きながら智蓮坊の後を追うとぼけた調子の右近が面白い。

   ところで、狂言と違った登場人物は、太郎冠者だけだが、眠っている悪太郎に向かって、木陰から「南無阿弥陀仏」の暗示をかけるのも、太郎冠者で、やはり、大きな松羽目ものの舞台で、長唄囃子連中の派手な音曲豊かなバックを背負っては、シンプルな狂言の演出とは違って、登場人物にも色が添えられるのも、当然なのであろう。

   能からよりも、狂言から脚色されて生まれた歌舞伎、それも、舞踊劇が多いのだが、笑いや滑稽さが、舞踊の舞台に向くのであろうか。
   同じ歌舞伎でも、能を原点とした、澤瀉屋のお家芸でもある「黒塚」の質の高さと奥深さは、格別なのかも知れない。
   
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