熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

トーマス・セドラチェク, オリヴァー・タンツァー 著「続・善と悪の経済学 資本主義の精神分析」

2020年06月27日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   「善と悪の経済学」に続くセドラチェクの本で、今回は、「サディズム、ナルシシズム、そして経済エリートたち」を読んでいて、何故か、
   John Bolton の新著「The Room Where It Happened: A White House Memoir」で話題になっているトランプ大統領のことを思い出した。
   尤も、以前に、「FIRE AND FURY」など、一連のトランプ本を読んで、読むに堪えられなくなったので、この本も買っておらず、メディアの情報だけだが、それにしても、アメリカの民主主義の不可思議を感じている。(追記:やはり、野次馬根性、注文してイギリスから発送予定)

   セドラチェクたちは、この章を、アポロンとマルシュアスとの楽器演奏競技で始める。競技に勝った腹いせに、アポロンが、マルシュアスの皮を剥いで木に釘付けにするという、残忍な憎しみと敵対者の打破という形で、アポロンの病んだナルシシズムが現れたと語る。
   アダム・スミスは、資本主義が、ホモ・エコノミクスを動かす力として個人の「自己愛」を説き、個人のエゴイズムは、「国の豊かさ」という大きな目標をかなえる際にも決定的な力として働く。利己心と共同体意識、この異なる力のバランスが取れていれば、需要と供給はバランスし、野心、成功欲、自己顕示欲から生ずる競争は繁栄と進歩を促す。言う。
   しかし、システムが、病的なナルシシズムに支配されると、全く別の性質が前面に出て、破壊的な衝動が突き上げるなど、このナルシシズムが、「悪性自己愛」、サディズム――破壊要求が付随してくる。と言うのである。
   ネロ、スターリン、権力のサディズムを、フロイトやエーリッヒ・フロムで分析し、ヒトラーを語る。

   ナチスの党幹部養成校「ナポラ」では、民族で選別した青少年を暴力と厳しい訓練でその価値に合うように育て上げた。ヒトラーは、私の養成機関では、暴虐、勇猛、冷酷という資質を備えた世界が驚くような青年が育つと豪語し、養成校の指針は、規律、服従、忍耐力、団体精神だったという。
   このような特性は、競争社会の支持者にも望ましいものだとして、ナポラからは、多くの著名な経営者が誕生し、その「鋼」の精神で、戦後ドイツの実体経済を作り上げた。と言うのである。
   著者は、サディズムとマゾヒズムが何とも印象的に混じり合った姿に出会った。と語っており、件の経営者もこの時の教育を是認しているのだが、私は複雑な気持ちになった。

   また、サディズムとの関連での「攻撃的な人物の選別」調査の結果では、攻撃的タイプは、経済的に成功しやすくキャリア指向であること、ルールを破り、リスクを負い、不正をしてもメリットを手に入れることにあまり躊躇いがないことで、外部に向かう攻撃性と内部の罪悪感の間には「逆関係」があって、攻撃的で出世しやすいタイプは、あまり罪悪感に悩まされず、たとえ、理由があっても自己批判に向き合うことができない。良心がないことがメリットだと言う世界の人間だと言うのである。

   著者は、攻撃的タイプの特徴から、経済で求められるエリートの姿が浮かんでくるとして、マックス・ヴェーバーが既に予言していたと言う。
   アメリカの大卒は、最近、他者への共感が低下し続けており、今のように「枷の外れた」経済は、手荒な行動様式に何倍もの報酬を与えるので、無慈悲、貧欲、功名心、金銭への執着、そして権力を持って経済競争を制したい強い意志持った人は、病的なナルシシズムやサディズムに近く、それに満足を感じることも多い。通常の社会に比べて、高度競争社会の上層レベルでは、サイコパス(精神病質)の割合が3倍も高い。と言うのである。

   尤も、著者は、総ての経営者や金融ブローカーに病的要素があると主張するつもりはないとして、多くはストレスに苦しみながら、興味深いそれぞれの戦略を用いて、それを何とか克服しようとしているとして、ホルモン療法の専門医に殺到して、医者に大儲けさせていると語っている。ホルモン療法で、シュワルツネッガー流の体力強化ではなく、テストステロンの濃度を上げて、仕事での競争力を保ち、職と自身のポジションを守ろうとしているのである。

   今日の実際の経済では、公平なギブ・アンド・テイクなどはなく、何も与えずに、できるだけ総てを手に入れる者が勝利する、取引でなく窃盗の世界、
   経済学の長い歴史の中で、一級の経済学者が誰も是認しなかったパラダイムシフト。
   株主資本主義が暗礁に乗り上げたとかで、欧米の企業も日本流にステイクホールダー重視を唱え始めてはいるが、所詮、winner takes allだと言うことである。

   それに比べれば、パワハラ、セクハラなど、ほんの末梢的な氷山の一角であろうが、悲しい現実である、
   さて、それでは、これから、どう生きて行くのか、
   著者の見解に総て賛成という訳ではないが、ほぼ納得で、
   精神分析から現在の資本主義を鋭く切り込んで行く手法は流石に興味深い。
   現代資本主義は、新型コロナウイルス騒ぎのように、益々、混迷の度を深めて行くのであろうか、気になるところである。
   
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