熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

アマルティア・セン著「経済学の再生」

2017年06月18日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   この本は、1986年にカリフォルニア大バークレーで行われたアマルティア・セン教授の講演録であるので、随分古くて、ある意味では、日進月歩の経済学においては、大分ずれがあろうとは思った。
   しかし、「道徳哲学への回帰」と言うサブタイトルが気に入って、セドラチェクからガルブレイス、ロバート・ライシュに触発されて、本当の経済学とは、一体何なのか、少しでも近づきたくて、倫理重視の政治経済学を説くセン教授の、むしろ、古い著作に興味を持って読み始めた。

   セン教授の本は、まだ、積読で、何となく、取っつき難い感じがして、触手が動かない。
   一度、講演を聞いたことがあり、このブログで書いている。

   ウィキペディアに、「センは経済学の中でも高度な数学と論理学を使う厚生経済学や社会選択理論における牽引者である。センは経済学の中でも高度な数学と論理学を使う厚生経済学や社会選択理論における牽引者である。”とあるが、その片鱗を見せているのがこの本であるが、これが、センの考えるあるべき経済学の姿なのであろう。
   アリストテレスやアダム・スミスは兎も角として、パレート最適の厚生経済学や功利主義との関係など、多少、哲学や宗教的な理論に踏み込むと、不勉強が災いして、理解し辛くなり、結構難しい。
   それに、巻末記載の膨大な参考文献を見るだけでも相当なもので、私など、全く接点さえない。

   経済学は、倫理学と工学的な起源を持つが、センは、その経済学と倫理学の間に、重大な乖離が生じており、そのために、現代経済理論の欠陥となっている。人間の行動は、倫理的思考に影響され、この影響を与えることが倫理学の中心面であり、厚生経済学的思考が実証主義経済学にも関連するものでありながら、厚生経済学の貧困故に、影響を与えられない。
   厚生経済学は、倫理学にもっと注意を払うことで実質的に豊かなものになり、倫理学の研究も、経済学とのより緊密な交流から利益を得られる。実証主義経済学も、行動を決定するにあたって、豊かな厚生経済学的考察を取り入れることで助けとなる。
   と、セン教授は、この本で説いている。

   さて、厚生経済学だが、ウィキペディアを引用すると、
   ”ケネス・アロー(1972年ノーベル賞受賞)やアマルティア・セン(1998年ノーベル賞受賞)らは、厚生経済学を「現実的あるいは仮想的な経済システムや経済政策を批判的に検討し、人々の福祉の観点からその性能を改善するために、代替的な経済システムや経済政策の設計および実装を企てる経済学の一分野」と定義している。
   リベラル派の経済主張を、概念的に捉えて、厚生経済学と勝手に認識して理解している程度なので、私には、パレート最適に依拠した厚生経済学としての知識は希薄である。
   センによると、「パレート最適とは、他人の効用を減らさずに誰の効用をも増やせない社会状態をいう」と言っており、パレート最適を唯一の判断基準とし、自己利益最大化行動を経済的選択の唯一の基礎とする厚生経済学は、殆ど大したことを言えなくなったと言う。
   センは、この本の第二章「経済的判断と道徳哲学」で、このパレート最適の厚生経済学について詳細に分析をしている。

   私自身、最近の厚生経済学が、どうなのかは全く知らないので、何も言えない。
   しかし、先の「厚生経済学は、人々の福祉の観点からその性能を改善するために、代替的な経済システムや経済政策の設計および実装を企てる経済学の一分野」と言うのなら、先日、レビューしたリベラル派のロバート・ライシュや、クルーグマンやステイグリッツのような資本主義論や経済政策論の方が、概念としてはるかに分かり易いし、役に立つと思っている。
   数学的な裏付けのある緻密な理論武装をした経済理論でないと認められないと言った現代経済学が、現実から如何に乖離しているかは、ガルブレイスが、『悪意なき欺瞞――誰も語らなかった経済の真相』で言及していたことだが、それが故に、センが言うように、倫理学の中心課題であり「いかに生きるべきか」と言うソクラテス流の不朽の問いを無視して、経済学があって良い筈がないと言うことでもある。
    アリストテレスの「政治学」においては、経済学の研究は、倫理学や政治哲学の研究から切り離そうとする考え方は微塵もなかったと言う。

   セドラチェクもアダム・スミス理解の欠陥に触れていたが、センも、動機と市場に対するスミスの複雑な見解が誤って解釈され、また、感情と行動に関する倫理的分析が看過されたことは、現代経済学の発展とともに生じた倫理学と経済学の乖離と呼応しており、現代経済学において、スミス流の幅広い人間観を狭めてしまったことこそ、現在の経済理論の大きな欠陥の一つに他ならない。と言っている。
   
   
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