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日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

オリンピックに思う

2014-02-12 18:01:12 | スポーツ

ソチオリンピックが開幕し、連日のように日本選手の活躍が報じられる。
今朝は、スノーボードハーフパイプ男子で、銀と銅の日本人メダリストが誕生した。
銀メダルを獲得した平野歩夢選手は、冬季オリンピックでは最年少メダリストとなった。
一方、金メダルの期待があった、ジャンプ女子の高梨沙羅選手は、4位入賞という結果になった。

私などは、「運動音痴にも程がある!」と言われる程運動が苦手なので、オリンピック選手に選ばれるだけでも大変な才能と努力だな~と、感心しきりなのだが、オリンピック大好き国民は、この時ばかりは、その成績に家族や友人でもないのに一喜一憂する傾向がある様な気がしている。
もちろん、メディアの扱いそのものも「オリンピックに出場する限りは、メダル獲得」という感じなので、しかたないのかも知れないのだが、日本の場合、選手強化のために努力をしているのは所属チームの企業や選手個人が中心で、所属団体を通しての国からの支援などは「・・・」と言うのが、現状だ。
そのことについて、400m障害でオリンピックに出場した経験のある為末大さんが、スポーツ新聞のコラムに書いていらっしゃる。
日刊スポーツ:為末大学「結果不振選手批判はブラック企業の論理」

よく言われる「国費を使って・・・」と言っても、実はその国費の使われ方も本当に選手強化に使われているのか、甚だ疑問というケースもある。
以前、夏のオリンピックでメダルの期待があったあるチームスポーツが、思ったような成績が残せず帰国したことがあった。
後で判明したことは、移動中の飛行機で役員達はビジネスクラスで移動。肝心の選手やコーチ、スタッフなどはエコノミーでの移動だった、と言うことだった。
体の大きな選手達が窮屈なエコノミーで移動をし、試合をしない役員達がビジネスの利用というのは、本末転倒では?と批判が出たと記憶しているのだが、もし国費を使っていても、この様な使われ方をしていれば、選手強化などには結びつかないだろう。

そもそも多くの人にとって、オリンピックという舞台は「観戦をする側」であって、その選手達の努力などを目の当たりにし、応援をしている訳ではない。
にも関わらず、この時ばかりは親類縁者か友人の様な気持ちで応援をし、結果が残せないと批判をする、と言うのは何とも無責任のような気がするのだ。
一方、結果を残した選手にとっても、その後のマスコミの追っかけというのは、凄まじいものを感じる。
ご両親や関係者への取材は当然、子どもの頃の恩師や同級生の話など、スポーツとは関係のない話まで取材され、選手は追いかけ回される。
今大会初のメダル獲得となった平野選手は、まだ中学3年生。
ジャンプの高梨選手も17才の高校生なのだ。
これから先の選手生活だけではなく、選手引退後の生活のほうが遙かに長い若い選手達だ。
その伸び盛りの選手達をもっと成長するように、応援するのが「観戦をする側」にも必要なのでは?

スポーツ大国というのは、メダルの数だけでは無く「観戦する側」にも、マナーのようなものがある国だと思う。


2020年東京オリンピックがもたらすモノ

2013-09-17 16:28:21 | スポーツ

今年社会的問題となったことの一つに、中学・高校などのスポーツ部の活動で「体罰」が日常的に行われていた、という問題があった。
それは「日本柔道連盟」と言う、日本の「お家芸」とも言えるスポーツにまで及んだ。

この問題が表面化したコトで、盛んに言われる様になったのが「スポーツ科学」だ。
科学的根拠に基づいたトレーニングによって、選手を強化すべき、と言うこと。
そのことには、大賛成なのだが・・・この様な「科学的見地」に立ったトレーニングを学んだ指導者が、どれだけ現場にいるのだろう?と言う疑問がある。
また、体罰を容認するような風潮が今でも、父兄側にあると言うことも聞く。
そこにはやはり「勝利至上主義」というか、「勝てば官軍」のような、発想があるからだろう。
むしろ、その様な発想が日本のスポーツを科学的な見地でトレーニングする、という考えを遅らせてきたのかも知れない。

そんな中で決まった7年後のオリンピック開催。
今は「体罰」反省から、「科学的見地に立ったトレーニング」の必要性が言われていても、次第に「勝利至上主義」的な声が強くなっていく可能性は高い。
オリンピックが始まると、連日のように「今日のメダル」という報告がテレビや新聞などで目にすることとなるからだ。
確かに「メダルを獲得する」と言うコトは、重要だと思う。
しかし、それは厳しいトレーニングの結果の成果だ。
メダル獲得数が多い欧米では、随分前から科学的根拠のあるトレーニングを選手に課して、強化してきた。
その結果としての「メダル獲得」だと言うコトを、忘れてはいけないと思う。
確かに、「最後の力を振り絞る時」と言うのは、トレーニングなどで鍛えた力よりも、精神力だとは言われているが、「最後の力を振り絞れるトレーニングをする」と言うコトのほうが、世界で闘う力になるのでは。

このオリンピック開催が「体罰」の問題を生かす、またとないチャンスだと思う。


スポーツのお手本となる?アイスホッケー女子日本代表

2013-02-13 12:46:36 | スポーツ
昨年暮れに起きた大阪市立桜宮高校での「体罰」に端を発した、一連のスポーツの指導のあり方。
遂に日本のお家芸の一つである柔道の日本代表選手にまで発展し、「スポーツにおける指導のあり方」というコトが、真剣に問われる様になってきた。
そんな中、昨日アイスホッケー日本女子代表チームが、早々とソチオリンピックの出場を決め、帰国した。

アイスホッケーというスポーツそのものが、マイナーというか地域限定的なスポーツというコトもあり、日本で人気のあるスポーツだとは言い難い。
以前テレビドラマで、SMAPの木村拓哉さんが主演した「ヒーロー」で、一瞬注目をされたような気がするのだが、それ以降余りスポーツ紙などでも取り上げられるコトがほとんど無いスポーツだと思う。

そんなアイスホッケーだが、スポーツとしては「氷上の格闘技」と呼ばれる程激しいスポーツ。
男子選手などの体格を見ても、筋骨隆々だけではなく体そのものが大きく無くてはできないスポーツだという気がする。
そんなアイスホッケーに女子チームがあり、しかもオリンピック種目だとは知らなかった。
何でもソチオリンピック出場は、長野オリンピック以来だという。
長野オリンピックの時は、「開催国枠」での出場。
そう考えると、今回の出場決定というのは大変な快挙だとも言える。

その快挙を成し遂げたチームのキャプテンは、何と!21歳になったばかりの大澤ちほ選手。
これまで、チームスポーツのキャプテンと言えば、サッカー日本女子代表の宮間あや選手や澤穂希選手の様に、チームをグイグイ引っ張っていくような印象が強い。
と言うよりも、その様なキャプテン像が一般的なのではないだろうか。
それに対して、大澤選手はまだ21歳と若く、年長者が多くいるチームの中で、キャプテンという責を果たしている。
予選前に収録されたと思われる、インタビューをFM番組で聞いたコトがあるのだが、極々普通の20歳の女性(と言うよりも「女の子」という印象だった)で、「みんなと一緒にソチ(オリンピック)を目指したい」と、話をしていた。
その印象から、もしかしたら大澤選手は新しいタイプのキャプテンのタイプなのかも知れない・・・と、思ったのだった。

そして選手達を支える監督やコーチなども、これまでのような「縦関係」ではなかったのではないだろうか?
これはサッカー日本女子代表にも言えるコトだが、監督と選手の関係がある意味フレンドリーで、一体感があるのでは?と感じている。
それを感じさせるのが、出場を決めた直後に撮られた写真だ。
選手達のはじけるような笑顔を中心に、監督やコーチ達が取り囲んでいる。
その後、選手達は女性コーチを呼び、みんなで胴上げをしている。
「監督やコーチがいたから、頑張れた」という内容のコメントを読むと、女子柔道のような監督・コーチと選手の関係では無かった、と言うコトがわかる。
とすれば、アイスホッケー日本女子代表チームの強化プログラムに、スポーツ指導のヒントが隠されているのではないだろうか?


勝利至上主義が体罰を招く?

2013-01-24 19:43:40 | スポーツ
大阪市立桜宮高校の生徒の自殺に端を発した「体罰」の問題。
受験シーズンと重なったため、毎日の様にニュースなどで取り上げられている。
週刊誌などでは「体罰」の問題よりも、入試を取りやめにした大阪市長の橋下さんへの批判も目立つようだが、一般的な公立高校の入試が2月下旬~3月上旬というコトを考えれば、この時期に判断をしないと難しいと思う。

それよりもビックリしたのは、ネットでこの報道をと検索をすと高校の部活などで起こったニュースが数多く関連ニュースとしてヒットする点だ。
それだけでは無く、当事者である生徒は傷ついているにも関わらず、周囲は「熱血教師」と思っているコトだ。
その裏にあるのは、どうやら「勝つためには仕方が無い=勝利至上主義」という感覚がある様に思う。

私自身はスポーツの才は無いに等しく、学生時代でもスポーツとは無縁だった。
スポーツ観戦そのものは、決して嫌いでは無いと思っている。
ただその観戦しているスポーツに「勝利至上主義」的な雰囲気を感じると、とたんに興味が薄れてしまう。
日本代表戦のような試合はともかく、プロスポーツであっても「スポーツをする」と言うコトよりも先に「勝つことが最優先」という雰囲気があると、ゲームそのものに面白さが感じられなくなってしまう。
その理由は、サッカーなどの場合はラフプレーが多くなり、ゲームの流れそのものが停滞してしまうからだ。

高校生の大会などは、トーナメント戦が多いコトもあり「試合に勝たなければ、次が無い」と言う気持ちになってしまい易いのかも知れない。
そのため「手荒い指導」と言う名の「体罰」が、横行しやすくなってしまうのだろう。
しかしその「勝利至上主義」を期待しているのは、案外生徒では無く親御さんをはじめとする周囲なのではないだろうか?
違う見方をすると「練習を一生懸命頑張ったのだから、勝たせてやりたい」という気持ちが、何時しか「勝つことが大事」に変化をし、「勝つためには手荒い指導も必要」という思考になっていってしまった結果が「体罰容認」というコトになっているような気がするのだ。

そもそも自殺をした生徒が在籍をしていた体育科という科は、将来体育教師などになりたい生徒が集まっているのだろうか?
それとも、ある特定のスポーツに秀でた才能がある生徒達が集まり、将来プロを目指す科なのだろうか?
もし、体育教師を目指すのであれば、その担当教師はもっと論理的な指導法を学んでいる必要があると思う。
なぜなら、将来の教師を育てているのだから。
プロを目指すのであれば、それこそスポーツ大国と呼ばれる米国のトレーニングメソッドを習得している必要があるだろう。
なぜなら今のスポーツ選手は、海外移籍などが当たり前になりつつあるからだ。

安易な「勝利至上主義」は、日本のスポーツにとってマイナスのような気がするのだ。






根性論だけのスポーツは時代遅れ?

2013-01-11 19:08:00 | スポーツ
大阪市立桜宮高校のバスケット部主将だった生徒の自殺から、顧問の教師による体罰というよりも暴力が、明らかになりつつある。
バスケット部だけではなく、同様の指導と言う名の体罰というか暴力がバレー部でも在ったようだ。
バレー部に関しては、バスケット部の問題が発覚する前にも問題があったようなので、2度目の問題発覚というコトになる。

この様な事件が起きると、多少体罰のような指導ができるのも愛情でそれが熱血指導である、と言うご意見の方がテレビなどで発言されるコトがある。
元プロスポーツの経験者で、ご自身もその様な指導を受けてこられた方のように感じる。
そして次に出てくるのが「根性論」だ。

長い間、日本のスポーツではこの「根性論」が幅を利かせてきた感がある。
確かに、「最後の一歩が出るか出ないかは、気持ちの問題」というコトはしばしば言われているコトだ。
問題なのは、その「気持ちの問題=根性論」とするトコロなのではないだろうか?

昨年暮れ、引退をしたサッカーの中山雅史選手などは、「気持ちでプレーする選手」だった。
しかし中山選手のプレーには、いわゆる「根性論」的なトコロはほとんど無かった様に思う。
それは試合を間近で見ていても「根性」ではなく、「向上心」だったような気がするのだ。
中山選手自身、「サッカーの上手い選手は沢山いる。自分は下手な選手だと思う。だからこそ、少しでも上手くなりたい、そんな気持ちでプレーをしている」と、いろいろな場面で話しをしている。
だからこそ、他の選手よりも早く練習場に来て筋トレをしたり、遅くまで走り込みをし、人一倍時間をかけ体のケアをしてきた選手でもあるのだ。

ところが「向上心=根性」と解釈をすると、暴力的な行為も「選手を発憤させるため」という理由になったり、今回の自殺をした生徒に対して行ったような「主将への見せしめ」的指導に、なってしまうのではないだろうか?
何もスポーツに限ったコトでは無いが「根性論」よりも、「向上心」を持たせる為の指導というものが、とても苦手な指導者が多いような気がする。
「好きこそ物の上手なれ」という諺があるが、そのスポーツやお稽古ごとをまず好きになること、そして目の前にある目標を確実に達成させ、達成感と新しい目標、最終的な「なりたい像」を明確にさせ、そのために何をしたら良いのか?どうすればできるのか?と言う具体的なビジョンづくりが、抜け落ちてはいないだろうか?

指導者が鉄拳を振るったところで、選手が伸びるわけでは無いし良い成績が残る訳でもない。
そろそろ「根性論」ではない、指導者の育成に本腰を入れる時期なのでは?
オリンピック招致に名乗りを上げている以上、スポーツ選手の育成も世界をリードできるモノに変わる必要があると思う。





町工場VSフェラーリ

2012-12-24 18:13:17 | スポーツ
昨夜、ネットでニュースサイトを見ていたら「下町ボブスレー 初の実戦で優勝」と言うモノがあった(ニュース映像をyoutubeにUpしたモノ)。
このニュースを聞いて、日本の町工場の底力のようなものを感じた。

ご存じの方も多いと思うのだが、ボブスレーをはじめとするウィンタースポーツのソリ競技で使われるソリのほとんどは、海外のもの。
特にボブスレーなどを製作しているのは、モータースポーツ・F1でおなじみのフェラーリなどだ。
フェラーリとボブスレーというと、何となくちぐはぐのような気がするのだが、高速スピードを競う、と言う点では共通するモノがある。
ボブスレーなどのソリを作る技術がF1に活かされている、と考えるべきなのかも知れない。

ところが、日本の自動車メーカーさんはこの様なコトに興味が無いのか?余り積極的では無い様だ。
実際のトコロは判らないが、国産のソリというのは聞いたコトが無い。
そのために、ボブスレーだけでは無くソリ競技の選手達は、そのソリの調達から大変な資金難に陥っている、と言う話も聞いたコトがある。
日本の自動車メーカーの技術を持ってすれば、フェラーリに対抗できる位のソリができそうな気がするのだが・・・ただ、日本の自動車メーカーそのものが、F1レースから撤退しているコトを考えると、スピード以外のHV車やEV車などへ特化したクルマづくりを考えているのかも知れない。

今回ボブスレーを作った大田区の町工場集団は、逆に自分たちの持っている高い技術を集めルコトで、フェラーリに対抗しようとしている。
ある意味、自分たちの持っている技術の高さを世界にアピールする為のソリ作り、と言うコトなのだと思う。
結果国内での結果ではあるが、初優勝を飾るコトができた。
これは、大きな自信になったのではないだろうか?
町工場自体は、大手企業の下請け・孫請けのような存在かも知れないが、集まるコトで大きな力を発揮するコトに成功しているからだ。

F1参戦は無理だとしても、技術の集約によるモノづくり基地として、海外の企業などが積極的に動き始めるかも知れない。
そうなれば、大手企業の下請け・孫請けでは無く、技術の集積企業として町工場が復活する可能性もあるのでは?
そんなコトを感じさせる年末の嬉しいニュースだった。

ドラフト会議の不思議

2012-10-25 21:38:35 | スポーツ
今日、プロ野球の「ドラフト会議」があった。
毎年、この季節になると各球団の第一位指名選手の名前が、スポーツ紙だけでは無く一般週刊誌などにも取り上げられるようになる。
それほど、世間が注目しているというコトなのだろう。

そして毎年の様に、「希望球団からの指名ではないから」と言う理由で、辞退する選手達がいる。
プロ野球と言えども、就職というコトには変わりないのだから企業側が希望しても、辞退を申し出る選手がいてもおかしくないだろう。
希望する球団からの指名の為に、1年「浪人生活」をする選手などは、「就職浪人」と言ったトコロだろうか?

今年、最大の注目選手は花巻東高校の大谷選手は、随分前からメジャーリーグでのプレーを希望していた。
本人も「指名をして欲しくない」、と言う趣旨の話を随分前からしていた様だ。
にも関わらず、指名をする球団がある。
説得できる自信がある、と言うコトなのだろうか?
それとも、日本のプロ野球で活躍せずにメジャーリーグでプレーできない、と言う規約でもあるのだろうか?

コレまで指名を断る選手達の理由が、何となくブランド志向的な印象を持っているような気がしていたので、「希望以外の球団でプレーするコトで、違う道がひらけるんじゃないの?」という気がしていただが、大谷選手の場合メジャーリーグというブランド志向と言うよりも、自分の実力をメジャーリーグという、一番中心的なトコロでプレーしたい!と言う心意気のようなモノを感じるのだ。
とすれば、海外でのプレーを野球界全体で後押ししても良いのでは?
「日本の優秀な選手は、みんなメジャーリーグへ移籍する」と嘆くよりも、「メジャーでも通用する若い選手が、あえて日本のリーグでプレーしたい」と、思わせるような魅力あるリーグ、球界創りのほうが、大切な気がするのだ。

日本のプロ野球人気の低迷が言われる様になって、随分経つような気がする。
それは、今まで中心的球団人気が減っただけで、人気が高くなかったパリーグなどは、順調に観客動員数を増やしている様だ。
地元ファンを増やすコトには、成功しつつあるとすれば、次のステップは「海外挑戦よりも、日本でプレーするほうが魅力的」だとか「メジャーリーグよりも、日本のほうが厳しくもやりがいがある」と思える環境づくりだと思う。

それにしても、プロ野球の「ドラフト会議」と言うシステムは、よく分からない・・・。

「朝日VS讀賣」になりそうなプロ野球の契約金問題

2012-03-15 20:21:42 | スポーツ
今朝の朝日新聞の一面は、「巨人、6選手に契約金36億円 球界申し合わせ超過」という記事だった。
この一面を見たとき、「日本って、平和だな~」というのが率直な感想だった。
未だ震災からの復興への道筋が分からず、「東京電力福島第一原子力発電所事故」は収束どころか今の状況すら見えていない。
個人的には、メディアが「放射能汚染」を声高に伝えれば伝えるほど、一番注意をし、状況を把握しなくてはいけない「東京電力福島第一原子力発電所事故」を忘れさせているような気がしてならない。
というのも「放射能汚染」は、とても身近な問題で、多くの人にとって「東京電力福島第一原子力発電所」は、遠い場所の問題だと受け止めがちだからだ。

それだけではなく、日本の経済状況も好転の兆しが本当に見えてきているのか多いに疑問な点がある。
昨日は、シャープの社長交代が発表され、大幅な赤字を抱えていることも分かってきた。
戦後日本経済を支えてきた屋台骨である、製造業の多くが厳しい経営を迫られている。
そんな状況にある日本なのに、日本の全国紙の一面がプロ野球の契約金の話なのだ。
それも昨年の話ではない。
1997年~2004年の話。
今更、このようなコトが表沙汰になったところで、多くの人は「やっぱり巨人は、お金持ちチームなんだ・・・」程度にしか感じないのでは?
阪神球団社長さんも、「あくまでも目安」という内容の発言をされていることを考えると、おそらく「申し合わせはしたけど、球団の財政力があればいくらでもOK」という、暗黙の了解のようなモノがあり、関係者は巨人が申し合わせた契約金額よりも超過していたことは知っていたのではないだろうか?

当然のことながら、この記事ですぐに反応したのは讀賣新聞と当事者である巨人だ。
「巨人、契約金で朝日に反論」
こちらの記事を読む限り、朝日の記事は分が悪い気がする。
プロ野球球団と記事を掲載した朝日との間で、「契約金に関する認識の違い」というところだけが浮き彫りになっている感がある。
注目すべきは「一括だと『まずいことに』巨人、分割受け取りを勧める」という点だと思う。

いずれにしても、プロ野球人気(というか、巨人人気)が低迷する中で起きたこと。
社会にどれほどの影響があるとは思わないが、「朝日VS讀賣」という「新聞」という業界内喧嘩で終わりそうな気がする。

日本の全国メディアはいつまで経っても「スポーツ=プロ野球(あえて言うなら「巨人中心」)」という、古い体質だということがよく分かった記事でもある。

アスリートとしてのプライド

2012-01-15 20:30:09 | スポーツ
フィギアスケートの浅田真央選手の本が、急遽出版中止となった。
そのことに対して、浅田選手は「宣伝などの方法が、自分の意図しないものであった」という内容のコトを話している。
その後出版を予定していた出版社からも、新聞に同様の内容の出版中止のお知らせを掲載している。

2月上旬発売を予定していた本なので、もしかしたら一部は刷り上ってしまっていたかも知れない。
それでもあえて、浅田選手が出版中止を申し入れたのは出版内容と宣伝の内容が、大きく違っていたからだろう。
しかし、出版社側としてはその「宣伝内容」を使うことで、より高い宣伝効果がある、と考えていたというコトだ。

その問題となった宣伝内容とは、昨年暮れ亡くなられた浅田選手のお母様を使ったものだった。
何気なくその宣伝内容をみると「亡くなったお母さんにささげる内容なのかな?」と、思ってしまうもの。
しかし、実は1年以上の時間をかけ準備をしてきた本だった。
だからこそ、浅田選手は「亡くなった母を出してまで、本を売ろう」という姿勢に、疑問を感じたのだろう。

ただ今回のようなケースは、とても稀のような気がする。
出版社側としては、お母様が亡くなられたのは事実だし、そのことに触れているいないではなく、話題の一つとして使いたい、という気持ちはあるだろう。
いくら浅田選手とは言え、作家が本業ではない。
だからこそ、出版社の多大なサポートを必要として作られたはずの本だったはずだ。
その「多大なサポート」を盾に、出版社がややもすると強引なカタチで本を出すということは、これまであったのではないだろうか?
だからこそ、あのような広告宣伝文を掲載したのでは?
ところが浅田選手側から、出版中止の申し入れがあった。
それも浅田選手側が先手を打つようなカタチで、発表をした。
そのことが、とても稀なケースのように思うのだ。

そして一つ思い当たるのが、浅田選手をマネジメントしている企業の存在だ。
浅田選手がマネジメント契約をしている企業というのは、米国のスポーツ専門のマネジメント会社だったと思う。
それも単にマネジメントをするだけではなく、有望と思われる選手を育成することにも力を入れている。
そのため、選手に対するイメージ管理なども厳しくしているだろうし、何より選手がアスリートとして、余分なコトを考えなくても良い環境を作り出す努力をしているはずだ。
だからこそ、浅田選手が亡くなったお母様のコトまで持ち出して宣伝をする、という出版社側の姿勢に対して、強く言うことができたのではないだろうか。

残念ながら日本では、これほどまでに強いマネジメント会社は無い。
選手のイメージを守るというのは、マネジメント会社にとって当然のことなのだが、「売れるが勝ち」的なムードをマネジメント会社側も作りがちになっているのが現状だろう。
そのように考えると、浅田選手の本の出版中止というのは、単に「宣伝」の問題だけではなく、アスリートのあらゆる面のマネジメントとは何か?というコトを、考えさせられるモノのように思う。

そして、それは一般の企業についても同じことが言えると思う。
すなわち「社会が自分たちをどう見ているのか?」という、第三者的な視点を企業内で持つ重要性というコトだ。

おめでとう、澤さん

2012-01-10 20:15:49 | スポーツ
年が明けて最初のおめでたいニュースが、飛び込んできた。
サッカー日本女子代表の澤穂希選手が、FIFA年間最優秀選手を受賞したのだ。
昨年のW杯女子大会での活躍が認められてのコトだが、このFIFA年間最優秀選手というのは、サッカー関係者の投票で選出される。
プロがプロを選ぶという意味では、本当に名誉ある受賞というコトになる。
もちろん、男女初の快挙だ。
日本サッカー協会公式HP トピックス

今回、澤さんが受賞した「年間最優秀選手賞(通称:バロンドール)」を受賞すると男子の場合、様々なメディアが注目し、CMなどでも引っ張りだこになる。
サッカーの場合、CMなどで使われる対象国は全世界になるので、当然のことながら1本のCMなどに出演すると、チームとの契約金以上の出演料というコトもままとしてある。
今回男子で受賞したメッシ選手などは、過去何度か受賞しているのでチームとの契約金よりもCMなどの出演料のほうが高いかもしれない。

ただ残念なことに、これはあくまでも男子の話。
女子の場合、これほど恵まれた環境には無い。
その中でも、FIFAランキングに似合わないほどの環境の中で、プレーしているのが日本の女子選手たちだ。

昨年のW杯優勝で、日本中が湧き注目されるようにはなったが、それでも大きな環境の変化は彼女たちには無い。
もう一つ女子の場合W杯よりも、注目されるのが「オリンピック」という舞台だ。
というのも、FIFAに加盟している国や地域はオリンピック参加国(地域を含む)よりも多いのだが、女子サッカーとなるとその数が大きく減ってしまう。
世界中に配信されるという意味では、むしろオリンピックなのだ。
だからこそ、「なでしこジャパン」の選手たちが帰国直後から「ロンドンでも金を獲らないと」と、言い続けているのだ。

今年はそのオリンピックイヤー。
日本女子サッカーにとっても、より厳しい戦いが始まる年だ。
そんな中、澤さんのこの受賞は大きな励みになるだろう。
そして、未だ震災からの復興の光が見えにくい被災地にも、大きな勇気を与えるのではないだろうか。

とにかく、おめでとう!澤さん。

もう一つ付け加えるなら、最優秀監督を受賞した佐々木監督にもおめでとうございますなのだが、日本が「フェアプレー賞」を受賞したことも、書いておきたい。
「フェアプレー賞」は、警告や退場者数だけではなくプレーそのものも、受賞の大切な要素となっている。
だからこそ、この賞を受賞するということは、日本の選手たちの精神的な「フェアさ」だけではなく、相手チームに対する敬意という点もプレーの中で認められたというコトだ。
どんな場面であって、フェアな気持ちと相手に対する敬意・・・とても大切なコトだと思う。
サッカーだけではなく、日本の企業も国内外を問わず常に「フェアプレー」であって欲しい、という願いをこめて。