まったく、宮沢賢治という人が存在したということが、夢のようだ。だが、賢治はたしかに存在したし、写真も残っている。賢治の親戚にカメラの好きな人がいたが、そのわりに賢治の写真は少ないのは、賢治が写真に写ることがきらいだったから。
賢治の顔写真を何枚かみていると、「口もと」に特徴があると気付いた。そして、24歳で夭折した妹トシもおなじ口もとをしているのだ。
先にも登場した賢治の教え子だった長坂俊雄さんはこう言う。
「『宮沢先生』… われわれはそんなふうに言いませんよ、われわれは『アルパカ』って。尊敬なんぞしていませんよ。賢治は歯が出っぱっている。だから、アルパカ」
ははあ、賢治の写真の、あの「口もと」は、出っ歯をかくすためか!
長坂さんは言う。
「(賢治は)いたずらものの茶目っ気なんですよ。演劇だって、あれですよ、喜劇が多いですよ。何ていったって宮沢賢治から演劇を取るわけにはいかないな。私が一番感激したのが、あの『飢餓陣営バナナン大将』です」
「尊敬なんぞしていない」という長坂さんの言葉は、えらくなって高いところに上げられてひとりぼっちになりそうな賢治を、「えいやっ」と自分の側まで引き寄せる、そんな優しさから出た言葉だろう。それが、「バナナン大将の精神」だ。(あっ、まだ読んでなかったわ。カンでいってみました)
「バナナン大将、これこそ私の進むべき道だと、これを人生訓とした。そしてそれを忠実に守りました。結果はすべてよく返ってきました。」
1907年生れの、この長坂俊雄氏は、宮沢賢治の詩の中にも、「俊夫」として重要な役割で登場している。(その話はまたの機会に。) お元気ならば、今、100歳である。
アルパカの写真 ←歯、出てないじゃん。でも、似てるっちゃあ、似てるネ。
図では、賢治の学帽の上に「蜂鳥」を載せてみました。ハチドリは、日本にはいませんが、宮沢賢治の本にはよく出てきます。おそらく賢治は、博物館でハチドリの剥製を見たのだろうといわれています。
ハチドリは、蜜蜂のように、飛びながら、花の蜜を吸います。英語ではハミングバードといい、そしてその美しさから「飛ぶ宝石」と呼ばれています。小さい鳥で、体重は2グラム以下!
(そして、ナスカの地上絵の鳥は、ハチドリなんだってさー! へえーへえー! ←20へえ)
賢治の顔写真を何枚かみていると、「口もと」に特徴があると気付いた。そして、24歳で夭折した妹トシもおなじ口もとをしているのだ。
先にも登場した賢治の教え子だった長坂俊雄さんはこう言う。
「『宮沢先生』… われわれはそんなふうに言いませんよ、われわれは『アルパカ』って。尊敬なんぞしていませんよ。賢治は歯が出っぱっている。だから、アルパカ」
ははあ、賢治の写真の、あの「口もと」は、出っ歯をかくすためか!
長坂さんは言う。
「(賢治は)いたずらものの茶目っ気なんですよ。演劇だって、あれですよ、喜劇が多いですよ。何ていったって宮沢賢治から演劇を取るわけにはいかないな。私が一番感激したのが、あの『飢餓陣営バナナン大将』です」
「尊敬なんぞしていない」という長坂さんの言葉は、えらくなって高いところに上げられてひとりぼっちになりそうな賢治を、「えいやっ」と自分の側まで引き寄せる、そんな優しさから出た言葉だろう。それが、「バナナン大将の精神」だ。(あっ、まだ読んでなかったわ。カンでいってみました)
「バナナン大将、これこそ私の進むべき道だと、これを人生訓とした。そしてそれを忠実に守りました。結果はすべてよく返ってきました。」
1907年生れの、この長坂俊雄氏は、宮沢賢治の詩の中にも、「俊夫」として重要な役割で登場している。(その話はまたの機会に。) お元気ならば、今、100歳である。
アルパカの写真 ←歯、出てないじゃん。でも、似てるっちゃあ、似てるネ。
図では、賢治の学帽の上に「蜂鳥」を載せてみました。ハチドリは、日本にはいませんが、宮沢賢治の本にはよく出てきます。おそらく賢治は、博物館でハチドリの剥製を見たのだろうといわれています。
ハチドリは、蜜蜂のように、飛びながら、花の蜜を吸います。英語ではハミングバードといい、そしてその美しさから「飛ぶ宝石」と呼ばれています。小さい鳥で、体重は2グラム以下!
(そして、ナスカの地上絵の鳥は、ハチドリなんだってさー! へえーへえー! ←20へえ)
知識はねえ、少ないほうが理想です。イメージ的には、知識は「外」にあって、自分の中は風通しがいいほうが…。
この記事に書いた長坂さんは「よし、おれはバナナン大将の生き方でいこう!」と決めて、あとは無駄なものがないって感じでしょう。そこがいいと思うんです。
でもそうすると、やっぱり、同じように「不安」になる。そこはきっとわたしらと同じ人間なんですなー。