はんどろやノート

ラクガキでもしますか。

古武道、アインシュタイン、そして部活

2007年09月07日 | はなし
 甲野善紀(こうのよしのり)さんを描いてみました。古武道の人で、最近はよくテレビにも出ていますね。このブログ内では竹内敏晴氏のことを書いたときに名前だけ出てきます。僕がこの人を知ったのは、14年くらい前かな、光文社カッパサイエンス『古武術の発見』という本を買って読んだのですが、これは甲野さんと、養老猛司(解剖学の専門家)の対談本です。
 この本によると、甲野さんは、20歳のころ、「運命というのは最初から決まっているのか否か」について、ノイローゼになるほど悩んだとのこと。その結果、『無関門』という禅の本の中にあるヒントを得て「運命は初めから完璧に決まっていて、しかも自由だ」と自分なりの結論を得たのだそうです。それが、同時に読んでいたアインシュタインの「光は波であって、同時に、粒子である」という話とぴったり重なって、それまでの鬱がスーッと消えた。で、原理としてはこれで一応はわかった、あとは、このふつうの理論では矛盾している二重性を、どうからだで実感するかだ、と考えた。それで、
 「よし、武道をやろう」
と、甲野さんは、決めたのだそうです。

 こういう話を聞くと、男ってバカだな~、って思う。イイ意味でネ。

 この本には、実在した古い時代の武術の達人の話も出てきます。たとえば、松林左馬之介無雲。(サマノスケムーン …いい響きだ) 「へん也斎」(変野菜?)という名も持っていますが、この人は信州松代の出で、白土三平のマンガのキャラとしても登場しているんです。(そのマンガ、探してみたのだが…わからなかった、押入れのどこかにあるはずだが)

 時々ですが、僕も「ナンバ走り」練習してます。甲野善紀の「井桁崩し」、ナマで観てみたいナ~。


 僕の手元に6年前に録画したNHKの番組のビデオがあります。甲野善紀の名前が新聞TV欄にあったので録画したのですが、それは桐朋学園のバスケットボール部の先生の話でした。
 桐朋学園のバスケットボール部の「奇跡」についてご存知ですか。桐朋学園は東京の学校ですが、ここは、音楽や演劇に力を入れていることで有名ですが、かなりの進学校でもあります。
 元実業団リーグの選手だった金田伸夫さん。この先生がこの桐朋の中・高のバスケットボール部の監督になり、金田先生はガンガン熱血指導をして、このバスケット部を都内ベスト4まで導きます。進学校なので練習時間は1日80分だけ、平均身長172cm、それでこの成績ですから、たいした指導力です。
 生徒たちは受験勉強になれています。要領よく先生の指導にあわせて処理していきます。金田先生はもともと選手としては背が小さい方なので、背の小さなチームが大きなチームと戦うための戦術を教えて、成功したのです。
 ところが金田先生は「へんだなあ」と思います。生徒たちが、それほどの成績でも期待したほど喜ばず、負けてもそれほど悔しそうではない。手ごたえがありません。そんなふうに感じているうちに、部内での「いじめ」が発覚しました。強いチームになったのに、ちっともうれしそうでなく、いじめがある… 「なんのための部活なのか…」と金田先生はすっかり自信を失います。
 そこで考え方を変えよう、という思いから、なにかのきっかけになればと、近くに住んでいる古武術の甲野善紀さんをよんで、その動きを生徒にみせました。
 甲野さんの動きは、すごい。(これを見るために、僕はこれをビデオに撮ったのだ。)
 古武術家の、そのスゴイ動きを目の前で見た生徒たちは、「この動きを練習に生かしたい」と言い始めます。先生は、よし、じゃあやってみようということになりました。でも、具体的にどうやっていいかわからない。わからないところから、先生と生徒が工夫して一緒に考えるようになった、というのです。それまでの金田先生は、生徒たちにとって「なるべく接触したくない先生」でしたが、そのイメージも変わってきました。
 動きの並列処理、ナンバ走り、捻らない動き、テイクバックをとらないスローイング… 甲野さんは教えません。「私の動きを見て、自分なりに学んでほしい」という姿勢です。
 自分で工夫して考えるようになった生徒たちは、生き生きとしてきました。自分が見つけた知恵を、同僚や先輩、後輩、先生に教えていきます。このビデオを見ていると面白いですよ。座布団を頭にのせて歩いたり、壁に向かって肩甲骨を動かすトレーニングをしたり… そして編み出した「桐朋オリジナル空中パス戦術」。マンガみたいです。
 そんなふうにして生まれたチームが、インターハイ全国ベスト16になったのです。平均身長172cmの進学校チームが、です。 この話は、今ではずいぶん有名なようで、けっこうみんな知っていますが。
 この時に最も有効だったのが「ナンバ走り」だそうです。これは極端にいえば、右手と右足を同時に出す走り方で、「体を捻らない」ことで体力のムダな消耗を減らせるというわけ。小さな選手たちの変な動き、減らない体力、それに翻弄される巨人チーム… おもい浮かべると愉快になりますね!


 アインシュタイン博士が、「光は波である」という意見が主流となっていた物理界に、「いや、波であると同時に、粒子でもあるよ」という論文(光量子仮説)を発表したのが1905年。これがその後、「量子力学」の基礎となりました。
 またこの年にア博士は「特殊相対性理論」も発表しました。これは「時間って、縮んだり伸びたりするよ」という驚くべき内容でした。1905年、これは日本では、明治時代(38年)のことです。

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