はんどろやノート

ラクガキでもしますか。

林葉の振飛車 part1

2013年06月25日 | しょうぎ
 これは日本将棋連盟発行の『将棋年鑑』から。1991年夏に発行のもの。

 「林葉、ファジーな復活」という見出しが、わらえます。この年に「ファジー」って言葉が流行って、これを書いた担当記者、「ファジー」を使ってみたかったんですね、きっと。

 何回かにわたって、「林葉直子さんの振り飛車」の将棋を鑑賞したいと思います。


中井広恵-林葉直子 1989年
 平成元年。林葉直子、中井広恵、清水市代が「女流3強」と呼ばれた時代。女流タイトルはまだ2つで、「名人」を中井が、「王将」を林葉が持っていた。
 その両者がレディースオープントーナメントの決勝で激突した。その三番勝負の第1局。
 後手の林葉直子の四間飛車(3二金型)に、先手中井広恵が「3五歩」から急戦で仕掛けた。林葉はこの「3二金型」の振飛車が好きだったと見える。
 林葉、「7五歩」。 これは6三銀~7二飛とする「袖飛車」の戦術で、林葉直子のこれまた得意中の得意の闘い方。大山康晴名人がよくこれを使っていた。
 (後手で7筋、先手で3筋に飛車を移動して活用する戦型を「袖飛車」という。)


 『将棋年鑑』の手の解説に、林葉の「7二飛」について、〔林葉振り飛車の真の姿とまで言われる袖飛車。〕と説明があるのが面白い。
 3筋で銀交換。その銀を後手林葉は「6四銀」と打った。中井は7六に。
 林葉は、次に「7四歩」の歩の合わせからの攻めをねらっている。その準備として「6二金」。これは7四歩、同歩、同銀から攻めた時、「6三」にスキができるのでその弱点をカバーしている。また、後手が角を切って攻めた時、たとえば4四角のような王手の筋をあらかじめ消している。
 林葉さんはここでどうやらこの先の「寄せの構図」をくっきりと描いていたようである。

 2四歩、7四歩、同歩、同銀、7五歩、同銀左、同銀、同銀、7六歩、同銀、7五歩、7七銀成、同金、8九銀、6八玉、5六歩、同飛、6四桂。


 「5六歩、同飛」と飛車を呼び込んで「6四桂」!

 5一飛成、6一金、2一竜、5六桂、6九玉、7七角成、6八金、同桂成、同銀、7八銀成、5八玉、6八成銀、同角、5七歩、同角、5六歩、3九角、5七金、4九玉、5九馬、3八玉、4七金。

 わざわざ5筋に飛車を呼んで、5一飛成と竜をつくらせ、2一の桂馬を手順に取らせて、それから「5六桂」で寄せる。驚愕の構図を林葉は描いていた。

投了図
 おお、まるで谷川浩司のような美しく澱みのない寄せではないか!

 続く第2局も林葉が勝って、レディースオープン優勝。


林葉直子-斎田晴子 1990年
 1990年度(平成2年度)の女流名人には林葉直子が挑戦者となった。その前年度に清水市代が「名人」に返り咲いていた。
 これはその名人戦挑戦者を決めるA級リーグの斎田晴子との一戦。林葉先手で、“7六歩、3四歩、5六歩、8八角成、同銀、5七角、5八飛”という出だしで始まった。相手にあえて成角をつくらせて指す“力戦”(定跡形をはずれた戦いをこう言う)である。林葉が「仕掛けた」のだ。
 1991年頃から、林葉直子の将棋には、“変化”が見られ始めます。「ふつうの振り飛車」だけではない、プラスアルファの“味付け”が加わっていく。そのきざしがここに見え始めています。


 図の「6六角打」で先手が良くなった。馬と角の交換が避けられない。
 ところが斎田は「4四歩」でなんとかなると思ったらしい。林葉は「同飛」。
 これで後手のキズ口がぱっくりと開き、先手が大優勢に。

 4四歩、同飛、同角、同角、2二銀、6五角。


 6五角は調子が良い手に思える。しかし4三角の方がもっとよかった。これなら、後手が3一玉なら、6一角成で金が取れるから将棋はそこで終わっている。
 6五角、3一玉で、実戦は長引いた。
 いやそれどころか、斎田が頑張り、逆転の目まで出てきたのだった。


 最終盤。後手の斎田晴子が「3五桂」と打ったところ。
 この手が明暗を分けた。1五桂ならそれで斎田の勝ちになったはず。

 実戦は、3六玉、5四角(同馬と取ると先手玉はトン死)、3五玉、4三角、4二飛、3二角打、2五歩(詰めろの防ぎ)、5五飛。


 5五飛と後手が打ったところだが、この図で、もしも後手の“1五桂”が盤上に残っていたら、5五飛では、△3四金から先手玉は簡単に詰みになるのだ。しかし、それは“もしも…”の話。
 
 5五飛、4五香、同桂、2六玉、2四歩、3四銀、2五歩、1六玉、2六金、1五玉、1四歩、2四玉、5四飛、2三金、2一玉、3三桂。


 3一玉、4一桂成、まで109手、林葉直子の勝ち。
 斎田晴子には、「あの一瞬」にだけ勝つチャンスがあった。終盤を正確に指した林葉が最後に制した。


中井広恵-林葉直子 1990年
 名人戦A級リーグ両者ともに8勝1敗での対決。これに勝った方が女流名人への挑戦権をつかむ。
 後手林葉直子の「四間飛車」から、なんと「7四銀」! 銀冠美濃と見せかけて飛車を8筋に振り戻す。まるで藤井システムのような…。
 ちなみにこの4、5年後に藤井システムを生み出す藤井猛はまだ奨励会の三段リーグを闘っていました。藤井がプロ四段になるのはこの対局の4か月後。

 図から、6六銀、8五歩、同歩、8二飛、7七銀、9三桂、7九角、4五歩、6六歩、8五桂、8六歩、7七桂成。

 9三桂から8五桂と跳ねて、林葉は銀桂交換に成功。


 7七同銀、8五歩、同歩、同銀、8六歩、同銀(!)。


 8六同銀、6六角、7七銀打、3九角成、2六飛、8五歩、9七銀、8六銀。


 7八玉、7七銀成、同桂、8六歩、8五桂打(先手は歩切れだ)、6二金、2四歩。


 6六馬、8六銀、8四歩、5五歩、同馬、7五銀、8五歩、8四歩。


 先手はどこかで6七金右とすべきだったようだ。図の8四歩でも、やはり6七金右が正着とされた。
 しかしそれはしかたないかもしれない。林葉の寄せが素晴らしすぎた。
 次の「7四歩」が決め手。

 7四歩、同銀、8四飛、7五銀打、7四飛。


 これは、かっこいい! 銀を取って、先手玉に“寄せあり!”というわけ。

 7四同銀、6六銀、6八金直、8六桂、8八玉、7八歩、8七歩。


 7九歩成、8六歩、6九角、7九玉、7八銀。 

投了図
まで、84手、林葉直子の勝ち。
 なんだろう、この流れるような奇麗な寄せは!!
 投了図以下は、8八玉、8七銀成、7九玉、7八成銀、同金、同角成、同玉、7七銀成、6九玉、5七桂、同金、6八金までの詰み。

 林葉直子の4年ぶりになる女流名人戦五番勝負の舞台への登場がこれで決まった。
 相手は清水市代女流名人。(林葉は「女流王将」を堅持していた。なんと、V9!!)


林葉直子-清水市代 1991年 女流名人1
 いよいよ“林葉流”が全面的に表にあらわれてきた。「袖飛車」こそ、“林葉直子の真の姿”だという(笑)。
 初手「3六歩」!
 (林葉がこの手を指したのは2度目、6年ぶり。)


 そしてこんな図に。ここで5六歩と仕掛けて、開戦。
 そして、第1局は先手林葉の勝ち。清水にもチャンスがある終盤だったが、林葉の気迫の受けが勝利をもたらした印象の一局だった。
 (この将棋は振り飛車ではないので、ここではくわしくはやりません。)


清水市代-林葉直子 1991年 女流名人2
 第2局。林葉、「中飛車」。清水の「棒銀」に、林葉はやはり、得意の“アレ”。
 この図の後手の構えのように「5四歩を突かない中飛車」を「英ちゃん流中飛車」という。70年代~80年代におおいに流行しました。5三歩型のほうが受けにも強いし、5四銀と出る味もあり、“5四歩を突くのは後でもよい”という、現代の「飛車先不突き矢倉」の思想の先取りをしていた戦法。広島県出身の山口英夫さんの創始です。
 この将棋のように、「袖飛車」に転じる場合にも、5四歩を突かない方がスキがないし、それに一手早くまわれるわけです。


 清水市代は林葉の7五歩からの攻めに、「7七金」でがっちりと対応した。
 林葉は、7五飛~7一飛~7二金~4一飛~5四銀~4四飛と、飛車を再び4筋に転換。

 図から、4五銀、3七歩、同桂、4五銀、同桂、3七歩、3九飛、3四飛、5三桂成と攻め合いになり…(以下棋譜略)。


 終盤。林葉は7三銀。
 以下、5七金寄、6四銀、5八銀、1九竜、7九銀、5九角成、6三金、6八馬、同銀、8六桂。



 8六同歩は、8七金、同玉、8九竜以下の詰み。
 清水は7七玉と逃げたが、7八飛、8六玉、8四香となって、そこで投了した。

 清水市代 0-2 林葉直子


林葉直子-清水市代 1991年 女流名人3
 あと一つ林葉が勝てば、「女流名人復位」となる。
 第3局は林葉の先番。
 林葉、初手「5六歩」! でた~!!

投了図 
 この将棋は清水市代が勝った。
 (この“初手5六歩”からの中飛車については別記事で書くつもりなので、内容はその時にもう少しくわしくやります。)

 清水市代 1-2 林葉直子


清水市代-林葉直子 1991年 女流名人4
 どうもこの時期の林葉さん、先手番では“周囲を驚かすような手”を指し、しかし後手番では割と“いつもどうりの振り飛車”というスタイルで闘っているようです。独特の感性ですね。
 第4局は清水市代の先手番。後手の林葉直子は「四間飛車」。そして得意の「3二金型」。
 この将棋、後手の林葉の「1四歩」がずいぶん早かった。清水が「棒銀」に行く前にすでに林葉は「1四歩」を突いている。これが何を意味するものか、筆者にはわからない。なにか意味があるとは思う。
 「1四歩」に一手かけているので、今度は6三銀~7二飛という林葉流の「袖飛車」のタイミングが一手遅れる。ということで林葉さんは、今度は別の作戦で行くのだろう。
 清水の「3五歩」の仕掛けに、林葉「4五歩」。そして、清水「5五歩」で角交換を拒否。後手の「3二金型」は角交換に強い。
 そこで、「5四歩」と後手は、角道を強引にこじ開けんとす。結果的には、これが後手にとって好手となった。だから清水のその前の「5五歩」では、6六歩とすべきだった。

 5四歩、3四歩、5五角、同角、同歩、2四歩、同歩、5三角。
 

 5二飛、3五角成、5六歩、6六銀、6五歩、7七銀、5五角、3七銀、4四銀、2六馬、1三桂。
 5二飛が林葉の予定で、好手。
 清水は5三角から3五角成で馬をつくる。しかし銀を追って「5五角」とした林葉の構想が素晴らしかった。
 清水の3五角成のかわりに、6四に成るのは、7三角で林葉良しだ。


 序盤でなにげに早く着いた「1四歩」がここで生きている。これは、天才じゃなかろうか。「勝つときはそんなもん」という言葉もあるが。
 清水陣は全体が“しびれた”ようになっている。

 1八飛、4三金、4八銀、2五歩、2七馬、2六歩。

 
 3八馬、と先手はかわしたが、これを2六同馬は、後手2八歩がある。
 後手は2二飛~2四飛として、2五桂と跳ねた。先手は押し込まれ、このままでは攻めの形がつくれない。なんとかしないと“ジリ貧”の負けだ。苦しい、女流名人、清水。


 4七歩、同馬、同竜、同銀、1八と。
 これで後手の角得。
 偶然なのか計画なのか、序盤の「1四歩」が効いて、結果的に1筋から攻めて成功している。

投了図
 あぶなげなく、寄せた。132手、林葉の勝ち。


 清水市代 1-3 林葉直子

 林葉直子、女流名人復位なる!!!

 
 以上、林葉さんの1989年~1991年の振り飛車の将棋をみてきました。
 強いですね。内容も合わせて考えると、この時期が林葉直子の将棋の全盛期と言えそうです。女流名人に復位したのは23歳の時でした。
 林葉さんはいちおうは振り飛車党でしたが、“袖飛車が真の姿”という見方もあるように、“タテの攻め”が得意です。こういうところは、「実は居飛車も向いている振り飛車党」なのだという気がします。
 そして、勝つときの寄せの美しさよ!


 これで、林葉直子は「女流王将」に加え、「女流名人」も獲得。「二冠王」です。 林葉さんにとって「二冠」は別にこれが初めての事ではありませんでしたが。
 この時期、3つ目の新女流棋戦「王位戦」が創設されたばかりの時で、この約半年ほど前に中井広恵女流王位が誕生したので、林葉さんの“全冠制覇”ではありませんでしたが。その「女流王位」も中井と林葉の決戦だったのです。
 この女流名人戦五番勝負が終わったのは1991年2月ですが、この年の6月に林葉直子は椎橋金司五段に勝っています。ついに女流棋士が男性棋士に勝利――したわけですが、これは「銀河戦」のケーブルテレビの対局で、当時の「銀河戦」は公式棋戦ではなかったのでした。
 その「林葉-椎橋戦」は、林葉さんの“初手3六歩”からの袖飛車の将棋でした。

 なお、前回記事『“初手9六歩”の世界』で採りあげた「林葉-佐藤秀戦」(新人王戦)の将棋は、この年の12月のものです。


 清水市代、中井広恵、林葉直子、女流トップ棋士たちはまだ男性棋士との対局では公式戦未勝利でした。すでに彼女らの強さは認められていましたし、非公式の場では勝つこともあったのです。実際、10回に1、2回は勝てるほどの力はあるはず…、それなのに、何故か、全く勝てない。1981年に蛸島彰子、山下カズ子がチャレンジして以来、なんと38連敗と、とことん負け続けたのでした。



林葉直子さんのブログ
 『人生、詰んでます
 今回の記事を書くことをきっかけに、ブログを(おそるおそる)のぞいてみました。
 思ったほど怖くなかった~。



 『“初手9六歩”の世界
  『林葉の振飛車 part2
 『林葉の振飛車 part3
 『林葉の振飛車 part4
 『林葉の振飛車 part5
 『林葉の振飛車 part6
 『“初手5六歩”の系譜  間宮久夢斎とか
 『内藤大山定跡Ⅴ 「筋違い角戦法」の研究
 『鏡花水月 ひろべえの闘い

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1 コメント

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Unknown (Maru)
2019-06-04 02:33:41
関連ある記事を書いたので
参考サイトとしてこちらのページのリンクを付けさせて頂きました。

https://ch.nicovideo.jp/maru_magic/blomaga/ar1709142
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