はんどろやノート

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終盤探検隊 part64 第十代徳川将軍家治

2015年11月22日 | つめしょうぎ
 第十代徳川将軍家治『将棋攻格』の第三十番。 この詰将棋が、徳川家治の代表作と言ってよいと思われる。
 「無仕掛け図式」といって、攻め方の駒が盤上に一つもないこの図のような詰将棋をそう呼ぶ。
 実はこれ、57手詰めなのだ。

    [ばんめ村]
「一番手前の村を鬼籠(おにごめ)というらしい」
「鬼籠か。杜の裏ならそのような名もつこう」
「次に青木村、赤木村、大木村と散らばっている」
「なるほどな」
 日円はニヤリとした。
「いよいよ黄金城の匂いがするぞ」
「なぜそう思う……」
「青木、赤木、大木の木は、元来樹木の木のことではあるまい」
日天は意表を衝かれて、小さく呀(あ)っといった。
「鬼か」
   (中略)
「何という村だ」
「ばんめ村という」
「ばんめ……変わった名だな。どんな字を書くのだ」
「八十一」
「八十一……数のか」
   (中略)
 日天はまた、呀(あ)っといった。
「将棋の盤だ」
「その通り。以前噂に聞いたぞ。江戸で黄金城のありかを示す将軍詰めとかいう図を手に入れた者がいると」
「それだ。松沼二十一ヵ村のどこかに黄金城が隠されているに違いない」
   (中略)
「石ころを黄金に変える。それがどういうことか判るか」
                         (半村良『妖星伝』(四)黄道の巻より)



 「無仕掛け図式」の詰将棋を作ること自体はそう難しいことではない。

無仕掛け9手詰 終盤探検隊作 
 たとえばこんな9手詰を作ってみた。「無仕掛け図式」は桂馬が活躍するケースが多い。
 これは9手詰の「無仕掛け図式」だが、持駒が5枚もある。このように、だいたい「無仕掛け図式」は持駒が多くなる運命にあるのである。盤上に自分の駒が一枚もないのだから、駒台の駒がそのぶん多くなるリクツである。
 (この詰将棋の解答は本記事の最後に)


【将棋攻格30番を鑑賞する】

 さて、では十代将軍の作った『将棋攻格』第三十番を鑑賞していこう。
 この57手詰の長編無仕掛け作、実は難しいのは最初だけ。すらすらと進んでいく快作である。

問題図
 「2三金、同玉、2四金、同玉、3六桂」

 さて、「無仕掛け」だが、どこに攻めの「拠点」をつくるか。持駒は「飛角金金金金桂香香歩五」。

 2三金、同玉、2四金、同玉として、3六桂と打つ手が見えるだろう。実はそれが正解である。
 ただ、金を2枚捨てるのはもったいない気がするので、それは見えていても、もっと良い手はないかと、初手2四香や、2四飛、あるいは3四桂なども考えたくなるところである。それらの手は、この場合は何れも詰まない。
 初手2四香は、3三玉で続かない。
 初手2四飛は2三銀合でやっぱり続かない。
 初手3四桂は、2三玉で続かない―――というわけである。

5手目
 「3三玉、2四角」

 3六桂に、2三玉は2四金と上から押さえられて簡単に詰み。3四玉は、2三角(同玉ならやはり2四金)、3三玉、3二金、2三玉、3三飛以下詰み。
 よって、3六桂には、3三玉と逃げる一手となる。
 そこで2四角(玉を4二に逃がしては捕まらない)。

7手目
 「3四玉、3三飛、4五玉、3五飛成、5六玉」

 3四玉に、3三飛と打ち、以下この飛車と角とが軸となって、玉を追っていく。
 そして、ここから先は難しいところは一つもない。あとは“楽しい手順”が最後まで続く――そういう作品なのだ。

12手
 「5七金、同玉、5五竜、6七玉、5七竜、7八玉、7九金」

 先ほど打った3六の桂がここでは邪魔になっていて、3六竜と指せない。――ということで、ここでは5七金捨て、同玉に、5五竜だ。
 なお、玉方の「5八歩」や「3八と」は、攻め方の詰みのために協力してもらうための配置になっていて、これらがないと、玉に右下方面に逃げられてしまう。

19手
 「7九同玉、7七竜、8九玉、7九竜、9八玉、9九香」
 7九金に代えて7九銀だと、6九玉と逃げられてしまうので、ここは「7九金」の一手。

25手
 「8七玉、8八香、同桂成、9六銀」

 8七玉に対して27手目8八香としているが、だいたいの人はここ“8九香”を考えるところだろう。それで攻め方が困ることは何もないのだが、この場合、8九香とすると、後手は8八歩の一手で、以下同香、同桂成となって、ここで得た「一歩」が最後に余ってしまうのだ。だから正解手順では、「8八香」(最短手順で詰めるという意味で)とするわけだ。
 しかし“8九香”で後手8八歩から「一歩」が確実に手に入るのなら、最初からその「一歩」を計算に入れて、最初の持駒を「歩5枚」ではなく、「歩4枚」にしておけばよい。
 この詰将棋作品を改良するとすれば、そこだろう。その場合、2手伸びて「59手詰め」になる。

 さて、8八同桂成の後は、9六銀と打つ。

29手
 「8六玉、8七歩、同成桂、9五銀、8五玉、8六歩、同成桂、9四銀、8四玉、8五歩」

 ここから“趣向”の手順がくり広げられる。詰将棋特有のくり返すおもしろ手順を“趣向”と呼ぶのだ。

39手
 「8五同成桂、9三銀不成、8三玉、8四歩、同成桂、9二銀不成」

 敵玉のけらい(成桂)を引き連れて、まるで広場のポールに掲揚される旗の如く、銀、玉、成桂がワンセットで盤上を昇っていく。楽しい。

45手
 「8二玉、8三歩、同成桂、7一竜、同玉、8一飛」

 8二まで玉を昇らせたら、そこで7一竜。収束に入る。

51手
 「7二玉、8三飛成、6一玉、5三桂、5二玉、6四桂」

 解説が不要な、わかりやすい、さわやかな後半である。

詰め上がり図
 まで、57手詰め。

 素晴らしい! 「5二」で詰め上がるのも大変にすわりが良いと感じる。
 この詰将棋は、序盤は「5二」の方面へ逃がさないように注意しながら手を選んでいくのだが、ぐるりと玉を追って、逆方面から結局「5二」で玉を仕留めるのである。
 「無仕掛け図式」で「長編」なので、初形で持駒が異様に多いのだけれど、内容は実にやさしく、面白い。そこがとくに素晴らしいところである。


 ところで、この詰め上がりの図を見て、「あの5一の銀は必要なのだろうか」と思ったので調べてみた。

問題図 「将棋攻格30番」
 「問題図」に戻るが、もしもあの「5一銀」がなかったら、どうやら「余詰め」が生じてしまうようだ。たとえば初手5二飛から詰むようだ。(7手目3四香からの詰みも生じてくる)
 「5一銀」はだから必要な駒なのだが、これはたぶん「5一歩」でもよい。しかし「歩」は5八で使っているので、「5一歩」配置にすると二歩になってしまうのだ。
 また5四の銀を歩にすると(5八の歩と入れ替える)、最終手で5一角成~4一成桂という筋の余詰めが生じる。
 
 こうして再点検してみても、この詰将棋はいじるところがない。ほぼ完璧な作図である。
 あえていじるなら、上でも述べたように、持駒の歩を一つ減らして、持駒を「飛角金金金金桂香香歩四」とする。(その場合59手詰めになる)

 それにしても、攻め方に最初に与えられている5枚の歩と2枚の香車、これを使う場所が8、9筋というのが意外性があって、最もおもしろいところと思う。


【棋譜鑑賞 徳川家治-伊藤寿三戦 一七七五年】
 次は、将軍徳川家治の、指し将棋の棋譜鑑賞。
 前回までは「横歩取り4五角」の将棋を見てきたが、今回は別の将棋を見てみよう。

徳川家治-伊藤寿三 1775年
 この将棋は「相振り飛車」になった。先手番が将軍家治である。
 相手は伊藤寿三(看寿の息子)。


 進んで、このようになった。
 ここからがちょっと面白い。家治は今後手が2四飛(3四からまわった)としたのを見て、6四歩と指し、同歩、同角、6三歩に、4六角と、こちらに角を転換したのである。
 後手伊藤寿三は、2二飛としたが、そこで先手家治6四歩(次の図)


 以下、同歩、同角、6三歩、9七角。――なんと家治の角はまた元の位置(9七)に戻ったのである。
 そこで後手寿三、2六歩。当然こう指したくなるところだが、家治はどうやらこれを待っていたようだ。2六歩、同歩、同飛――その瞬間、先手の駒台(江戸時代には駒台はなかったそうだが)の上には歩が3つ――その「3歩」で家治は攻めたのだ。
 再び(いや、三たび、だ)6四歩と合わせ、同歩に、6五歩(次の図)


 6五同歩に、6四歩と垂らす――2筋で得た3つ目の「歩」がなければ、この攻めはなかった。
 これは「相振り飛車」の「金無双」の囲いに対する「ウサギの耳を掴む」という攻めである。
 積極的な将軍家治の棋風が表われている。のびのびした棋風である。
 
 しかし、6四歩と垂らした局面をソフト「激指」で調べると、「後手良し」になっている。その瞬間、先手は“歩切れ”なので、いったん2四飛と飛車を引いて、次に2六歩を狙えば、先手は困ったはずである。

 しかしそんな“からい指し方”を、時の最高権力者である徳川第十代将軍相手にするわけにはいかない。
 寿三の次の手は、4六歩。以下、同歩に、4五歩。同じように攻めた。厳密に言えば、これでまた「互角」の形勢になり、先手は得した。まあ、寿三からすれば、“予定通りの接待”であろう。

 以下、2七歩、2五飛、6五銀、4六歩、5四銀、同歩、6三銀(次の図)


 こうなってみると、もう先手の攻めを後手が止めるのは容易ではない。
 とはいえ、先手陣に垂れている後手の4六歩も脅威なので、先手も正確な攻めが求められる。

 6三同金右、同歩成、同金、6四歩、6二金、4六飛、4五歩、6五桂(次の図)


 図の6五桂は6三金以下の詰めろなので、後手は7一銀とそれを受ける。
 しかし厳密にいえば、この6五桂と7一銀の手の交換は先手損をした。6五桂では6三金とし、同金、同歩成、同玉、そこで2六飛と飛交換を迫るのがよい。
 それでも、まだ先手がリードしている。
 7一銀以下、3六飛、3五歩、2六飛、同飛、同歩、2七歩、同玉、6九飛、6三金(次の図)


 家治は6三金から攻めていく。その前の6九飛は、後手あまい手で、2五歩のほうが逆転の要素が多いと思われる。ここからは先手の会心の攻めが炸裂する。
 以下、8二玉に、6二金、同銀、3二飛、6一歩、6二金、同銀、6三歩成、2九飛成、7三桂成(次の図)


 同桂、同と、同玉、6五桂、7二玉、6二飛成。
 7三桂成で、代えて6二とでは、1五桂、同歩、1六銀以下、詰まされて逆転負けになるところ。


 以下、詰み。 詰将棋の得意な徳川家治であった。


 やっぱり、接待なんだろうな、と思ってしまう。この将軍の勝った将棋の棋譜は、終盤の寄せが“さわやかすぎる”のである。
 将軍に気持ちよく指させたという意味で、寿三の見事な“芸”だった、ともいえる。


【無仕掛け9手詰(終盤探検隊作)の答え】
 問題図
 解答「9五角、8四飛、7五香、7四桂、9一角、8二金、9三飛、8三合、6五桂、まで9手詰」

 解説:2手目7四桂(移動合)は、7一飛、7二合、6五桂まで。
    4手目7四金左(移動合)は、6五桂、6三玉、5三飛まで早詰。
    4手目7四金右(移動合)も、9三飛、8三合、6五桂まで早詰となる。

無仕掛け9手詰 詰め上がり図 
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