問題図だけを見たい方はこちらにどうぞ
答え: 1五飛 2五桂合 同飛 同玉 3七桂 同金
1五飛 2六玉 4四角 まで9手詰め
問題図。先手の持駒は「飛飛」。飛車のみなので指し手が限られる。
3六飛と打つのは、4五玉、3五飛打、5四玉と逃げられて失敗。3四飛と打つのも同じ。
ちょっと工夫して3三飛と打つのも4五玉で捕まらない。結局、4五玉と角を取らせてはいけないのだ。
(仮に攻め方5五角配置が“5五銀配置”だったなら、3六飛、4五玉、3五飛打で詰むのだが)
というわけで初手は1五飛しかない(次の図)
途中図1(初手1五飛まで)
「1五飛」(図)に、対する玉方の「2手目」は「2五〇合」である。
つまりこれは「合駒問題」なのである。
「詰将棋を解くのが好きではない」という人の中で、「合駒問題を考えるのが大嫌い」という人は一定数存在するように思う。しかし「実戦」で勝つために、そのトレーニングとして詰将棋を解くのなら、「合駒問題」に慣れておくべきであろう。実戦で「合駒問題」は常にあることなので避けていては強くはなれない。
将棋の駒は玉を除いて「七種」ある。飛、角、金、銀、桂、香、歩の七種。その七種の駒の、どれを「合駒」として使うのが最善かを特定しなければいけない。というか、どれを「合駒」されても、それを詰まさなければいけない。そう考えると、確かにこれはたいへんだ。
作者は、「短手数だから合駒問題を解いてほしい」という思いでこの問題を出題した(9手は「短手数」といっていいですかね?)
さて、この図は、初手「1五飛」と打った場面。2手目の玉方の手を考える。
まず「歩」の合駒はない。二歩(反則)になってしまうから。
「飛」と「角」もない。“品切れ”だから(飛と角は盤上および攻め方の駒台とですべて出そろっている)
ということで、「2五」への「合駒」は、残りの「金、銀、桂、香」の4通り を考える必要がある。
このうち、「金、銀、香」のまっすぐ進むことのできる駒を合駒に使うのは、2五同飛、同玉、1五飛ともう一枚の飛車を打って、以下簡単に詰む。玉方「2六玉」に、合駒で得た駒を「2七〇」と打てばよい。
(詰将棋の「合駒問題」に慣れた人だと、このあたりまで一瞬で読める)
―――ということで、初手「1五飛」に対する玉方の「合駒」は、「2五桂合」が最善手となる(次の図)
途中図2(2手目2五桂合まで)
2手目「2五桂合」(図)。桂馬の合駒がこの場合は最もがんばれる手となる。
これには3手目「2五同飛」と取る。他に手がないからこの筋を考えるしかない。
4手目「同玉」で、次の図となる。
途中図3(4手目2五同飛まで)
ここがこの詰将棋の要(かなめ)の場面である。
ここで1五飛と打ちたくなる。
しかしそれを指してしまうとこの詰将棋は詰まなくなる。1五飛、2六玉に、桂の打ち場所は2か所だが、3八桂は同金で無効だし、1八桂は香筋が止まり1五玉と飛車を取られる。
では、どうするか。
次の一手がある(次の図)
途中図4(5手目3七桂まで)
桂馬しかないのだから、1五飛でだめということなら、ここで「3七桂」(図)と打つ手は見えるところだろう。
それが5手目の正解手である。
ただし、これを「実戦」の将棋で指せるかどうかとなると、難易度が上がる。
詰将棋の場合は「ここで必ず詰みがある」とわかっていることが大ヒントになっているので、「1五飛でダメなら3七桂と打ってみるか」ととりあえず打ってみてそこから考えることができる。
ところが「実戦」では、「詰むかどうかわからない」わけであり、3七桂が仮に見えたとしても、それが詰まなかったら読みの努力が徒労に終わる。「実戦」は詰まさなければいけないという縛りもない。つまり選択肢が広いのだ。
ましてや「実戦」の将棋はだいたい持ち時間が限られる。持ち時間の制限がない対局でも、相手に配慮して大長考するわけにはいかない。
そうした状況だと、しっかり読む前に「3七桂では詰みそうにない」と見限って、1五飛から飛車を捨てるこの“詰み筋”の読みを打ち切ってしまう可能性も高くなる。「詰むのか詰まないのか」その答えがわかっている「詰将棋」と、それがわかっていない「実戦」の条件の差は相当に大きいのだ。
「実戦」で詰みを発見することのほうが、はっきり難しい。
この「3七桂」(図)の意味を解説すると、仮に3七桂と打たずに、1五飛、2六玉となったとき、そこで4四角とすると、3七玉と逃げられてしまう。
ところが、「3七桂、同金」と、玉方の金でこの桂馬を取らせておけば、以下「1五飛、2六玉、4四角」と進んで―――(次の図)
詰め上がり図
これで玉が詰む―――というわけである。
3七桂と打った手は、同金と取らせることによって「逃げ道封鎖」をする意味だった。
問題図(再掲)
さて、戻って、これは再び「問題図」。
この詰将棋、「要の手は3七桂(5手目)」とこの解説の中で述べた。
しかしその桂馬はこの「問題図」にはなく、そして「詰め上がり図」でも桂馬の姿はない。
その「桂馬」が、何もないところから出現し、大事な仕事をして、そしてまた盤上から静かに消えている。そのことをたいへんに面白いと思うのである。困ったときに現れて助けてくれてさっと消える―――まるで鞍馬天狗(例えが古すぎる!)のようである。
これが「合駒問題」の生み出すドラマである。
この詰将棋、手数は9手と短いが、これを解くためには、その場には存在しない桂馬を使う「3七桂」を5手先に打った図を、脳内の盤上に空想して思い描く―――そういう能力が要求されるわけである。
もう一つ、指摘しておきたいことはこの「問題図」での「玉方2三歩」の存在である。
この歩が置いてなかったら、この詰将棋は詰まなくなる。同じように、「1五飛」には、2手目“2五歩合”で詰まないのだ。以下、同飛、同玉、1五飛に、2六玉と逃げられ、そこで2七歩は「打ち歩詰め」の禁じ手である。
“2五歩合”を無効にするための、「玉方2三歩配置」なのであった(これに代えて「玉方2一歩配置」でも、また「玉方2八歩配置」にしても、この詰将棋は成立する)
答え: 1五飛 2五桂合 同飛 同玉 3七桂 同金
1五飛 2六玉 4四角 まで9手詰め
問題図。先手の持駒は「飛飛」。飛車のみなので指し手が限られる。
3六飛と打つのは、4五玉、3五飛打、5四玉と逃げられて失敗。3四飛と打つのも同じ。
ちょっと工夫して3三飛と打つのも4五玉で捕まらない。結局、4五玉と角を取らせてはいけないのだ。
(仮に攻め方5五角配置が“5五銀配置”だったなら、3六飛、4五玉、3五飛打で詰むのだが)
というわけで初手は1五飛しかない(次の図)
途中図1(初手1五飛まで)
「1五飛」(図)に、対する玉方の「2手目」は「2五〇合」である。
つまりこれは「合駒問題」なのである。
「詰将棋を解くのが好きではない」という人の中で、「合駒問題を考えるのが大嫌い」という人は一定数存在するように思う。しかし「実戦」で勝つために、そのトレーニングとして詰将棋を解くのなら、「合駒問題」に慣れておくべきであろう。実戦で「合駒問題」は常にあることなので避けていては強くはなれない。
将棋の駒は玉を除いて「七種」ある。飛、角、金、銀、桂、香、歩の七種。その七種の駒の、どれを「合駒」として使うのが最善かを特定しなければいけない。というか、どれを「合駒」されても、それを詰まさなければいけない。そう考えると、確かにこれはたいへんだ。
作者は、「短手数だから合駒問題を解いてほしい」という思いでこの問題を出題した(9手は「短手数」といっていいですかね?)
さて、この図は、初手「1五飛」と打った場面。2手目の玉方の手を考える。
まず「歩」の合駒はない。二歩(反則)になってしまうから。
「飛」と「角」もない。“品切れ”だから(飛と角は盤上および攻め方の駒台とですべて出そろっている)
ということで、「2五」への「合駒」は、残りの「金、銀、桂、香」の4通り を考える必要がある。
このうち、「金、銀、香」のまっすぐ進むことのできる駒を合駒に使うのは、2五同飛、同玉、1五飛ともう一枚の飛車を打って、以下簡単に詰む。玉方「2六玉」に、合駒で得た駒を「2七〇」と打てばよい。
(詰将棋の「合駒問題」に慣れた人だと、このあたりまで一瞬で読める)
―――ということで、初手「1五飛」に対する玉方の「合駒」は、「2五桂合」が最善手となる(次の図)
途中図2(2手目2五桂合まで)
2手目「2五桂合」(図)。桂馬の合駒がこの場合は最もがんばれる手となる。
これには3手目「2五同飛」と取る。他に手がないからこの筋を考えるしかない。
4手目「同玉」で、次の図となる。
途中図3(4手目2五同飛まで)
ここがこの詰将棋の要(かなめ)の場面である。
ここで1五飛と打ちたくなる。
しかしそれを指してしまうとこの詰将棋は詰まなくなる。1五飛、2六玉に、桂の打ち場所は2か所だが、3八桂は同金で無効だし、1八桂は香筋が止まり1五玉と飛車を取られる。
では、どうするか。
次の一手がある(次の図)
途中図4(5手目3七桂まで)
桂馬しかないのだから、1五飛でだめということなら、ここで「3七桂」(図)と打つ手は見えるところだろう。
それが5手目の正解手である。
ただし、これを「実戦」の将棋で指せるかどうかとなると、難易度が上がる。
詰将棋の場合は「ここで必ず詰みがある」とわかっていることが大ヒントになっているので、「1五飛でダメなら3七桂と打ってみるか」ととりあえず打ってみてそこから考えることができる。
ところが「実戦」では、「詰むかどうかわからない」わけであり、3七桂が仮に見えたとしても、それが詰まなかったら読みの努力が徒労に終わる。「実戦」は詰まさなければいけないという縛りもない。つまり選択肢が広いのだ。
ましてや「実戦」の将棋はだいたい持ち時間が限られる。持ち時間の制限がない対局でも、相手に配慮して大長考するわけにはいかない。
そうした状況だと、しっかり読む前に「3七桂では詰みそうにない」と見限って、1五飛から飛車を捨てるこの“詰み筋”の読みを打ち切ってしまう可能性も高くなる。「詰むのか詰まないのか」その答えがわかっている「詰将棋」と、それがわかっていない「実戦」の条件の差は相当に大きいのだ。
「実戦」で詰みを発見することのほうが、はっきり難しい。
この「3七桂」(図)の意味を解説すると、仮に3七桂と打たずに、1五飛、2六玉となったとき、そこで4四角とすると、3七玉と逃げられてしまう。
ところが、「3七桂、同金」と、玉方の金でこの桂馬を取らせておけば、以下「1五飛、2六玉、4四角」と進んで―――(次の図)
詰め上がり図
これで玉が詰む―――というわけである。
3七桂と打った手は、同金と取らせることによって「逃げ道封鎖」をする意味だった。
問題図(再掲)
さて、戻って、これは再び「問題図」。
この詰将棋、「要の手は3七桂(5手目)」とこの解説の中で述べた。
しかしその桂馬はこの「問題図」にはなく、そして「詰め上がり図」でも桂馬の姿はない。
その「桂馬」が、何もないところから出現し、大事な仕事をして、そしてまた盤上から静かに消えている。そのことをたいへんに面白いと思うのである。困ったときに現れて助けてくれてさっと消える―――まるで鞍馬天狗(例えが古すぎる!)のようである。
これが「合駒問題」の生み出すドラマである。
この詰将棋、手数は9手と短いが、これを解くためには、その場には存在しない桂馬を使う「3七桂」を5手先に打った図を、脳内の盤上に空想して思い描く―――そういう能力が要求されるわけである。
もう一つ、指摘しておきたいことはこの「問題図」での「玉方2三歩」の存在である。
この歩が置いてなかったら、この詰将棋は詰まなくなる。同じように、「1五飛」には、2手目“2五歩合”で詰まないのだ。以下、同飛、同玉、1五飛に、2六玉と逃げられ、そこで2七歩は「打ち歩詰め」の禁じ手である。
“2五歩合”を無効にするための、「玉方2三歩配置」なのであった(これに代えて「玉方2一歩配置」でも、また「玉方2八歩配置」にしても、この詰将棋は成立する)