経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

知財と融資の相性

2015-06-02 | 知的財産と金融
 特許庁が進めている知財金融促進事業について、次のような記事が掲載されていました。
 【生かせ!知財ビジネス】特許庁・知財金融促進事業(下) 迫られる業務・システムの転換
 この事業は調査会社が作成した中小企業への融資審査等に活用する「知財ビジネス評価書」を金融機関に提供するというものですが、記事ではその課題について次のように述べられています。
「課題になるのは評価書の作成コスト。事業関係者の話では1件20万~30万円前後。調査機関関係者からは『手間がかかる割に安い』との声も出ているが、1,000万円の融資なら金利2、3%にも相当する。」
 知財と融資の相性を考えた場合、一番の問題はこのコストではないかと考えています。

 何度か話題になっては消えということを繰り返してきた知財担保融資について、その課題を「価値評価が難しい」だけで片付けられてしまうことが多いですが、特に中小企業向けの融資に知財担保融資を活用することを考えた場合、より本質的な問題は評価コストにあります。仮に精度の高い価値評価手法が確立されたとしても、その評価コストが融資の利鞘に収まるものでなければ、経済合理性から考えてその活用が進むはずがありません。「知財ビジネス評価書」についても本質は同じで、記事にも述べられているように、現在は公的事業なので無料ですが、民間ベースで自立的に取組むことを想定した場合には、評価書の作成コストが大きな問題になるはずです。
 銀行等の融資業務は、貸出金利と調達金利の差である預貸金利鞘によって成り立っています。この利鞘がどれくらいかというと、全銀協の昨年度中間決算の統計では0.33%となっています。この数字には利鞘をとりにくい大企業向けの融資も含まれているので、中小企業向けに限ればもう少し高くなるとは思いますが、先の記事の「1,000万円の融資なら金利2、3%にも相当」というのは、1,000万円の融資によって銀行が1年間に得られる利益の10倍近くに相当する、という計算になるのです。
 金利2、3%という計算は年利で換算しているので、1件の評価書で2年間融資を継続すれば半分に低下することになりますが、それでもこういった評価書を外部に依頼すれば銀行の利益が全て吹っ飛んでしまうことになるのは明らかです。
 記事にはフォーマットの共有等によってコストを下げる方向性が示されていますが、知財の分析・評価は個別性の高いものであり、その低減効果には限界があるでしょう。しかも、これで融資審査の全てが完結するわけではなく、提供される情報はあくまで融資判断に用いる情報の一部です。

 これはなにも今回の「知財ビジネス評価書」に限ったことではありません。前述のとおり知財担保融資にも共通する課題です。知的資産経営報告書についても、あまり普及が進まないのは同様の理由が大きいのではないでしょうか。
 さらに、中小企業向けの新たな融資手法として知財担保等以上に期待されてきたABLですら、特に在庫担保融資はほとんど広がりを見せていない状況にありますが、これも在庫の把握や評価にかかるコストが融資の利鞘ではとてもカバーできないことが、普及の大きな障害になっているそうです。
 こうした構造的な課題になんらかの道筋をつけておかないと、評価書の質の向上やその意義を解くことに努めるだけでは、技術に走って顧客ニーズと乖離...というどこかで聞いたことがあるような話になってしまいかねません。

 こうした課題をクリアする方向性として考えられるのは、
(1) 融資のロットを増やす
(2) 貸出先(顧客)に負担してもらう
(3) 外部に評価を依頼するのではなく銀行内部で評価を行う
(4) 利鞘以外の付加価値を見出す
といったところですが(市場金利が上昇すれば利鞘も拡大しやすいので金利が上昇するまで待つ、なんてことも考えられなくはないですが...)、中小企業向け融資を前提とする限り、(1)には限界があります。(2)についても、貸出先側で融資を受けた資金でどのくらいの利益を生めるかを考えた場合(1,000万円の融資なら1,000万円に対して20~30万円が高いかどうかではなく、1,000万円の資金を投下して得られる利益に対して20~30万円が高いかどうかを考える必要があります)、日本企業のROA(総資本利益率)の平均値が数%の水準で推移していることを考えると、調達資金の2-3%が極めて重い負担となることは否めません。そうすると、将来の方向性としては(3)か(4)しか考えにくいことになります。
 結局のところ、個別性・専門性が高くて調査や分析にコストがかかる知財と、限られた利鞘で実行しなければならない融資、特にロットが比較的小さく利幅の絶対額が少ない中小企業向けの融資は、本質的にあまり相性が良くありません。一方で、中小企業との幅広いネットワークを持ち、その実情もよく把握している地域金融機関は、中小企業が知財活動で経営基盤の強化に取り組むきっかけを与える役割の担い手として適任でもあり、「融資」に限定するのではなく、「知財と地域金融機関」であれば相性は悪くないはずです。
 つまり、中小企業の知財活動の強化における地域金融機関の役割というテーマでは、どうしても「金融機関=融資」と結びつけてしまいがちですが、「融資」の呪縛から離れて考えてみることも必要なのではないでしょうか。
 外部の専門家が高度な分析をして融資判断に活用するレポートを提供するという将来像ではなく、銀行内部で使える簡易化された知財のチェックモデルを開発して、中小企業との対話の材料や経営支援の切り口の多様化に活かす、といったところに目標を定めるのがより現実的ではないか、というのが地域金融機関の知財への関わり方の将来像に関する私見です。