経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

知的資産で何をするか?

2009-08-02 | 企業経営と知的財産
 先日の日本IT特許組合のセミナーでお話をさせていただいた、知的資産と知的財産の関係についての整理を少々(っていいながら結構長くなりそうですが)。

 「人材、企業文化こそが当社の知的資産である」とあれこれ議論するのはいいけれど、「で、どうするの?」というところがどうにもよく見えないところが、‘知的資産’の話を聞いてもなかなか腑に落ちてこない部分でした。‘知的財産’であれば、権利の取得、行使、ライセンスなど具体的なアクションが明確ですが、次のアクションに結び付かないのであれば議論のための議論でしかありません。‘見える化’だけでは曖昧すぎますし。
 この点について、今は次のように理解しています。

 知的資産にせよ、その一部である知的財産にせよ、それが何に働くかといえば、自社の市場における競争力の源となるものであり、市場での勝敗を左右する「決定要因」に対して、自社が顧客から選択されるための「差別化要素」となるものです。その「差別化要素」が「決定要因」にジャストフィットすれば競争優位の状態が生じるので、企業としてはその競争優位の状態を継続的に維持していきたい。
 その「差別化要素」を分解して考えてみると(図1)、その中には技術的な要素と非技術的な要素があります。そして、それぞれ法的な保護を受けられるものと受けられないものがある。このうち、法的保護を受けられるものをマネージメントするのが‘知的財産’の領域であり、それ以外がその他の‘知的資産’の領域という区分けになります。
 このように、‘知的財産’もその他の‘知的資産’も、市場の決定要因に対する差別化要素として競争力強化に資するもの、という点で共通するけれども、競争力強化のために何をすればよいかという方法が異なってきます。
 ‘知的財産’については、知的財産権により保護することによって他社を制御する、つまり外的に働くのが基本(図2)。排他的に働かせるケースは勿論のこと、ライセンスする場合も有償であれば他社に+αのコストを負荷することになります。その他に、クロスライセンスやパテントプールで外からの技術の取込みのために働くこともありますが、これも外部に対する制御機能があるからこそできることであって、次に説明するその他の‘知的資産’とは働き方が異なるものであると思います。
 一方、その他の‘知的資産’は法的保護に馴染むものではないので、これをマネージメントしても外的に働かせることはできない。で、これを用いてどうやって競争優位を作り出すかというと、その強みを最大限発揮できるようにする、すなわち社内でその活用機会を拡大するといった内的な働きが基本になってくると考えられます(図3)。例えば、企業文化を浸透させるために研修をするとか、有能な営業マンに若手社員を付き添わせて営業力を強化するとか。実績の出ている部署のマネージメント手法を他の部署にも導入するとか。つまり、他社の動きを抑えるのではなく、自社の強みをさらに強化することによって競争優位を形成していくことになります。こういう活動は‘知的資産’なんて言われなくても、多くの企業が既に当たりまえのようにやっていることだとは思いますが、各所でバラバラに取り組むよりも、何が市場の決定要因で、それに対して何が自社の差別化要素になり、その差別化要素を社内に広めていくためにはどういう活動をしていけばよいかということを明確に整理し、より効率的にやっていきましょう、というのが‘知的資産’マネージメントの本質であると思います。
 そもそも人間が動かしている企業の本質的な強みは、‘知的資産’によって作られていく部分が大きいと思いますが、その競争力を強化するためには、‘知的資産’を地道に横展開させる地上戦だけでなく、他社を制御し得る‘知的財産(権)’という飛び道具を使うこともできるわけです。‘知的財産(権)’がそうやって働くものである(地上戦と相俟って競争力を強化するものである)ことを意識すれば、知的財産(権)だけの勝ち負けに囚われるのではなく、いろいろ柔軟な知財戦略のあり方が構想できるのではないでしょうか。